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ザ・コンサルタント (ギャビン・オコナー監督 / 原題 : The Accountant)

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表の顔は社会生活を営む一般人。裏の顔は腕利きの戦闘員。そのような設定の映画はままあるものだ。もちろんスーパーマンやバットマンやスパイダーマンといった米国の伝統的なヒーローはみなそうであり、日本の怪獣・怪人ヒーローものも軒並みそうである。人には変身願望があり、日常の自分以外になることに、誰しもが漠然とした憧れをもつもの。だが、その願望も、実は変身する対象次第とも言える。ここで私は「戦闘員」という言葉を使ったが、それは正義のヒーローであるかもしれないが、場合によっては上のポスターのように 「殺し屋」である場合もあるのだ。殺し屋とはなんとも物騒であり、そんな変身ならしたくないと思う人がほとんどであろう。だが、ここにそのいやな役を引き受けた男がいる。ベン・アフレック演じるところの会計士、クリスチャン・ウルフ。現代音楽好きなら、あのジョン・ケージの親友でもあった同名の作曲家 (もっとも、苗字は Wolff なので、ウォルフという発音が正しいようだが) を思い出すかもしれない・・・まぁそんな人は世の中にごくごく少数かと思うけれども (笑)。ともあれ、ベン・アフレックである。
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私はこの映画を大変素晴らしい作品であると思うが、その最大の功労者はやはりこの人、ベン・アフレックであろう。これまで様々な役を演じてきた、今やハリウッドを代表する俳優であるが、このブログではその出来に苦言を呈した最近の「バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生」における似合わないバットマン役から一転、素晴らしいニューヒーローを演じている。ここでのアフレックの演技の本質を一言で表せば、「目の光を消す演技」ということになるだろうか。天才的な能力を持つにもかかわらず、いや、それゆえであろうか、他人とのコミュニケーションが下手な人物像を、その顔の表情や立ち姿からいかんなく表現しきっていて、その象徴が、光を持たない、焦点の合わない目なのである。いや、焦点が合わないという描写は正確ではない。昼には会計士として立派に仕事をし、危ない裏社会にも通じているのであるから、常に周りを見ていないと務まらないはずである。むしろその視線は、焦点が合っていないのではなく、目の前にあるものを越えた何かを常にとらえている、ということではないか。それは、危険を察知する能力でもあろうが、それ以外に、現実ではない数字の世界であったり、幼い頃の記憶であったりして、この男は常にそれらのイリュージョンに苛まれているのである。なのでこのヒーローは、もちろん伝統的なそれとは異なる特異なもので、よくバットマンに使われるダークヒーローとかアンチヒーローというものとも違っている。それは、殺し屋として攻撃する対象が、世界の平和を乱す者ということではなく、個人として許せない者であるという点。それから、日常の顔は知的職業でありながら自閉症であって、バットマンの正体である大富豪ブルース・ウェインのようには、「暗」に対する明確な「明」となっていない点。つまり、昼の顔と夜の顔は、ある意味でそれほど隔たっていないとも言える。だが一方で、知的職業である会計士がなぜにこんなに強いのかという点での意外性 (笑) は、やはりあるのである。こんな複雑なヒーローを演じられる俳優が、そうそういるとは思えない。

この映画の映像は、概してそれほどクリアであるとは言い難い。室内のシーンでも多くは平板な印象で、ライティングにあまり凝っていないのではないかと思われる (話の都合上、シルエットが写るというシーンのライティングは別だが)。その一方で、映像のリズムという点では面白い箇所が沢山ある。例えば、四角形と円形のせめぎあい。主人公の自宅では、壁の一部にが四角い穴があいているのが大変印象的で、それの場所以外にも、私の頭にあるその前後のシーンの残像には、四角形が多い。だが次のシーンでは主人公が料理をしていて、丸い皿の上に乗せるのは、丸い目玉焼きと丸いパンケーキなのである。このような視覚上の仕掛けが見る者の潜在的な不安感を呼び覚まし、主人公の偏執的な面を強調する。例えばこんなシーンもそうである。
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この映画においては沢山の人が殺されてしまうので、途中少々うんざりするのは否めない。だが、大詰めのシーンは言ってみれば昔の東映ヤクザ映画のクライマックスのようなもので、いわば単身での殴り込み。最後には (もちろん意外な・・・と言いながらも途中でそれと分かるが、それでも好感を持ってみることができる、想定外のシーンもあり) カタルシスが得られるようになっている。そのカタルシスは、一匹狼であるはずの主人公に、携帯電話によって指示を出したり情報を与える女性の正体が最後に判明することで、一層高まる。大変によく出来た脚本であると思う。

ベン・アフレック以外で印象に残った役者は、まず、あの名作「セッション」での鬼教師役、J・K・シモンズ。ここでも実にいい流れを作り出している。つまり強面の捜査官でありながら、その内面には臆病さも狡さも優しさも同居しているのである。
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そして、彼の指示でウルフを追う分析官を演じるシンシア・アデイ=ロビンソンがよい。そもそもこの役が設定されていることで、ストーリーに複雑なウェイヴがかかる結果となり、緊迫感も生まれている。本筋のストーリーが縦に走っているとすると、そこに鋭い横線が加わるようなものである。
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その他、久しぶりに見るジョン・リスゴーは年を取ったがそれなりにいい味を出しているし、敵 (?) 役のジョン・バーンサルは、大変特徴的な顔であるが、あとで調べてみて、戦争映画「フューリー」に出演していたことを思い出した。それ以外にも充実したキャストに恵まれ、この映画は一本筋の通った、かつこれまでにないヒーロー物となったのである。大いに見る価値ありと申し上げておこう。監督は 1964年生まれの米国人、ギャビン・オコナー。これまでの作品に私はなじみがないが、この映画の前にナタリー・ポートマン、ユアン・マクレガー共演の「ジェーン」という西部劇を撮っていて、日本でも昨年 10月に公開されたようだが、完全に見逃してしまった。悔しい・・・。やはりまだまだ、多くの映画を見逃しているのである。
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最後に、美術に関連するネタについて少し触れてみよう。主人公ウルフは、反社会勢力を顧客として危ない橋を渡る仕事をしているおかげで金回りがよいのだが、ある場合には美術品の現物支給で報酬を受け取っている。あとで気づいたが、これは、足がつかないように盗品をあてがわれているのかもしれない。彼の隠れ家にかかっているのは、ルノワールとポロック。だがこのルノワールは、本人はどうやら本物と思っているようだが、どう見てもニセモノ。それに対し、米国抽象表現主義の巨匠ポロックの作品は、どうやら本物のようだ。こんな作品であった。
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主人公ウルフとともに命を狙われることになる女性 (アナ・ケンドリック演じるデイナ・カミングスという役) は、もともと学生の頃に美術を専攻したかったというセリフがあるが、彼女はルノワールには目もくれず、このポロックにのみ興味を示す点、なかなか説得力のある凝った作りになっている。また、もし私の記憶が正しければ、ウルフはこの絵をこんな風に見ていなかっただろうか???
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うーん、まあ確かに、縦でも横でも、どっちでもよいような気がする (笑)。でもポロックの絵には何かがあるから不思議である。それから、「ポーカーをする犬」という絵画についてのセリフもある。私はこの絵を知らなかったが、ちゃんと Wikipedia もあるから面白い。20世紀初頭にクーリッジという画家が描いた油絵のシリーズで、タバコ会社の広告用だという。
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このように、様々な切り口のある映画であり、私としては大満足だ。どうやらシリーズ化するらしいが、さて、今後もこのレヴェルを保つことができるであろうか。注目しよう。

by yokohama7474 | 2017-02-09 01:20 | 映画