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岩佐又兵衛 源氏絵 出光美術館

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このブログでは何度も出光美術館で開かれた展覧会をご紹介して来た。小説や映画にもなった「海賊と呼ばれた男」出光佐三のコレクションがもとになったこの美術館の所蔵する日本美術は、実に素晴らしい (ほかにはルオーの作品群もある)。もちろん東京には、根津美術館や五島美術館、あるいは静嘉堂文庫、また現在改修中の大倉集古館といった個人のコレクションによる素晴らしい美術館が多々あるが、この出光美術館がほかと違うところは、館蔵品のレヴェルもさることながら、その企画力である。個別の展覧会のテーマにかける学芸員の熱意のなせるわざであろうか、どの展覧会も他の美術館からの出品を交えて、まさに百花繚乱、大変高いクオリティを毎回達成している。ここでご紹介するのは既に終了してしまった展覧会であり、残念ながら他都市の巡回はないのであるが、この美術館の持ち味を充分に表したものであるゆえ、その意義をここで記しておきたいと思うものである。

岩佐又兵衛 (1578 - 1650) をご存じであろうか。昨年 2016年は彼が京都から福井に居を移してから (恐らく) ちょうど 400年。福井県立美術館で大規模な彼の展覧会が開かれた。私はそれを知っていながら福井まで出かけることができずに悔しい思いをしていたので、東京で開かれたこの展覧会で、渇を癒すことになったのである。だが私の人生、それほど悲観したものでもない (笑)。日本美術の奇想の発見者である辻 惟雄 (のぶお) の監修になる大規模な岩佐又兵衛展を、2004年に千葉市美術館で見ているし、さらに遡れば 1995年に宮内庁三の丸尚蔵館で「小栗判官絵巻」、そして 2003年には熱海の MOA 美術館で「山中常盤物語絵巻」を見ている。のみならず、又兵衛の画集を 2冊持っているほか、このような面白い本を読んでいる。
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ことほどさように、岩佐又兵衛は私にとっては大変に重要な画家であるがゆえに、この出光美術館の展覧会には、ギリギリのタイミングであったとはいえ、出かけることとしたのである。この展覧会は、そのタイトルにもある通り、ただ岩佐又兵衛の作品を集めたものではなく、源氏物語を題材とした絵画作品を中心に集めていて、上記の通り、この美術館の学芸員の熱意を感じる内容なのである。展覧会はまず、やまと絵の手法による源氏物語の絵画作品から始まる。やまと絵と言えば土佐派。というわけで、土佐光吉 (1539 - 1613) の手になるこのようなうっとりするような源氏物語画帖 (重文、京都国立博物館藏) が目に入ってくる。
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それからさらに遡り、これは土佐光信 (1434? - 1525?) 作と伝わる、出光美術館自身の所蔵になる「源氏物語画帖」から。これもなんと美しい絵画であることか。
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これらの画帖では、源氏物語の様々な場面がダイジェスト的に描かれているし、あくまでも王朝貴族文化を懐かしむ作りとなっている。一方で岩佐又兵衛 (及び彼の工房) の源氏絵においては、物語の全体像をとらえるというよりは、個々の場面の情緒をより深く求めた作品が基本となっていて、より人間的な面に焦点が当てられている。その典型例が、展覧会のポスターにもなっている、これも出光美術館の所蔵品、重要美術品の「野々宮図」である。
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これは源氏物語第 10帖の「賢木」(さかき) によるもので、光源氏が六条御息所を嵯峨野の飲み屋、じゃないや (笑)、野宮に訪ねるところ。この源氏の面長な顔はどうだろう。私がイメージするところの又兵衛の作風そのものだ。まさに能に現れる亡霊のような源氏と、その後ろに寂しげに立つ素木の鳥居が、なんとも寒々とした雰囲気を醸し出している。実はこれは、金谷屏風と呼ばれる全十二図の屏風のひとつ。これは福井の商家、金屋家に伝わった屏風絵なのであるが、明治42年 (1909年) に展示された後、屏風から掛け軸に変えられ、様々な所有者の手に渡ったもの。現在所在不明のものもある。これはその屏風の片方の貴重な写真。この「野々宮図」は、右から三番目に見える。
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上にご紹介した本にある通り、この岩佐又兵衛は、浮世絵の元祖とも言われ、江戸時代には大変高名な画家であったものが、昭和初期に忘れられて行く。作品の散逸が起こってしまい、その名前も一般にはあまり知られなくなってしまったのは、そのような不運な背景があるのであろう。だが今や、又兵衛の作品のひとつ、洛中洛外図屏風 (舟木本) は国宝に指定されている。人々はこの画家の個性に魅入られつつあるようだ。そんな又兵衛の個性を、この展覧会に出されている源氏絵でもう少し見てみよう。これは、福井県立美術館所蔵の「和漢故事説話図 須磨」。静かに誦経する源氏の前で猛烈な雷雨が続いている場面。淡い色調でありながら、恐ろしい嵐を描く又兵衛の冴えた手腕に驚く。
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これは、伝又兵衛筆になる「源氏物語 桐壺・貨狄 (かてき) 図屏風」から、竜頭鷁首 (りゅうとうげきしゅ。ちなみに私の使っている PC では「げきしゅ」でちゃんと正しい変換が出来る。優秀優秀) の舟が作られている場面。異形のものに対する又兵衛の興味を示す場面と思うがいかがであろうか。
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展覧会はここから一旦源氏絵を離れ、又兵衛の画業を辿る。これは「四季耕作図屏風」から。庶民の生活を描いてもその確かな手腕を見せる又兵衛。因みにこのあとにご紹介するのはすべて出光美術館の所蔵品。さすが、いっぱいお宝持っていますねぇ!! (笑)
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これは「瀟湘八景」(お、これも一発で漢字変換できた!!)。この題材は多くの画家が手掛けているが、又兵衛の描く松の木はまるで動物のようで、ここにも異形性への指向が見える。
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これは伝又兵衛筆「三十六歌仙・和漢故事説話図屏風」から。様々な主題が入り乱れた作品であるが、個別のシーンにクローズアップするのが又兵衛風感性なのであろう。
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「職人尽図巻」。ええっと、最初のものはどう見ても布袋である。七福神も職人のうちということか (笑)。それから、琵琶法師の助手 (?) が琵琶を背中にしょって倒れているのは、一体いかなる意味なのだろうか。それに仏師もドヤ顔だ。又兵衛晩年の作であるそうだが、何やら達観したユーモアを感じる。
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これは重要美術品の「在原業平図」。やはり面長の顔がいかにも又兵衛だが、立った業平像は珍しいらしい。
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これは重要美術品の「伊勢物語 くたかけ図」。日本画家下村観山の旧蔵品である。この絵が描いているのは、人柄も歌もあか抜けていない女性に愛想を尽かして出て行く男。なんと残酷なシーンであることか (笑)。これはまた、又兵衛ならではの決定的瞬間のクローズアップであろう。顔に袖を当てた男の「な、なんだよコイツ」という蔑みの表情と、「私何かまずいこと言った?」とでも言いたげな女のとぼけた表情の対比が可笑しく、また太刀持ちの童子 (?) が顔を見せないのにやけに凛々しいのも面白い。「ご主人様、さぁこんな女は放っておいて、とっとと行きましょう!!」と言いたげである。やはり残酷だ。
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これは「三十六歌仙図」から柿本人麿。オーソドックスとは言えようが、又兵衛の描く人物には、いつも何か飄々とした味わいがある。もっとも、彼が残虐な場面を描くときには、このような感性のまさに裏返しを見ることになるのだが。
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展覧会の最後にはまた、土佐派と又兵衛の源氏物語図屏風の比較があったが、全体像を見ることが重要であって、ここで細部を採り上げてもあまり意味がないので、省略する。上でご紹介した作品だけでも、この岩佐又兵衛という画家の特異な持ち味は充分出ていると思う。実に貴重な展覧会であった。

さて、この展覧会を見逃した方に朗報。熱海の MOA 美術館が、改修工事を経て 2月 5日にリニューアルオープンしていることは、前の吉田博展の記事で書いたが、ここで 3月17日 (金) から 4月25日 (火) まで、「奇想の絵師 岩佐又兵衛 山中常盤物語絵巻」展が開催される。これは源義経が母、常盤御前の仇を取る物語だが、全 12巻、70m を超える重要文化財の絵巻物を一挙公開するとのこと。上にも書いた通り、私は 2003年に一度見ているが、是非また見に行くこととしたい。この絵巻物はその血みどろのシーンが有名であるが、クライマックスは義経が悪漢をなぎ倒すこのようなシーン。これぞ又兵衛。男が女を振るシーン同様、実に残酷 (笑)。強い表現力を持つ芸術に惹かれる方には、絶対お薦めの展覧会である。
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by yokohama7474 | 2017-02-13 23:58 | 美術・旅行