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特別展 春日大社 千年の至宝 東京国立博物館

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この展覧会は、1月中旬からほぼ 2ヶ月くらいの期間に亘って、上野の東京国立博物館で開催されているもの。上のポスターに「新春、上野の春日詣で」とある通り、奈良の由緒正しい神社である春日大社の秘宝の数々をかつてない規模で展覧しており、あたかも春日大社を詣でるかのようなご利益が期待される。既に初詣の期間は過ぎたとはいえ、歴史に興味のある人であればとにかくこれを見逃してはならない。というわけで、会期はあと残りわずか一週間になってしまったが、今のうちに記事を書いておく意味は大きいだろう。ではまず、このような風景を見てみよう。
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春日大社に集う鹿の皆さん。呑気に見えるがとんでもない。なぜなら彼らは神の使いであるからだ。
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おぉっと。ここで何やら神らしき人物が乗っている動物こそ、鹿なのである。実はこれ、件の春日大社が所有する、南北朝から室町期に描かれた「鹿島立神図」だ。真ん中の神に加え、右下には何やらこそこそ話をするかのような奇人、じゃなくて貴人たちの姿が。彼らも神なのである。
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さてここでひとつ明らかにしておこう。春日大社は言うまでもなく藤原氏の氏神。同じく藤原氏の氏寺である興福寺と、物理的にも歴史的にも極めて近い関係にある。いにしえの奈良の都に花開いた仏教文化と、それに密接に関連する神道文化は、一体どこから来たのか。そのひとつの答えは、なんとも面白いものなのだが、春日大社第一殿の祭神である武甕槌命 (たけみかづちのみこと) は、常陸の国鹿島より春日の地に降り立ったとの伝承がある。この鹿島は、鹿島アントラーズの鹿島であり、つまりは現在の茨城県である。え? 茨城県? 中世に平将門がその地で挙兵したことは知っているが、それよりはるか以前、関東が「東路の道の果てよりも、なお奥つ方」(更科日記) と呼ばれていた頃よりもさらにさらに以前、古い神がその地におわしたとは。我々の常識が間違っているのかも、と心の中の鐘がガンガン鳴るのを覚える。その違和感に優しく訴えかけてくるのがこのような図像である。奈良国立博物館所蔵の春日鹿曼荼羅。鎌倉時代の作。
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ここで見えるのは、神の使いである鹿の上の虚空に漂う仏たちの姿。ここで私は再び考え込む。むむ? 神道と仏教の関係やいかに? 日本人のメンタリティの特性で、宗教的なものに関する寛容性がはっきりと見て取れる。すなわち、日本固有のアニミズムに基づく神道の神々は不可視であるが、大陸・半島由来の仏教の仏たちは具体的な姿を伴ったもの。この二つをうまく融合することこそ、日本人の特技なのである。だがそれにしても、神を表象する鹿の愛らしいこと。どこの本にもそんなことは書いていないと思うが、敬うべき存在に可愛らしさを見出す感性は、もしかするとこの国特有のゆるキャラにつながっているのかもしれない。以下は、細見美術館所蔵、南北朝時代作で重要文化財の春日神鹿御正体。
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そしてこれは、以前も藤田美術館の展覧会の記事でご紹介した、同美術館所蔵の春日厨子。室町時代の作であるが、鹿の困ったような表情が萌え~ですねぇ。
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彫刻だけでなく画像もある。これは春日大社所蔵、江戸時代の鹿図屏風。ここに見られる感性はかなりモダンなものだと思う。
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そしてこの展覧会では、「平安の正倉院」と題したコーナーがあって、古く平安時代に春日大社に奉納された貴重な文物が数多く展示されていて、なんとも興味深い。すべて国宝に指定されているこの貴重なお宝 (本宮御料古神宝類 = ほんぐうごりょうこしんぽうるい = と呼ばれている) を、これだけまとめて見る機会はそうそうあるものではなく、この展覧会が必見のものであると思う所以である。例えばこれは、琴を入れる箱。意匠としては何の変哲もないが、12世紀に作られた、言ってみればただのケースが完璧な状態で残っている例が、世界のほかのどこの国にあるだろうか。
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これは黒漆平文根古志形鏡台 (くろうるしひょうもんねこじがたきょうだい) と呼ばれるもの。やはり 12世紀の作で、折り畳み式。鏡台というからには、鏡をここに置くためのものであろう。完璧なシンメトリーに舌を巻く。もちろん国宝。
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奉納された武器の類も数多い。以下すべて 11~12世紀作の国宝で、弓、矢、鉾である。
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このようなシンプルなものではなく、見事に凝った作りの奉納品も数々展示されている。以下は紫檀螺鈿飾剣と、毛抜形太刀。12世紀に制作された国宝。
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これも同じく 12世紀の国宝で、蒔絵弓の図柄のアップ。うーん、美しい。
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神々を寿ぐため、当然古くから音楽や舞も奉納されたのであろう。やはり 12世紀に作られた国宝の笙。木製楽器としてこんなに古いものが完璧に残っている例が、ほかにあるだろうか。
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その他枚挙にいとまのない国宝群が展示されていて圧巻である。そして次のセクションは、「春日信仰をめぐる美的世界」。上にも述べた通り、日本人は外来のものと固有のものを結びつける天才で、神社も寺も一緒くた。これは根津美術館所蔵の重要文化財、春日宮曼荼羅。鎌倉時代の作で、春日大社の神殿のそれぞれの上に梵字が描かれている。本地仏と言って、右から不空羂索観音、薬師如来、地蔵菩薩、十一面観音。つまり、神様は、実は実はその正体は仏様であった!! というあっと驚く強引な理論 (笑)。
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これはまた違った趣向で、社殿を描かない春日野の風景の中にデカデカと「春日大明神」と書いてあって面白い。鎌倉時代の作で、奈良国立博物館所蔵。
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これはまたくっきり鮮やかに本地仏を描いたもの。鎌倉時代、重要文化財の春日宮曼荼羅で、奈良の南市町自治会の所有になる。ここで描かれた春日大社の社殿は 5つで、それぞれの本地仏が楽し気にかつ神々しく (?) 宙に浮かんでいる。
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まだまだありますよ、春日宮曼荼羅。この大和文華館所蔵のものでは、ついに仏様ご一行が雲に乗ってやって来ることになる。妙なる調べが聞こえるようだ。
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神様は実は仏様だった!! という発想をさらにはっきりと示すのがこれだ。宝山寺所蔵、重要文化財の春日本迹曼荼羅。おぉっ!! ついにここでは、吹き出しで神様の正体が示される (笑)。目に見えるものを信じたい日本人の特性が表れているが、西洋でもモーゼとアロンの物語にある通り、人はやはり目に見えるものを信じたがるもの。
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さてこれは、奈良国立博物館所蔵、鎌倉時代の十一面観音。春日明神の本地仏として作られたと見られ、仏師善円の作になるもの。胎内の納入品から、1222年に制作されたことが分かっている。善円の代表作といえば、言わずとしれた (?) 西大寺の愛染明王だが、この十一面観音は彼の最初期の作品だけあって、愛染明王の完成度には達していない。だが、その素朴で若々しい表情は大変印象的だ。
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そしてこれは、上の十一面観音ともともと一具の、春日明神の本地仏のひとつとして作られたと見られる、東京国立博物館所蔵の文殊菩薩。これも美麗な仏像である。
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展覧会にはまた、春日大社を描いた様々な厨子が展示されていて興味深い。これは東京国立博物館所蔵のもので、1479年の制作。春日大社の神秘的な森と、扉の裏に描かれた愛染明王 (右) と不動明王 (左)。
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絵巻物も沢山展示されている。これは東京国立博物館所蔵になる江戸時代の春日権現験記絵の巻六から、地獄の場面。
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そして、春日大社に奉納された武具の数々も圧倒的だ。これは国宝の赤糸威大鎧 (あかいとおどしおおよろい)。13世紀、鎌倉時代の作。その保存状態のよさは驚異的で、まさにタイムカプセルに入って今日に伝えられたもののようだ。作者が見たら、「えっ、まだこんなに綺麗に残っているの?」と狂喜するであろう。
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こちらはやはり春日大社に現存する大鎧の一部であるが、惜しくも 1791年に火事に遭い、今では残欠のみ伝えられている。だがこれは春日大社の大鎧の中で最も古く、平安時代にまで遡る可能性があるという。驚きの古さである。
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これは籠手 (こて)。鎌倉時代の作で国宝。源義経のものであるという伝承があるらしい。そう思って見ると、美麗でありながら鬼気迫るものがある。
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奉納品の中には当然、舞楽面が多く存在する。実に平安時代の作であるこの納曽利 (なそり) は重要文化財。実によくできているのだが、こういうものを見ていると、日本人のフィギュア好きは、遥か古代から脈々と息づいているものだと実感される。
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さて、式年遷宮という言葉があって、つい先年の伊勢神宮の例でも分かる通り、二十年に一度、神社の本殿を移築するものである。これは技術の伝承のために必要なものであり、春日大社でも、768年に造営されて以来、定期的に遷宮が行われてきており、昨年 2016年のもので実に 60回目 (!) だという。まさに驚きの古い歴史なのであるが、これは平安時代の皇年代記という文書で、重要文化財。冒頭に「御遷宮」とはっきり読み取れる。
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遷宮の度に古いものが取り除かれるらしいが、この展覧会では過去に祀られていた獅子や狛犬が何組も展示されている。これは鎌倉時代の作。木彫りであり、未だに金箔が残っているということは、屋内に祀られていたものであろう。なんともユーモラスで可愛らしい。ちゃんと阿吽になっているのである。
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これら以外にも、まだまだ興味深い展示物が目白押しで、実に見ごたえのある展覧会だ。次にこのような展覧会が開かれるのはいつのことか分からない。従って、日本人のメンタリティや歴史に興味のある人には必見であると申し上げておこう。また、この展覧会では昨年の遷宮を記念したお守りも頂くことができ、霊験あらかたな春日の神の庇護を受けることができるのである。もともと関東の神が関西に移って行ったことを思うと、この展覧会が東京国立博物館でのみ開催されることには意味があると思う。関西で展開したディープな日本の歴史の源泉が、実は当時辺境の地であったはずの関東にあったことは、一体何を意味するのか。展覧会の図録の上にお守りを置いて、私はしばし感慨にふけるのである。
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by yokohama7474 | 2017-03-04 01:39 | 美術・旅行