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牯嶺街 (クーリンチェ) 少年殺人事件 (エドワード・ヤン監督 / 英題 : A Brighter Summer Day)

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3月20日 (月・祝) に記事を書いて以来、中 4日に亘ってブログを更新しなかった。出張に出たわけでもないのに、また、プロ野球のローテーション・ピッチャーではあるまいし、こんなに間を空けてしまって、いつも読んで頂いている方々には誠に申し訳ない。書くネタがなかったわけではない。それどころか、貯まってしまっている。それにもかかわらず更新を怠ってしまったのは、いずれも人事異動に関することが理由である。ひとつは人事異動のシーズンで壮行会が結構あり、ベロベロに酔っぱらう日があったこと (まぁそれは普段からという説もあるが)。もうひとつは、身近で起こった人事異動に納得できず、各種調整を行っていたこと。私は思うのであるが、いかなる組織も人間の集合体。文化に自らの居所を見出した私は、いついかなる場面でも、他人の痛みが分かる人間でいたい、そして、それを堂々と人に語れる人間でありたいと切に願うのである。

まぁともあれ、この映画である。もちろん映画好きなら誰もが知っている台湾映画。だが私にとっては、長らく「名のみ高い映画」であったのだ。1991年に制作され、日本でも公開されたが、私はその頃評判を耳にしながら (もう一本の台湾映画、「悲情城市」と並んで) 見逃してしまい、そしてそれ以来 DVD 化されることもなく (どうやらレーザーディスクは出たようだが)、見る機会がなかった映画なのである。この度、マーティン・スコセッシが設立したフィルム・ファウンデーションのワールド・シネマ・プロジェクトと米クライテリオン社との共同で、オリジナル・ネガからデジタル・リマスター版が制作されたものである。上映時間は実に 3時間56分で、これがオリジナル。最初の日本公開時には 3時間 8分であったが、今回初めて、監督の意向通りの上映が叶うことになったわけだ。この映画の監督は、そう、エドワード・ヤン (楊德昌) だ。台湾では英語教育が進んでいて、皆欧米風のファーストネームを持っている。私も仕事上、かなりの数の台湾の人たちと関わったが、おしなべて親日であり、だが歴史的に屈折を余儀なくされてきた人たちの、毅然とした生きる姿勢に感銘を受けたものである。これが監督のエドワード・ヤン。
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ほぅ、今どんな映画を撮っているの、と思う人もいるだろう。だが残念なことに、彼は 2007年、59歳の若さで、癌で亡くなっている。2000年に「ヤンヤン 夏の思い出」でカンヌの監督賞も受賞しているが、その頃には既に癌に犯されていたらしい。従ってこの「牯嶺街少年殺人事件」は、彼が映画史に残した貴重な作品なのである。今年は彼の生誕 70年であり、没後 10年なのである。私はつい昨日これを見ることができたのであるが、その日は自宅の近くのシネコンでの上映終了日。この長い上演時間であるから、1日に 1回のみの上映で、文字通り最後の回の上映をなんとか見ることができたもの。上映劇場自体はそれほど広くはなかったものの、ほぼ全席売り切れ。しかも、この長丁場なら、昔はインターミッションと称するトイレタイムがあったものだが、この作品にはそれがなく、鑑賞者たちの膀胱はかなり限界に挑戦する状態であったに違いないのに、誰一人として上映途中で抜ける人はいなかったのである。このような場に立ち会うと、あぁ、面白くないことはいろいろあれど、日本は未だ捨てたものではない、と思えるのである。

さて、ここに面白い言葉がある。ヤヌス・フィルムズという会社によるこの映画の評価。「『ゴッドファーザー』と小津安二郎の間に位置する、家族についての完璧な映画」・・・なるほど、見終った今、これは言い得て妙だと思う。因みにこのヤヌス・フィルムズのウェブはこちら。これまた、映画ファンなら狂喜するような内容である。ちなみにこのヤヌスとは、もちろんあの「ヤヌスの鏡」のヤヌスであろう。あ、いや、昔のテレビドラマではありませんよ (笑)。
http://www.janusfilms.com/

この映画を見てすぐに分かる特色は、音楽が全くないこと。いやもちろん、劇中で音楽が演奏される場面では音楽が流れるものの、いわゆる BGM のようなものはなく、ひたすら人々の立てる物音だけがスピーカーを通ってくる。いや、だがしかし、私が覚えている限りにおいて、この長い映画の中でただ一ヶ所だけ、BGM が流れる。それは映画のほぼ終わりに近い箇所で、プレスリーのカバー演奏 (英題になっている "A Brighter Summer Day" はその歌詞の一部) を録音したオープンリール・テープが預けられる場面。きっとそこでは、人の思いが現実を超えて、音楽として空気の中に流れ出たということを表現したかったのではないか。それにしても、音楽のないこの映画、画面もまた暗いシーンが多い。1960年前後の台湾を舞台にしているのであるが、頻繁に停電が起こる様子が描かれている。主人公、小四 (シャオスー) は多くの場面で長い銀色の懐中電灯を手にしており、そこに彼は人生の指針を見出しているように見えるが、彼がその懐中電灯を手放したとき、取返しのつかない悲劇が起こるのだ。そして、冒頭に掲げたポスターにある「この世界は僕が照らしてみせる」というコピーは、まさにそのことを示しているのである。これがそのシャオスーと、恋人の小明 (シャオミン)。そして、懐中電灯を手にした小四。
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この映画の不思議なところのひとつは、出てくる若い女性のほとんどが、申し訳ないが全く魅力的には見えないということだ。一方、男の子たちはなかなかに美形もいるのであり、もしかしてこれは監督の指向のなせるわざかとも思いたくなるが、まあそれはどうでもよい。音楽のないシーンの連続で成り立っているこの映画、もちろん主人公たちが断腸の思いをあらわにする瞬間もあれこれあるのだが、思い返す映画全体の印象は、極めて平板。この静けさ、どこかで覚えがある。そう、小津安二郎の一連の映画群である。あの、家族の姿を描きながらもどこか別の世界の人たちのような登場人物たちと、この映画の登場人物たちの印象はかなりダブるのである。また、主人公の家 (かなり日本風であるので、きっと戦前の日本人の家に、戦後台湾人が住み着いている設定なのであろうと解釈した) のある狭い部屋のシーンが何度か出て来て、そこに何本も空き瓶が並んでいるのが小津的であるし、シーンによってその瓶の並び方が違う点にも、監督のこだわりが見える。そしてこの映画の平板さは、不良グループたちの描き方にもはっきり出ている。要するに、出てくる不良たちの誰もが全然怖くないのである (笑)。極め付けは、「台北中が恐れた男」として、途中でフラッと帰ってくるハニーという男。このように、海兵隊の恰好をして、コートには袖を通していない。
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彼は敵対する不良グループに喧嘩を売るのであるが、「おぅ、やるか」と言って繰り出すパンチの、見るからに弱っちいこと (笑)。そうだなぁ、「あしたのジョー」の中で、パンチドランカーになってしまったカルロス・リベラが「ミーのパンチ、強いネ」と言って繰り出すヨレヨレのパンチにそっくりとでも言おうか。そうしてこのハニーさん、その後あっという間に退場になるのだが、本当に台北中が恐れた男なら、簡単にそんな風にはならんでしょう。そのあたりのクサさになんとも言えない味があるのである。それ以外にも、まさに「ゴッドファーザー」ばりの大量虐殺のシーンがあるが、その前後の成り行きがよく分からないシュールさがある。そうそう、シュールと言えば、この映画には何度か、集団が思い思いのポーズで静止しているシーンが出てくる。そのあたりの静けさは、一度見たら忘れられないものであり、それから、殺戮シーンで出てくる蝋燭の光が、まるでジョルジュ・ラ・トゥールの絵画のような美しさである。その画家の名前を知らない人でも、この作品は見たことがあるだろう。
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それ以外にも、1960年頃の台湾の情勢を思わせる、ケネディ、プレスリー、ジョン・ウェインへの憧れを示すシーンもあり、戦後に本土から台湾に移住してきた主人公一家 (実は監督のエドワード・ヤンも上海から移住した、いわゆる外省人であるらしい) の苦難も描かれている。そのようにごった煮感満載の 4時間、膀胱の膨張に耐えて見るだけの価値はあるものであり、まさに小津映画と「ゴッドファーザー」の両方に思い入れのあるような映画好きなら、見逃してはならないものだと思う。但し、もう一回見ろと言われたら、ちょっと躊躇するかもなぁ・・・

by yokohama7474 | 2017-03-25 23:32 | 映画