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ファビオ・ルイージ指揮 NHK 交響楽団 (ヴァイオリン : ニコライ・ズナイダー) 2017年 4月16日 NHK ホール

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今月の NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の指揮台に立つのは、イタリアの名指揮者、ファビオ・ルイージ。1959年生まれなので、今年 58歳という、指揮者として最も脂の乗る世代。このブログでも、毎年夏に開かれるセイジ・オザワ松本フェスティバルの記事で一昨年、昨年と、マーラーの演奏などをご紹介している。ルイージはまさに世界の第一線での活躍を続ける素晴らしい指揮者なのであるが、N 響とも 2001年の初共演以来何度も顔を合わせている。今月も 2つのプログラムでこのオケの定期に登場するが、まずその 1つめの今回の演奏会、曲目は以下の通り。
 アイネム : カプリッチョ 作品 2
 メンデルスゾーン : ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品 64 (ヴァイオリン : ニコライ・ズナイダー)
 マーラー : 交響曲第 1番ニ長調「巨人」

さて、ルイージについて語りたいのをぐっと抑えて、まずはソリストのズナイダーから話を始めたいと思う。1975年デンマーク生まれ。だが、今回初めて知ったことには、両親はポーランド人なのだそうだ。国際的なコンクール歴としては、1997年、エリーザベト王妃コンクールに優勝している。だが、もうそんなことはどうでもよい。経歴が何であれ、彼こそ、今世界で最も傾聴すべき素晴らしいヴァイオリニストであるからだ。
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以前このブログでも、ギリシャのレオニダス・カヴァコスと並んでこのズナイダーを、現代の最も優れたヴァイオリニストとして挙げたことがあるが、今回久しぶりに実演に触れて、そのことを再認識した。今回彼が演奏したメンデルスゾーンのコンチェルトは、演奏によってはなんとも甘ったるい調子となってしまうのだが、冒頭のズナイダーの節回しは、つっけんどんにすら聞こえるほどそっけないもの。だが、よく耳を澄ませると、昔の巨匠たち、例えばハイフェッツやオイストラフをすら思わせるような、素晴らしく艶やかな美音なのである!! つまり、その音は文句なく美しいのだが、聴き手に媚びることが全くないので、その表面上の美しさではなく、音楽そのものの純粋な力だけが、巧まずして聴き手に迫ってくると言えばよいだろうか。だから私はこの演奏を聴いているうちに、ヴァイオリン協奏曲というよりは、メンデルスゾーンの無垢な魂が歌として響いているような気がしてきて、危うく涙すら浮かべそうになってしまった。この曲でこのような経験は少ない。彼はかなりの長身であり、ヴァイオリンを弾く姿には余裕すら漂っているが、当然ながら大変な研鑽を積んでこの境地に達したのであろう。演奏家における天才とは、練習せずに音をうまく弾ける人のことを言うのではない。血の出るような努力をして、自分の持てる表現力を誰にでも分かるかたちで音にできるようになった人、それを天才というのである。このズナイダーは、まさにそのような天才であり、曲の個々の部分の音色がどうの音程がどうのテンポがどうの、ということは気にならない。なかなか出会うことのない、実に素晴らしい演奏であった。アンコールでは、指揮者ルイージもステージ奥の椅子に腰かける中、「アリガトウゴザイマス」と日本語で聴衆を笑わせ、「2つめの知っている日本語は、コンニチハ。3つめは、『バッハ』です」(と、"Bach" の独特な日本語での発音のことを言っていると想像した。舞台近くの人しか聞き取れないほどの小さな声だったが) と言って、バッハの無伴奏パルティータ第 2番のパルティータを演奏した。これまた、感傷もなく誇張もない、とにかくまっすぐなバッハであり、演奏する長身の立ち姿が神々しくすら思われる、崇高な音楽であった。今回ズナイダーは、4月18日 (火) に浜離宮朝日ホールで、4月20日 (木) には横浜のフィリアホールで、それぞれリサイタルを開くが、私は聴きに行くことができない。この記事をご覧の首都圏の方々には、是非にとお勧めしておこう。

さて、1曲目に戻って、オーストリアの作曲家ゴットフリート・フォン・アイネム (1918 - 1996) の、「カプリッチョ」である。アイネムと言えば、私がクラシックを聴き出した 40年近く前でも、代表作であるオペラ「ダントンの死」は、いろんな書物に採り上げられていたし、若き日のズービン・メータがウィーン・フィルを指揮したフィラデルフィア交響曲 (もともとはユージン・オーマンディとフィラデルフィア管弦楽団のために書かれた曲) の録音で、その名はある程度知られていた。それ以外にも、ザルツブルク音楽祭で重要な役割を果たしたということも、一応知識としては知っている。だが、名前が有名な割にはその作品を聴く機会は少なく、この「カプリッチョ」(もちろん「奇想曲」 = 「気まぐれ」という意味だ) も今回初めて耳にした。1943年、作曲者 25歳のときの作品で、作品 2という若い番号が示す通り、実質的な楽壇デビュー曲であるらしい。めまぐるしく曲想が変わる曲だが、なかなかモダンで楽しめる (書かれているのは戦争中なのだが)。ここでのルイジは、ギアをしきりと切り替えながら、素晴らしい精度で曲の持ち味を表現したと思う。この「ギアの切り替え」、あるいは「アクセルとブレーキの踏み替え」という言葉が私のルイージ感を表していて、昨年、一昨年の松本での彼の演奏についての自分の記事を読み返してみても、同じようなことを何度も言っている。なんだ、じゃあもう一度感想を言う必要ないじゃないの (笑)。だが実際のところ、これだけ自在に音楽をコントロールできれば、いかなる曲にも対処できようし、その指揮者の要求に鮮やかに応える N 響も素晴らしい洗練度である。これは比較的若い頃のアイネムの写真。
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そして最後の「巨人」である。ルイージは夏のセイジオザワ松本フェスティバルでもマーラーのシリーズを連続で手掛けていて、5番・2番に続いて今年は大作 9番を振るが、今回の N 響では 1番と、比較的取り組みやすい (?) 作品だ。実際私もつい先週、シルヴァン・カンブルランと読響の名演に接したばかりであり、その比較が楽しみであった。結果的には、ここでもルイージの緩急を心得た自在な音楽運びが顕著であり、イタリア風に歌心があるというのとは一味異なる多彩な表情が聴かれ、そして例によって最後に起立するホルン奏者全員 (と、トランペット、トロンボーン各 1人) の姿を見て、鳥肌立ってしまった。実はこの箇所でホルンが起立しても、曲が終わる前にまた座ってしまう演奏も多いのだが、今回は最後まで起立。大いに盛り上がる演奏であった。但し、細部を見て行くと、それなりに課題もあったかなという気もする。管楽器のごくわずかなミスには目くじら立てる必要はないだろうが、マッスとして鳴っているオケの音自体に、N 響ならさらに緊張感が出せるのではないかと思う瞬間が何度かあった。例えば第 2楽章冒頭の頻繁な「ギアの切り替え」では、指揮者の指示を待ちきれない部分もあったように思い、さらに凄みが出るとよいのに、と感じてしまったものである。一方、第 3楽章では途中で曲想の変化に応じたテンポの変化が誇張され、ここでは面白い効果が出ていた。全体を通した燃焼度は、また今後の共演を経て上がって行くものと期待したい。

ところで今回の演奏では、第 3楽章の冒頭のコントラバスがソロではなく合奏であり、最近時々そのような演奏を聴くなぁと思って調べたら、1992年に出版された新全集版ではそうなっているとのこと。慣れの問題もあるかもしれないが、個人的にはここは、ちょっと調子が外れたようなソロで聴きたいものである。そうそう、この第 3楽章の冒頭部分は、黒澤明の「乱」の予告編で使用されていた。「乱」本編の音楽における黒澤と、音楽担当の武満徹の確執など、面白い話はいろいろとあるし、黒澤ファンとして「乱」という作品自体について語りたいこともいろいろあるが、長くなるので割愛し、懐かしのイメージのみ掲げておく。
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例によって話があらぬ方向に行ってしまったが (笑)、ルイージのような名指揮者を日本で頻繁に聴けるのはありがたいこと。今年の松本には行けるか否か分からないが、N 響とは是非、密なる共演を重ねて頂きたい。その巧みなギアの切り替えに、今後一層磨きがかかりますように!!
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by yokohama7474 | 2017-04-16 22:36 | 音楽 (Live)