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アラン・ギルバート指揮 東京都交響楽団 (ヴァイオリン : リーラ・ジョセフォウィッツ) 2017年 4月18日 東京オペラシティコンサートホール

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世界に冠たる名門オーケストラ、ニューヨーク・フィルの音楽監督。それが今日の指揮者が現在持つタイトルである。米国では文句なしにナンバーワンの輝かしい栄光の歴史を誇り、設立もあのウィーン・フィルと同じという古さを持つニューヨーク・フィルの音楽監督ともなれば、それはそのままで世界超一流を意味する。その指揮者の名前はアラン・ギルバート。ともにニューヨーク・フィルの楽員であった米国人の父と日本人の母の間に生まれた 50歳。今まさに脂の乗り切った世代であるわけだが、2017-18年のシーズンでニューヨーク・フィルのポストを降りることが決定しており、その後の去就が注目されるところ。そんな中、昨年に続き今年も来日して、東京都交響楽団 (通称「都響」) の指揮台に立つ。このブログでも、昨年 1月26日と 7月25日の同じコンビによる演奏をご紹介したが、今回は 2種類のプログラムによる 4回の演奏会 (うち 1回は大阪でのもの) が実現する。私が敬愛するギルバートと都響の組み合わせは、実のところこれまでは、課題もちらほら感じるような出来が多かったと個人的には思っているが、とにかく共演を重ねることで、関係を練り上げてもらい、東京の音楽界に大いなる刺激を与えてもらいたい。その意味で今回の演奏は、何かこのコンビとしても大きな飛躍のきっかけとなるようなものだったと言えるのではないか。
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曲目は以下の通り。
 ラヴェル : バレエ音楽「マ・メール・ロワ」全曲
 ジョン・アダムズ : シェエラザード .2 - ヴァイオリンと管弦楽のための劇的交響曲 (ヴァイオリン : リーラ・ジョセフォウィッツ、日本初演)

なるほど、前半には 20世紀前半を代表する精緻を極めるフランス音楽、メインには現代を代表する米国作曲家の近年の大作という、かなり意欲的なプログラムである。まず前半の「マ・メール・ロワ」は、マザー・グースを題材にしたメルヘン物で、まさにラヴェルならではの繊細でキラキラしたオーケストレーションを聴くべき曲。冒頭の木管のハーモニーにごく僅かなずれを感じたが、その後音色は修正されて、スムーズな進行のうちに 30分の演奏を終えた。もともと都響の弦楽器は、このブログでも再三述べているように、何か芯が入ったような重量感のある音が鳴り、得意のマーラー等の後期ロマン派ではその音色が最大限生きるのであるが、この「マ・メール・ロワ」の終曲の最後の和音の響きには、そのずっしりとした音が中空にすぅっと伸びて行くような感覚があり、これはこれで実に後味のよい演奏であった。都響がマーラーの響きのみに偏っているという気は毛頭なく、当然ながら、フランス音楽にも柔軟性を持って対処できる優れたオケであることを再確認できて、大変有意義であった。さて今回私は、舞台を見渡せる席に座ったのであるが、チェレスタの横に、もう少し小型のやはり鍵盤楽器があるのに気が付いた。終曲のキラキラした響きの中に、奏者がこの楽器を懸命に叩いている音が含まれていることを知ったが、これは一体何という楽器だろう。プログラムを見て分かった答えは、ジュ・ドゥ・タンブル。
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これは鍵盤の形態を取ったグロッケンシュピール (いわゆる鉄琴ですな) であるそうな。珍しい楽器なので、通常のグロッケンシュピールで代用することも多いようだが、今回はオリジナル通りの編成での演奏であったわけだ。指揮者のこだわりが分かる。

さて、今回のメインは一風変わった曲。上記のポスターにもある通り、「世界各地で話題の新作、待望の日本初演」なのである。また、これは会場で撮影した別のポスター。現在短髪にしているギルバートの姿と、後ろには東京オペラシティのオープン 20周年のシールも見えて、将来見返したら貴重な写真になりそうだが (笑)、ここにも、「世界中で初演ラッシュ! 待望の日本初演」とある。
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作曲者のジョン・アダムズ (1947 - ) は、このブログでも何度かは名前に触れたが、一般的にはミニマル音楽に分類されることが多い米国の作曲家。だが最近の作品はいわゆるミニマルの範疇には入らない語法の作品を書いていて、これもそのひとつ。もちろん、ミニマル風な要素が皆無というわけではなく、例えば、寄せては返す音の波のような劇的な箇所が多く聴かれるのは、その名残りではないだろうか。いずれにせよ、私にとっては大変になじみ深く、興味を惹かれる作曲家なのである。だがその私も、この作品が「世界で初演ラッシュ」とは知らなかった (笑)。どんな作品なのだろう。これがジョン・アダムズの肖像。
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題名の「シェエラザード」はもちろん、ロシアのニコライ・リムスキー=コルサコフの手になる絢爛豪華な交響組曲が有名だが、そう言えばほかに、ラヴェルの歌曲もある。題材はアラビアン・ナイトで、荒れ狂う王を前にして面白い話を毎晩語り続けたことで命をつないだ賢い王妃、シェエラザードの物語。今回のアダムズの作品は、作曲者自身の発音によれば、「シェラザード・ドット・ツー」ということになるらしい。この作品では、アラブの男性社会で虐げられている女性の姿をシェエラザードになぞらえているとのこと。なるほど、社会派の顔も持つアダムズらしい発想だ。2015年 3月に、今回のソリスト、リーラ・ジョセフォウィッツとアラン・ギルバート指揮ニューヨーク・フィルによって世界初演されたこの曲は、実質的なヴァイオリン協奏曲で、全 4楽章、演奏時間 50分に達する大作だ。これが、近現代のレパートリーを得意とするカナダのヴァイオリニスト、ジョセフォウィッツ。2015年 9月25日の記事で、オリヴァー・ナッセンが指揮するやはり都響との共演を採り上げた。
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この曲の印象は、上記の通り、寄せては返す波のようで、静かで瞑想的な部分と、激しく高揚する部分とが交互に現れる。初めて聴く人にも耳になじみやすい曲だとは思うが、R=コルサコフの「シェエラザード」のように、女主人公を表す独奏ヴァイオリンが時々入るのではなく、最初から最後まで、ほぼのべつまくなしに近い状況で演奏し続けるのだから大変だ。ジョセフォウィッツは、その大変なヴァイオリンソロを全曲暗譜で弾き通し、場面場面で曲想に応じて、時にのびやかにまた時に激しく、全身で音楽を表現し尽くした。オケの音に自らの体を投げ込むような仕草で挑んで行く姿は、あたかも野生動物のようで、彼女のこれまでの音楽家人生の集大成ではないかとすら思われた。これは推測だが、初演者として、きっと作曲過程にも深く関与したのではないか。そうだとすると、それほど演奏家冥利に尽きることもないだろう。つまり今回我々は、米国を代表する作曲家の力強い新作を、その初演者たちによる渾身の演奏で聴くことができたわけである。いわば芸術音楽の世界における最前線を体験できたわけだ。これは、モーツァルトやベートーヴェンやブルックナーやマーラーの名演を体験すること以上に、現代を生きる我々にとっての社会的な意味を感じさせる体験だ。もちろん都響も集中力のある熱演で、指揮者とヴァイオリニストに応えたのであり、そのことも大変素晴らしいことだと思う。尚ジョセフォウィッツは既にこの曲を、デイヴィッド・ロバートソン指揮のセント・ルイス交響楽団と録音している。
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さて、最後にこの曲の楽器編成について少し書いておこう。ヴァイオリンと並んでソロとしてフルに活躍するのは、ハンガリーでよく使われる楽器、ツィンバロン。ハンマーで弦を叩く構造で、いわばピアノの元祖だが、独特の郷愁を感じさせる音が鳴る。クラシックのレパートリーでは、コダーイの「ハーリ・ヤーノシュ」が有名である。
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今回は生頼 (おうらい) まゆみというマリンバとツィンバロンの専門奏者が演奏した。いやーお疲れ様でした。
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その他、興味深い奏法もいくつかあって、例えば、グロッケンシュピールの横の部分を弦楽器の弓ですーっと擦る奏法。だがこれは実際には時々見る。それよりも珍しかったのは、一人の奏者がドラの表と裏を同時に叩くというもの。これはちょっと見たことないですねぇ (笑)。それから、楽器としては、大小様々なドラ (?) を沢山吊るしたものが大変面白かった。あれだけ巨大な楽器は、運搬も演奏も大変だろう (昔見た、中国古代の「曽侯乙墓」から出土した巨大な鐘を沢山吊るした楽器を思い出してしまった)。かと思うと実はこの曲、ティンパニは使っていないのだ。通常ティンパニに委ねられる、いざというときに音楽のベースとなるべきリズムは、弦楽器が激しく刻むことで表現されていたということか。ところで客席で、日本の作曲界の大御所を 2人発見。一人は一柳慧で、もう一人は池辺晋一郎だ。いずれの作曲家の作品も、このブログで紹介したことがあるが、彼らはこのアダムズの作品をどのように聴いたのだろうか。実は、休憩時間のあと (アダムズの作品の演奏前)、前者が後者に何やら話しかけているのが見えた。芸術音楽と現代社会の厳しい切り結び方についての議論であったのか、はたまた、ただの世間話であったのかは、知る由もない (笑)。

このような、様々な刺激に満ちた演奏会であった。ギルバートと都響の演奏が、これを機会に一層の深まりを見せてくれることを祈りたい。このコンビが演奏するもうひとつのプログラムは、これは名曲中の名曲、ベートーヴェンの「英雄」をメインに据えたもの。そちらにもなんとか出かけたいものだと考えているが・・・。果たせるか否か、乞うご期待。

by yokohama7474 | 2017-04-19 00:56 | 音楽 (Live)