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大植英次指揮 大阪フィル 2017年 4月25日 大阪・フェスティバルホール

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つい 2日前のアラン・ギルバート指揮東京都交響楽団の記事で、会場となった大阪のフェスティバルホールに私は何度か言及し、「次のフェスティバルホール体験はいつになるだろうか・・・」とつぶやいて記事を終えたが、あろうことか、その舌の根も乾かぬうちに同ホールを再訪している私 (笑)。全く人が悪いというか悪運が強いというか、一体なんなんだと思われる方もおられよう。種明かしをすると、前回の演奏会で聴くことのできたこのホールの音響が非常に気に入ったので、帰りがけにチケット売り場によって、ほとんど売切れに近かったこの公演のチケットを購入したというのが真相。ちょっとほかに大阪に用があり、有給休暇を取れる算段だったという事情もあるが、第一の理由はもちろん、期近のこのホールでの公演を調べて、おっと思うような魅力的なコンサートが見つかったからである。つまり、私の敬愛するマエストロ大植英次が、かつて音楽監督を務め、現在では桂冠指揮者という地位にある大阪フィルハーモニー交響楽団 (通称「大フィル」) を振る。最近大植を東京で聴く機会がなかった (去年府中で東京交響楽団を指揮するなどの機会もあったが、聴けなかった) ので、これは本当に貴重な機会。しかも後述の通り、その曲目が特別なのである。
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さて、新フェスティバルホールの第 2回の経験だが、前回は 14時からのコンサートであったところ、今回は 19時開演。ホワイエは薄暗く、なかなかにシックな感じだ。その名も中之島という、川と川の間の中州に建っているホールであり、建物に何本も刻まれたスリットから外を見ると、川とオフィスビルの組み合わせも都会的。大阪という大都会ではあるが、いつも見慣れた東京のホールの雰囲気とはまた違っていて、なんだか楽しくなってくる。以前からの私の夢は、定年退職したら、欧米各地に加えて日本でも、各都市にあるホールでその土地のオーケストラを聴いて回りたいというもの。その意味では、ここ大阪でその練習をしていると言ってもよい (笑)。コーヒーを飲むためのテーブルには、ロウソク風の卓上照明があり、目を上げるとホワイエに設置された電球が星々のようで美しい。
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では、私としては久しぶりに聴くこととなったこのコンビの今回の曲目、一体いかなるものであったのか。
 ベートーヴェン : 交響曲第 7番イ長調作品 72
 オルフ : 世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」

うーん、これは凄い。熱狂的な力を持つ大植の音楽が、最初から最後までリズムに乗って躍動するのが聞こえるようだ。そもそも、超のつく名曲であって、普通はメインに置かれるベートーヴェン 7番を前座にするとはなんと大胆な。もちろん、過去にも例えばマタチッチの最後の NHK 交響楽団への登壇の際 (メインはブラームス 1番) とか、確かシノーポリとフィルハーモニア管の来日公演でも (メインは「英雄」) 例があったと記憶するが、いずれにせよ大変異例。メインの曲目によほど自信がないとできない選曲であろう。もちろんベートーヴェンはこのオケにとって、育ての親であった朝比奈隆が生涯真摯に向き合った重要なレパートリーのひとつであるが、既に時代は移り、あのような重厚な音でベートーヴェンを演奏することはもはやなくなってしまった。だが、実際に充実した音が鳴っている限りは、演奏スタイルなど些末なこと。とにかく説得力のある音楽を聴きたい。その点今回の大植の演奏は、このコンビの持ち味を充分出したものであったと言えると思う。冒頭の和音からして弦楽器の響き合いが美しく耳をとらえ、そしてとにかく、この曲に必要な推進力に重点が置かれて演奏が進んで行った。編成はコントラバス 6本で、ヴァイオリンの左右対抗配置を取るという、昨今のスタンダードというべきスタイルであり、過剰な情緒を排してテンポも堅実であった。だが、そこには常に前に進む意志が感じられ、第 1楽章・第 4楽章とも提示部の反復がなされなかったのは、昨今では珍しいくらいだが、それも音楽の推進力を維持するためだったと解釈したい。それから興味深かったのは、第 1楽章の後半、リズムに乗りながら音楽が熱して行く箇所で、大植が指揮棒を使わず、素手で指揮したことだ。そもそもこの人、演奏中に突然指揮棒が姿を消したりまた現れたりと、魔術的なことがよく起こるのであるが (笑)、きっとあの独特の上着の袖の部分に、指揮棒が収納できるスペースが設けてあるのだろう。いずれにせよ、通常なら、リズムが勝った箇所ではなく、歌をオケから引き出すべき箇所において、指揮棒を使わない指揮者が多い (例えば小澤征爾は、現在では全く指揮棒を使わなくなってしまったが、若い頃は、オケから歌を引き出す箇所では必ず素手で指揮していたものだ)。その意味では今回大植が素手で指揮した箇所は、若干異例であったと思うが、オケから出る音全体を、なんというか、より高みに引き上げたいという意図の現れであったのではないか。それとは対照的に、指揮棒なしで演奏したくなるような、それこそ歌が必要な箇所である第 2楽章冒頭など、中音域を担うヴィオラのよく練れた表情を、きっちりと指揮棒を持って引き出していた。全体を通して、ホルンなどに若干の課題がないではないと思ったが、冒頭の和音から終楽章のヴァイオリンの手に汗握る掛け合いまで、大植の強いリードが、現在の大フィルの、これはこれで大変充実したベートーヴェンを実現していたと思う。

そして後半、ドイツのカール・オルフ (1895 - 1982) の「カルミナ・ブラーナ」(1937年初演) であるが、これはまた本当に血沸き肉躍る傑作なのである。中世ラテン語の歌から作曲者が歌詞を集めてきており、大規模な混声合唱と児童合唱を縦横に駆使した作品なのであるが、そのいちばんの特徴は、執拗なリズムなのである。炸裂する大オーケストラと合唱の音響を彩るそのリズムは、一度聴いたら絶対に忘れないし、何か呪術的なものさえ持ち合わせる曲。私はリッカルド・ムーティが若い頃に録音した、これ以上ないほどキレのよい演奏でこの曲に親しんだのだが、そのジャケットが曲のイメージをよく伝えているので、ここに写真を掲げておく。
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このメインの大曲で大植は、ベートーヴェンでの配置と異なり、第 1ヴァイオリンと第 2ヴァイオリンを向かって左に並べ、指揮者の右側にはヴィオラが陣取った。このような劇的な曲は前半のベートーヴェン以上に大植のテンペラメントに合っていると私は思うし、実際、最初の「おお、運命の女神よ」から流れ出た音の奔流には、圧倒されるばかり。細部にまで目の届いた実に輝かしい名演で、ここでは大胆にテンポを落としたり少し煽ったりする箇所も聴かれて、明らかにベートーヴェンを演奏するスタイルとは異なっていた。そのような違ったスタイルを使い分けることができるのも、気心のあったオケであるからだろう。そして、大フィル専属の大阪フィルハーモニー合唱団も、この曲に必要な野性味を充分に発揮して素晴らしかったし、暗譜で歌った大阪すみよし少年少女合唱団も熱演。さらに加えて、3人のソリスト、すなわち、ソプラノの森 麻季、カウンターテナーの藤木 大地、バリトンの与那城 敬も、それぞれ達者で、楽しめた。特に森の変わらぬ高音の美声には拍手。ただ、髪はこの写真よりもはるかにキンキンで、まるで人形の金髪のようであったが (笑)。
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振り返ってみて、まさにリズムの饗宴という曲目ではあったものの、残ったイメージはむしろ、何か大きな山が動いたような充実感だ。オーケストラ音楽の場合、リズムはリズムだけで終わらず、つまりその場で飛び跳ねるのではなく、常に前に進んで行くパワーとなる。今回のこのコンビの演奏で、そのことに気づかされたような気がする。そしてもうひとつ。「カルミナ・ブラーナ」の歌詞には下品であったりエロティックであったり、あるいは自暴自棄や皮肉などの、人間的な感情があちこちに散りばめられている。なにせ歌詞が中世ラテン語という特殊言語だから、子供たちでも照れずに歌えるという面もあるかもしれない (笑)。だが私はこの曲がこの大きなホールで響いているのを聴いていて、個々の人々の人生の集合がここで響いているのだなぁと思うと、なんとも高揚した気分になったのである。大阪の街で、大阪の人たち (と、若干数 ? の訪問者たち) が音楽に耳を傾けることの意義。教養とか文化とかいう能書きはなくとも、その音楽を楽しむことはできるが、平和や一定の経済力がないとそうはいかない。だから、このような音楽を実際に体験できる我々は、本当に幸せなのである。そしてこのホールは、大阪の人々にそのような幸せを与える、貴重な場所なのだ。

この大フィル、今後も素晴らしい指揮者陣が登場する。これが会場に貼ってあったポスターだが、左から、5月に登場するウラディーミル・フェドセーエフ (チャイコフスキー 5番など)、6月の準・メルクル (「ペトルーシュカ」など)、7月のエリアフ・インバル (マーラー 6番!!)、そして、写真では暗くて見えないが、9月はユベール・スダーン (シューベルト) だ。錚々たる顔ぶれではないか。
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普段なかなか体験できない大フィルの定期演奏会を堪能したので、ちょっと味をしめて、また次回はどうしようなどと考え始めている私。首尾よく行けば、またこのブログでご紹介します。井上道義体制から尾高忠明体制への音楽監督移行も注視したい。

by yokohama7474 | 2017-04-25 23:29 | 音楽 (Live)