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フィリップ・K・ディック著 : 高い城の男 (原題 : The Man in the High Castle)

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フィリップ・K・ディック (1928 - 1982) は言うまでもなく、SF 界で圧倒的にカルトな人気を誇る作家である。私の知人でも何人かはいわゆる SF マニアという人たちがいて、あらゆる SF 物を渉猟している (いた?)。もちろん私などはその足元にも及ばないのであるが、そんな私ですら、ディックの作品は特別な意味を持っていて、名作映画「ブレードランナー」の原作として知られる「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を含めた数冊のディック作品を読んで、驚愕してきた口である。そんな私が大変久しぶりにディック作品を読みたいと思ったにはわけがある。そのわけは、追ってまたこのブログの記事でご紹介するとして、この「高い城の男」について語ろうではないか。これがディックの肖像写真。
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この「高い城の男」は、ディックの作品の中では初期のものである。この作品が1963年にヒューゴー賞という栄えある賞を受賞したことで、彼の名は一躍知れ渡ったらしい。ときにディックは既に 37歳。彼の充実した創作活動は、その後に彼に残された 20年弱の間に主になされたものだということだ。それにしても、1963年ということは、ケネディ暗殺の年。未だヴェトナム戦争は継続中であり、東西冷戦真っ盛りである。そんなときにディックの書いたこの作品の想定は極めてユニーク。それは、第二次世界大戦で連合国ではなく枢軸国、つまり、ドイツ・日本・イタリアが勝利した世界を舞台にしているのである。つまり、当時ガッチリ世界を支配していた現実の戦後秩序から全く離れた世界を、この作家は夢想していたことになる。これは今我々が考えるより数倍も難しいことであり、超弩級の想像力がないとできないことであったろう。それゆえこの作品は、未だに異色を放っているのである。 

と言いながらこの作品、決して読みながら手に汗握るサスペンスがあるわけではない。あえて言ってしまえば、登場人物が多い割には展開が遅い、それゆえにストーリーを追いにくい作品だと言ってもよいであろう。敗戦によって 3つの地域に分割された米国。西海岸は「戦勝国」日本の傀儡である「アメリカ太平洋岸連邦」、東海岸はドイツの傀儡である「アメリカ合衆国」、その間は緩衝地帯である「ロッキー山脈連邦」。ちょっと小さくて見にくいが、以下の地図が本作において想定された世界の勢力地図。赤はドイツの権力が及ぶ地域、緑は日本のテリトリー、水色はカナダなのである。
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上述の通り、この本を読んでいても、人間関係がもうひとつよく分からない点には結構忍耐を強いられる。しかも、何か大事件が起こるわけではなく、強いて言えば危険書物 (つまり、第二次大戦でもし連合国が勝っていたら、という「想定」に基づく物語) の作者、彼がつまり高い城の男なのであるが、その彼に暗殺の危機が迫るということくらいである。だがそれとても、突き進んで行くストーリーではなく、大変に錯綜した登場人物たちの思惑が徐々に収斂して行くというタイプのものであり、しかも、結局はなんらのサスペンスも起こらないのである。それから、登場人物たちの何人かが易経に凝っているという設定であり、それに関する様々な細かい描写があって、西洋人が読むと東洋の神秘というイメージで流すことができるのかもしれないが、私としては正直、その点もかなり冗長だと感じる結果となってしまった。だが、あえて言ってしまえば、当時文字通り世界をリードしていた偉大なる米国の作家が、その米国がもし先の戦争に敗れて、現実世界におけるドイツさながらの分断国家になっていたらどうなるかという空想を抱き、このようなリアリティを持って世界を描いたこと自体が、現実を遥か超えて行く未知の領域であったことだろう。読みながら情景を心に思い浮かべると、当時の観点で夢想した未来、決してバラ色ではなく、空には黒い雲がかかった未来に思いを馳せることができる。その意味でこれはやはり、歴史的な書物なのであろう。興味深いのは、この中で、同じ「戦勝国」でも、ドイツは独裁国家で暴力的な国、日本はドイツと微妙な距離を保つ慇懃無礼な国、そしてイタリアは、要するに弱小でドイツの尻に敷かれているという設定。なんだか分かる気がするではないか (笑)。

さてこの「高い城の男」、最近米国でテレビドラマ化され、日本でも配信されたようだ。私はそれを見ていないが、なんと製作総指揮があの (そう、あの「ブレードランナー」の) リドリー・スコット。このような分かりやすい映像が使われていたようだ。
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長らく世界の秩序は、先の大戦で勝利したか敗北したかによって決定づけられてきた。だが、そろそろそのような「分かりやすい」時代は終わろうとしているのではないだろうか。ある意味で、このディックの「高い城の男」のような世界なら、まだ分かりやすかったであろうが、今や世界の秩序はどんどん分断化され、見えにくくなっている。これが半世紀以上前に書かれた歴史的書物であればこそ、我々は真摯にその設定に向き合うことができる。さて、今から半世紀後、世界の秩序はどうなっていて、この書物はどのように読まれることであろうか。もし未来の人がこの記事を読んで、未だインターネットというものが存在していれば、是非コメントをお願いします!! (笑)

by yokohama7474 | 2017-04-28 00:05 | 書物