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ミヒャエル・ザンデルリンク指揮 ドレスデン・フィル (ピアノ : 小川典子) 2017年 7月 2日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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ドイツの古都ドレスデンに本拠を持つドレスデン・フィルが、現在の首席指揮者であるミヒャエル・ザンデルリンクとともに来日している。このドレスデンには、クラシック・ファンなら知らぬものとてないシュターツカペレ・ドレスデン (ドレスデン国立歌劇場のオーケストラ) という超名門オケがあるせいで、このドレスデン・フィルはその陰に隠れてしまっている感がなきにしもあらず。だが実は私も恥ずかしながら今回初めて知ったことには、このオケの設立はなんと 1870年。既に 150年近い歴史がある。これは大変なことだ。もっとも上には上があるもので、件のシュターツカペレ・ドレスデンの設立は実に 1548年!! こちらは 450年を超えるという長い歴史があるわけで、世界最古のオケのひとつ (実は、デンマーク王立管が、1448年設立ということで、さらに百年遡るらしいが)。ともあれ、歴史が長いからよいというものでもなく、オケの歴史に栄枯盛衰はつきもの。今現在我々が聴くことのできるこのオケの持ち味を楽しむ機会であってほしいと思って、会場のミューザ川崎シンフォニーホールに足を運んだのである。

このオーケストラ、以前もフランスの名指揮者ミシェル・プラッソンの指揮での来日公演を聴いたことがあるし、録音ではヘルベルト・ケーゲルやラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスの指揮であれこれ聴いたことがある。旧東独という渋い音色のイメージはそこそこあるが、現代的な柔軟性もあるオケという印象だ。今回のスケジュールを見てみると、6/24 から 7/5 までの 12日間で、名古屋、所沢、武蔵野、長野、東京、大阪、川崎、もう一度東京、そして最後は浜松と、9回のコンサートが開かれる。関東と中部、関西地方だけであるが、来日オケの地方公演も貴重な機会であるので、なかなかの健闘であると思う。曲目を見ると、メインの 1曲であるショスタコーヴィチ 5番を除くとすべてドイツ物で、まあドイツのオケで指揮者もドイツ人なので、それもよいのであるが、先日のブリュッセル・フィルのように短い現代曲をひとつくらい入れる冒険があってもよかったようにも思う。ともあれこの日の曲目は以下の通り。
 ウェーバー : 歌劇「オイリアンテ」序曲
 ベートーヴェン : ピアノ協奏曲第 5番変ホ長調作品73「皇帝」(ピアノ : 小川典子)
 ブラームス : 交響曲第 1番ハ短調作品68

昔ながらの、序曲、協奏曲、交響曲という構成であるが、その曲目の保守性にもかかわらず、そこには現代ならではの演奏の工夫があったことを追って述べよう。まず、指揮者のミヒャエル・ザンデルリンクとは何者か。
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1967年、東ベルリン生まれのドイツ人で、今年 50歳。もともとチェリストとして活動を開始したが、2001年に指揮に転身した。もちろんこの苗字を携えて音楽稼業を営む以上、このような表現を避けることはできないであろうが、往年の大指揮者クルト・ザンデルリンク (1912 - 2011) の息子である。この指揮者がいかに偉大であったかについて、知っている人は知っているだろうし、知らない人に説明するのはなかなか難しい (笑)。私自身は結局、彼の実演に接する機会を得られなかったが、生前から FM 放送や非正規盤 CD を含む数々のライヴ録音 (あるいは、Wowwow がベルリン・フィルの定期演奏会を放送していた頃に見たショスタコーヴィチ 8番など) に接して瞠目し、深く尊敬するに至った指揮者である。実のところ、彼の名前が偉大過ぎて、同じ苗字の (つまりは息子の) 指揮者たちによる実演や録音を、今回に至るまで聴いたことがなかったのである。つまり、このミヒャエルに加え、彼から見れば異母兄で長男のトーマス・ザンデルリンク (1942年生まれ)、同じ母を持つ兄のシュテファン・ザンデルリンク (1964年生まれ) たちだ。なので今回の演奏会は、食わず嫌い返上の意味もあったのである。

さてコンサート開始時に舞台を見ると、既に 2曲目の協奏曲に備えて、ピアノがステージに出ている。最近東京のオケでは、1曲目が短い序曲で 2曲目がピアノ協奏曲であっても、ピアノが最初から舞台に出ていることは少ないと思う。だがこれはコンサートの進行上、非常に効率的なことである。また、弦楽器の配置を見ると、指揮者のすぐ左手に第 1ヴァイオリンは当然として、その隣はチェロで、これら楽器の奥、つまりステージ下手側にコントラバス。チェロの右がヴィオラで、指揮者のすぐ右手が第 2ヴァイオリン。最近増えてきた対抗配置である。コントラバスを見ると 6本で、使われていない楽器はステージに置いていない。つまり、そのままブラームスもわずか 6本でやるのか??? と思えたのであるが、これについてはまた追って。それから、ティンパニが 2種類置いてあり、ひとつは太鼓 2台によるもの。それが前半のウェーバーとベートーヴェンで使用された。もうひとつは太鼓 4台によるもので、後半のブラームスではそちらが使われた。つまり、レパートリーによってスタイルを変えて演奏しているのである。

最初の「オイリアンテ」序曲は勢いよく始まり、ヴァイオリンが艶やかなよい音を聴かせてくれる。オケ全体のレヴェルとしては驚くほど高いというわけではないが、やはりそこはドイツのオケ。音楽の流れに自然な説得力がある。大変気持ちのよい演奏で、最初からブラヴォーが飛んだ。

そして次のベートーヴェンに移るときに見ていると、ここでトランペットは、ピストンのない、いわゆるバロック・トランペットのような古そうな楽器が使用されることとなった。これ、同じようなことをどこかで書いたと思ったら、5月21日の記事で、サロネン指揮フィルハーモニア管の演奏会をご紹介したときであった。上記のティンパニといいトランペットといい、通常オケであっても、古典派から初期ロマン派を演奏する際には古いタイプの楽器で演奏するというのが、世界の潮流なのであろうか。だが、様式とか使用楽器は、言ってみれば副次的なこと。音楽を楽しむことこそが大事である。ここでベートーヴェンの「皇帝」を弾いたのは、日本を代表するピアニストのひとり、日本と英国を拠点として活躍する小川典子。
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彼女は BIS というレーベルから録音を出しており、ドビュッシーが絶賛されたり、ワーグナーによるベートーヴェン第九のソロ・ピアノ編曲版なども大変面白い演奏であった。この華やかな「皇帝」などは、きっと彼女に合った音楽だろうと予想して聴いてみると、案の定、その音量が大きく音色の美しいピアノは、あえてミスタッチも恐れない強い表現力によって、推進力に満ち、愉悦感に富んだ音楽を紡ぎ出した。実際、ときにはもう少し音量を抑えた方がよいと思えた箇所もあったが、ホールの音響効果も関係しているのか、聴いているうちにすっかりその音楽に引き込まれてしまった。ザンデルリンクの指揮もオケを煽り立てることなくきっちりと音を組み立てており、「皇帝」らしい「皇帝」を聴くことができたという充実感を覚えたものである。そしてアンコールとして弾かれたのは、ブラームス晩年の 6つの小品作品118 の第 2曲、間奏曲。いかにもブラームスらしい諦観まじりの情緒が深々と伝わって来た。尚、非常に珍しいことに、この演奏のあと、20分間の休憩時間にロビーにて小川のサイン会が開かれた。ステージ衣装のまま出て来て、多くの人たちと歓談しながらのなごやかなサイン会であったが、調べてみると彼女は川崎市出身であるようだ。きっと旧交を温める機会になったことであろう。
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そして、後半のブラームス 1番に入る前に舞台を見渡して驚いた。前半でステージに向かって左手、つまり下手側にあった 6本のコントラバスは、ここでは上手側に移動しており、本数は 8本に増加している。その後入場して来た弦楽器奏者の配置を見ると、指揮者のすぐ左から右回りに、第 1ヴァイオリン、第 2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラで、指揮者の右側、ヴィオラとチェロの後ろにコントラバスである。つまり、第 1ヴァイオリン以外のすべての弦楽器セクションが、前半の場所から移動したことになる!! ここではっきり見て取れる指揮者の意図はやはり、曲の書かれた時代にふさわしいスタイルで演奏するということであろう。あ、それから、ステージ正面奥に、金属の棒にトライアングルが固定されているのが見えた。ブラームスの 1番にはトライアングルは登場しない。ということは、なるほど、アンコールは本命のあの曲で決まりだな、と考えていると、滔々とした流れに乗って、ブラームスの第 1交響曲の演奏が始まった。このブラームスは、ここでも弦の表現力に多くを負っていて、大変に安定した出来であったと評価できる。長身のザンデルリンクの指揮はバランスよく颯爽としていて、過度に重量感を引きずらない、停滞感のないスッキリとした演奏だ。ただ惜しむらくは、このオケの木管には時折抜けの悪さを感じることがあって (特にフルート、ときにはこの曲で重要なオーボエですら)、これだけ緻密に書かれたブラームスの曲の神髄までは、残念ながら感じられない瞬間があった。そう思ってオケの面々を見ると、なんとこのオケは、木管と金管の全員が男性、しかも結構年配の方もおられる。もちろん年配にはベテランの味があるし、男性ばかりで悪いと言う気は毛頭ないが、結果的にはさらに緻密な木管アンサンブルがあれば、音楽の表現力が格段に増したことだろうと思われる。ひとつ言えることは、ドイツのオケだからドイツ的に、というほど物事は単純ではなく、ドイツ音楽にもいろいろあること、そしてザンデルリンクとドレスデン・フィルの目指すところは、その「いろいろある」音楽を、最適のかたちで聴衆に届けるということだということだ。そして案の定アンコールに定番のブラームスのハンガリー舞曲第 5番が演奏されると、そこではシンフォニーとはまた違った野性味が聴かれ、なるほど、ドイツ音楽もいろいろあるな、と納得したことだ。

このドレスデン・フィルの本拠地、クルトゥーアパラスト (文化宮殿) には、今年の 4月に新しいコンサートホールが完成したばかりらしく、今後のミヒャエル・サンデルリンクとドレスデン・フィルはこの場所でさらに音楽を練り上げて行くことになる。
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私がドレスデンを訪れたのはこれまでに一度だけで、オペラハウス (ゼンパーオーパー) でオペラとシュターツカペレによる演奏会を聴いた。もちろんそれは忘れがたい思い出であるが、この近代的なホールでこのドレスデン・フィルによるドイツ物以外、例えばロシア物やフランス物などを聴いてみたいものだなぁと思う。よいホールは指揮者を育て、オケを育てる。最近パリでもハンブルクでも、そしてこのドレスデンでもこのような素晴らしいホールができたことで、それぞれの街の音楽文化は一層彩り華やかになるだろう。オーケストラは地元の誇り。ヨーロッパの伝統と新しい活動が、地元の人たちに文化の奥深さを語り続けることだろう。エルベ川沿いのフレンツェと呼ばれる美しい古都ドレスデンに、遠く東京の川沿いの住居から、そんな思いを馳せる日曜の夜でありました。

by yokohama7474 | 2017-07-03 01:02 | 音楽 (Live)