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チョン・ミョンフン指揮 東京フィル 2017年 7月23日 Bunkamura オーチャードホール

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一週間ほど前にジョナサン・ノット指揮東京交響楽団による熱演をレポートしたマーラーの交響曲第 2番「復活」であるが、その演奏と相前後して、その第 1楽章の原型となった交響詩「葬礼」の素晴らしい演奏を、エリアフ・インバル指揮東京都交響楽団が披露した。そして、7/21 (金) とこの日 7/23 (日) の 2回に亘って、今度はチョン・ミョンフン指揮東京フィル (通称「東フィル」) によって、また「復活」が演奏されるという事態。東京は時ならぬ「復活祭り」(?) に沸いているのであるが、 せっかくならこのお祭りに参加しないと損ではないか。現在は東フィルの名誉桂冠指揮者という地位にある世界的指揮者のチョンであるが、上のチラシにある通り、彼がこのオケで「復活」を振るのは 2001年以来実に 16年ぶりとのこと。日本のオケの指揮台に立つ名指揮者たちの中でも、このチョン・ミョンフンはもちろん、世界楽壇における地位もトップ中のトップであるが、私の感じるところ、その音楽の「凄み」という点において、他の追随を許さないレヴェルに達している人である。そんな彼の振る「復活」に、期待するなという方が無理というもの。
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今回、チョンと東フィルはこの「復活」を合計 3回演奏するのであるが、その日程と会場が面白い。まずは東京オペラシティで 7/21 (金) に行っており、そして今回の Bunkamura オーチャードホールでの演奏、そして 3回目はなんと夏休みを越えて、9/15 (金) に、改装なったサントリーホールで演奏される予定になっているのだ (ソリスト、合唱団もすべて同じ)。そもそも世界的指揮者が 2ヶ月を挟んで東京で同じ曲、しかもこんな大曲を指揮するとは極めて珍しいことであるが、東京を代表する 3つの異なるホールで「復活」を演奏するこのコンビには、何かの決意があるということだろうか。実は前回、2001年にチョンと東フィルがこの「復活」を演奏したのは、新星日本交響楽団との合併を経た「新生」東フィルとしての最初の定期演奏会であったとのこと。興味深いことに、合併前の旧・東フィルとしての最後の定期演奏会も、沼尻竜介の指揮でこの曲が演奏され、合併 5年後の 2006年にはダニエル・ハーディングの指揮で、10年目の 2010年には当時常任指揮者に就任したばかりのダン・エッティンガーの指揮で、この曲が演奏されているという。こうなってくると私もひとつ情報を付け加えたくなる (笑)。合併前の新星日響も、当時の大指揮者のもとでこの曲を演奏していて、それは 1986年、朝比奈隆によるもの。高揚感ある演奏だったのを覚えている。これは当日のプログラムからの写真。
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思い起こしてみれば、チョンが合併後の東フィルのミュージック・アドバイザーに就任するというニュースには、本当に驚いたものだ。もちろんそれに先立って N 響ではシャルル・デュトワが常任指揮者、そして音楽監督としての活動を行っていて、それまでの日本のオケの在り方が変わろうという流れはあった。だが東フィルの場合、合併前に音楽監督であった大野和士が非常に大胆なオペラ・コンチェルタンテ・シリーズなどで気を吐いていたので、その手作り感あふれる状態から、一気に世界のメジャー指揮者を指揮台に迎えることには、素直に喜べない気がしたのである。チョンほどの大物を高いギャラを払って連れて来ても、それは一時的なトレーニング目的であって、きっと長年に亘って振ってくれることはないだろうと、私は勝手に思い込んでいたのであった。ところが、それから早いもので 16年。私の思い込みは嬉しいことに間違っており、チョンは今も頻繁に東フィルの指揮台に立ってくれている。そう思うと、過去 20年ほどの日本のオケの飛躍を象徴するコンビのひとつが、チョン・ミョンフンと東フィルと言っても過言ではないだろう。

演奏開始前にステージを見渡すと、コントラバスが 10本の大編成である。最近このような大曲でも、通常サイズの 8本で演奏することが多いと思うが、ここは大規模所帯の東フィルならではの贅沢か。いつもの通り暗譜で指揮を始めたチョンであるが、上に書いた「凄み」は、その呼吸から来ている。気負いすぎることなくごく自然にキューを出して開始した冒頭部は、驚くほどの切れ味でもなかったものの、それに続く低弦の唸りには、凄みを抉り出すチョンの真骨頂が、早くも見えた。総奏に入っても、音楽は過剰な熱を帯びることはなく、迫力はあるものの、ある意味では淡々と進んで行く。逆説的かもしれないが、この淡々とした感覚こそが、チョンの紡ぎ出す凄みの秘訣なのだと思う。どういうことかと言うと、淡々としているかと思えた第 1主題に対して、第 2主題では一転、通常よりもぐっと遅いテンポで纏綿と旋律を歌い抜く。そのときに聴き手は、何か新しい世界が展開したように感じるのである。これはその後も全曲を通して聴かれた傾向で、例えば第 3楽章スケルツォでは的確なリズム感が諧謔味を強調していたし、終楽章の長い長い起伏の中で、オケの爆発の前、あるいは合唱が入ってくる前という要所要所では、遅いテンポでの祈りのような音楽が奏された。このようなメリハリによって聴き手は、ある時には突き放されることもあれば、ある時には纏綿たる情緒に溺れることとなる。チョンが大きな呼吸で指揮棒を振るとき、そこに生じる音楽の凄みが、徐々に深みを帯びて行くのである。既にお互いをよく理解している指揮者とオケのコンビであるから、音の呼吸も自然なのであるが、もし今回の演奏で僭越ながら課題を挙げるとするなら、金管の弱音部の細かいニュアンスではなかったろうか。ところで以前も書いたが、上記のようなチョンの音楽の特性は、彼の師匠であるカルロ・マリア・ジュリーニと共通する点があるのではないか。ジュリーニの手掛けたマーラーは、私の記憶する限り、1番、大地の歌、9番だけである。だが、もしジュリーニが「復活」を振ったらこんな演奏になってのではないか、などと想像しながら聴いていたものである。

今回の独唱者は二期会の人たちで、ソプラノの安井陽子とメゾ・ソプラノの山下牧子。合唱は新国立歌劇場合唱団であった。第 4楽章で独唱を歌うメゾの山下は、なんとも深々とした情緒を伴う声。どこかで聴いたと思ったら、今年 2月に新宿文化センターで行われたアンドレア・バッティストーニ指揮の同じ東フィルによるヴェルディのレクイエムであった。これが山下さん。
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そういえば新国立劇場合唱団は、前日 (土曜日) もフルシャ指揮東京都交響楽団の演奏会で、スークの「人生の実り」を歌っており、それは 2回の「復活」の演奏会 (金曜日・日曜日) の間だったことになる。既に新国立劇場でのオペラのシーズンは終わっているとはいえ、大変な日程である。もっとも「人生の実り」の方は女声合唱だけであり、歌詞のないハミングのみなので、それほど負担ではなかったということか。あるいは、そもそも 2組に分けての別々の歌手たちの出演であったのだろうか。ただ、合唱指揮は同じ冨平恭平。連続した日程で全く別の曲を聴くのに、同じ合唱指揮者が連続でステージで挨拶するのを見るというのも珍しいことだ。また、ここでひとつ思い出したことには、今回の演奏では、メゾの山下を除くソリスト・合唱団のメンバーは、全員譜面を見ながらの歌唱であった。最近の東京での声楽付きの大曲の演奏では、合唱団も暗譜ということも多いが、もともとヨーロッパでは、宗教的な内容の曲の場合には譜面を見るのが普通で、それは神に捧げる言葉、あるいは神がら授かった言葉を歌うからだ。「復活」はミサなどの純然たる宗教曲ではないものの、終楽章の歌詞は明らかに宗教性のあるもの。そのような背景に鑑みて、指揮者が譜面使用を指示したものではないかと、私は想像したくなるのである。

この曲の終盤は、それはもう凄まじい音響の嵐となるので、どんな演奏でも感動するのだが、今回のチョンと東フィルの演奏も、まさに鳥肌もの。この曲の優れた演奏では、合唱の盛大な盛り上がりに対して指揮者の身振りが返って小さくなることが多く、それこそがこの曲の凄みを引き出すひとつの要因かとも思うが、もちろん、「凄み」の指揮者チョン・ミョンフンは、最小限の身振りで最大限の壮絶な音量を炸裂させて、全曲を終了した。この曲の終楽章では舞台裏でトランペットとホルンとティンパニの別動隊が演奏をして、大団円ではそれらの奏者 (あ、もちろんティンパニは除く) もステージに合流して大音響に貢献するという方法が一般的だが、前述の通りこのオケはほかのオケよりも規模が大きいので、それはないかと思っていたら、なんのことはない、最後の最後に何人かの若い奏者 (多分学生のエキストラではないか) が舞台に合流した。数えてみると、トランペットは (起立の 4名を含む) 10名、ホルンは 11名であった。若い奏者たちにとっても、このような経験は本当に生涯の宝になることだろう。

高揚した気分でホールから出ようとすると、たまたま会社の先輩とばったり出くわした。中学生くらいの息子さんと一緒で、なんでも息子さんはホルンを演奏するという。「じゃあ、早くマーラーの演奏会に、エキストラとして出れるといいね」と冷やかすと、「はい」と照れながら答えてくれたのが微笑ましかった。現在ドヴォルザーク 8番を練習中とのことだったので、「ここは大変だねー」と、終楽章のアクロバティックなホルンの箇所を歌うと、我が意を得たりとうなずいてくれたのだが、こちらは演奏せず、ただ口で歌うだけだから気楽なもの (笑)。若い奏者の皆さんにとっては、東京は様々なオケを実際に耳にできる恵まれた環境なのである。プロのオケマンの皆さん、是非未来を信じて、さらに素晴らしい演奏を展開して行って頂きたい。

by yokohama7474 | 2017-07-24 00:32 | 音楽 (Live) | Comments(0)