だが今回はその、楽器を持ったままでの移動が、災難を巻き起こした。つまり、ステージに再登場したメンバーのうち、チューバ奏者が歩いている途中でバランスを崩し、かわいそうなことに、ステージに激しく倒れてしまったのである。客席からは悲鳴があがり、拍手もその転倒の際には止まってしまったのであるが、奏者が立ち上がると、励ましの意味を込めて、勢いよく再開した。私は舞台に向かって右側の RA ブロックにいて、その様子がよく見えたのだが、チューバ奏者がバランスを崩し、楽器の重さに引っ張られながらオットットと懸命にバランスを取り戻そうとしたときに、足が滑ってしまったのである。床を見ると、改修前はかなり年季の入った、ある意味ではこのホールの過去 30年の栄光の歴史を示すような、色のくすみやデコボコのある床であったものが、きれいな表面に変えられていた。つまり今回災難に遭われたチューバ奏者の方は、ピカピカツルツルの新しい床に、文字通り足元をすくわれたわけである。だが私は見逃さなかった。この奏者は倒れながらも楽器をかばい、自分の体を床に叩きつけることで、楽器の破損を防いだことを。これぞプロ魂。腕に負傷されていないことを祈ります。
もうひとつのトラブルは休憩時間に起こった。自席でプログラムの解説に目を通していた私は、近くの女性の悲鳴に顔を上げた。すると、ちょうどステージを挟んで反対側の LA ブロックで、初老かと思われる小柄な女性が、なんとなんと、階段を何段も、横になってクルクルともんどり打って転げ落ちるという衝撃的なシーンを目撃したのだ。すぐに周りの人たちや係員が駆け付けたが、女性係員が男性係員を呼びに走って不在になったときには、何やら怒号も飛んでいた。これは本当に危ないことである。これまでに何度となく通っているこのホールにおいて、私はこれまでこのような激しい転倒のシーンは見たことがなかった (横浜みなとみらいホールで、階段で足を滑らせた女性が勢いよく階段を駆け下りることになり、腹で手すりに激突した場面は見たことがあったが)。だが確かによく見ると、LA ブロックと RA ブロックの階段は、かなり急勾配なのである。一定の年齢以上の方は、本当に気を付けて、手すりを持ちながら昇降しなければいけないと改めて思った。転送した女性はしばらくしてスタッフに連れられて自力で歩いて退場されたが、結局、メインのロッシーニは聴けなかったようだ。本当に、大事ないことを祈りばかりである。