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地獄絵ワンダーランド 三井記念美術館

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夏には時々、妖怪や幽霊と言った怪奇なものを特集する展覧会が開かれており、私もこのブログにおいて、過去にそのような展覧会をいくつか取り上げてきている。これもそういったもののひとつ。既に夏の気配は去り、この展覧会の会期も明日までである。今年の夏はどうにもすっきりしない天候であったので、怖いものを見てひやりとしたいという気分にはあまりならない日も多かったが、ともあれ、日本人の死生観に直結する地獄のヴィジョンを様々に紹介する面白い展覧会であるので、ここでざっとご紹介してみたい。

地獄とはもちろん、生前に悪い行いをした者が墜ちるところであり、三途の川や閻魔大王などの死後の世界のイメージは、日本人の誰しもにとって親しいものであったろう。ただ、それは昭和に生まれた私のような世代の者にとっては当然そうであっても、今の若い人たちにとってはどうなのであろうか。以前のように仏教的な感覚が日常的に近いものであった時代は既になく、土地の古老から地獄の話を聞かされて震えあがるという経験は、ほとんどないのではないか。いや、実は私の世代であっても、少なくとも都会に育った人間には、そのような経験はほとんどなかったわけであるが、それでも、地獄に関して、ある恐怖心を持っていたことは確かである。私の場合は小学生のときに「地獄大図鑑」なるカラーの本を買ってきて読みふけり、学校の勉強そっちのけで、熱心に地獄の勉強をしていたものだ (笑)。いわゆる八大地獄なるものに、小学生にして既に通じていたのである。こんな本であった。このジャガーバックスのシリーズはまさに異形のもの、怪奇なものに関する私の原点で、ここでなんともキッチュな挿絵を描いていた石原豪人についても、長じてから知ることとなったが、まあその話は別の機会に譲ろう。
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そして私の妖怪への興味は、ひとりの漫画家によって強く掻きたてられられることとなった。言うまでもなく、水木しげるである。この展覧会もまた、その水木しげるの描いた地獄の様子の原画に始まる。これが閻魔大王。
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水木しげるは一般的にも人気があり、NHK の朝ドラで「ゲゲゲの女房」などというヒット作もあったので、既にかなり知られていることであろうが、鳥取の境港に育った彼が幼い日に、のんのんばあなるお手伝いのお婆さんが語ったお化けや地獄の世界が、彼のイマジネーションの源泉である。上の絵でも、左手前に、あたふたと逃げる水木少年とのんのんばあが描かれている。以下、地獄の情景をいくつか。八大地獄の中の第ニ、黒縄地獄。第五、大叫喚地獄。そして第八、阿鼻地獄。因みにこの第八は、展覧会の表示では「阿鼻叫喚地獄」とあったが、いやいや、上記の「地獄大図鑑」にはその呼び方ではなく、「阿鼻地獄」と記載されていたので、私としては飽くまでもそれにこだわりたい (笑)。
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そもそも日本人にこのような地獄や、その対照としての極楽のイメージが根付いたのは、鎌倉時代以降の庶民の信仰、浄土系の思想によるものである。高校の日本史の教科書にも必ず出て来る恵心僧都源信の手になる「往生要集」に、既に地獄のイメージが明確に述べられているらしい。だが日本人の場合、どういうわけか視覚の刺激を好むものであるらしく、地獄の様子の視覚化によって、そのイメージが人々の中に定着して行ったのであろう。水木しげるは妖怪画においても江戸時代の印刷物からのイメージを流用しているケースが多いが、例えば上の「阿鼻地獄」の奥で落下して来る人々のイメージは、例えばこの、1671年に発行された「和字絵入往生要集」、つまり、源信の「往生要集」の図解版に既に現れている。
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展覧会では、ここから始まる様々な地獄絵がこれでもかと並べられていて (期間中の展示替えがかなり多いのが難点だが)、なんとも興味深い。これは、滋賀県の新知恩院所蔵になる重要文化財の「六道絵」から「地獄道」、「阿修羅道」、「天道」。何が珍しいといって、これらは中国で描かれたものなのだ。南宋から元にかけての時代、つまりは 12 -13世紀の作品である。ご覧の通り非常に優れた筆致の作品であるが、日本のこの種の絵よりも格調が高いというか、タブローの色合いが濃く、物語性は希薄に思われる。
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やはり 12世紀頃に描かれ、現在では東京国立博物館や奈良国立博物館が所蔵する「地獄草紙」は国宝に指定されているが、この展覧会では残念ながら見ることはできない。だが、地獄草紙のひとつ、益田家本の明治時代の模写が展示されている。この炸裂する物語性と、それから強烈なスプラッター感覚は、上の中国画の格調の高さとはかなり違いますねぇ (笑)。「鳥獣戯画」によって世界最初のマンガを生んだ日本という国は、中国から文化を導入しても、やはり自分たちの好みに合わせてそれを変えてしまう習性を持っていたということか。
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そう、日本の地獄絵では、画家が楽しんでホラーシーンを描いているのがよく分かる。この展覧会の図録には、子供も読みやすいようにいろいろ工夫がされているが、以下の絵に添えられたこのセリフは、ある意味で日本の地獄絵の特徴をよくとらえていないだろうか。これは、聖衆来迎寺の「六道絵」(原本は鎌倉時代作の国宝で、私も一度夏の時期に実物を見たい作品だが、これは江戸時代の模写・・・あとで気づいたのが、この夏に奈良国立博物館で源信展をやっていて、そこに聖衆来迎寺の国宝「六道絵」がすべて出品されていたとのこと。残念ながら見逃した) のワンシーンである。亡者の切実な声に、私は声をあげて笑ってしまいました。
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さて、人間が死後裁きを受けるにあたっては、十王という怖い神様 (なんだろうか) にお世話になるわけだが、中でも閻魔大王の名はよく知られている。これは滋賀県、天台宗の名刹、三井寺 (園城寺) に伝わる重要文化財の「閻魔天曼荼羅」。威厳ありますなぁ。
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さて、極上の美術品としての地獄 / 六道絵から、庶民の信仰が広まるにつれ、造形方法も多様化して行った。この時代、つまり12世紀頃の日本の絵画を西洋と比べると、様々な点で日本が西洋にまさっていると言ってよいだろうが、中世から近世にかけての日本において、人々が集まって住むそれぞれの村落の中で、世代から世代へと伝承が広がって行く様は、何かある種の迫力があると言ってよい。これは江戸時代の「地獄十王経」から。このヘタウマ感覚というか、ただのヘタな (?) 絵画表現に、「民芸」を見た。
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そもそも日本人の想像力の懐の広さは、上で少し触れた「鳥獣戯画」に最も端的に表れていようが、その自由なユーモア精神は、数々の遺品に見ることができる。これは京都の清浄華院所蔵になる重要文化財、室町時代の「泣不動縁起」から、熱心な僧の献身ぶりに泣いた不動明王が、その僧の代わりに責め苦を受けるために冥界に出向くところ。いやいやお不動様、あなたは偉いんだから!! と言いたくなる感動のシーンである (笑)。なんとも珍しい作品だ。
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地獄や極楽という想像上の世界を表すという点において、日本人の持つ才能は大したものだ。これは江戸末期、1858年に松平乗全 (のりやす) によって描かれた「立山曼荼羅」。現在の富山県にある立山連峰は、古くからの聖地とされており、この絵のように、下の方には実際の立山のお堂の数々が描かれ、上の方には仏の世界が描かれた。ここには自然の中に神秘なるもの、崇拝すべきものを見出す日本的な感性がある。霊峰とされる山の中に極楽や地獄が存在しているとする思想のことを、「山中他界観」と言うらしい。
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さて、このような感性は民間信仰において独自のものを生み出す。これは江戸時代の「熊野観心十界曼荼羅」(日本民藝館所蔵)。熊野三山に所属する熊野比丘尼と呼ばれた女性宗教家が携帯していたもの。全体が独特で不思議な図像に満ちているが、その上部のアーチ型の部分には、生まれてから死ぬまでの人間の姿の推移が描かれており、その真ん中に「心」の文字が見て取れる。
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そう、この「心」こそが重要だ。生前の心がけが来世を決める最大の要因であることを表している。この江戸時代の「心字曼荼羅」では、寝ている女性から心が抜け出て、極楽と六道につながっている。そして女性の下には腐乱死体が描かれているが、これはもちろん、九相図 (くそうず) の一種。人間の生の儚さを道徳的に描いているのである。
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展覧会ではここから後には、ひたすら庶民にとっても地獄を表す造形の数々を見ることになる。これは、江戸時代に全国を行脚した木喰 (もくじき) 上人による十王坐像と葬頭河婆坐像の一部。素朴な造形であるが、近くでじっくり見ると、意外とその彫り口は鋭いのである。兵庫県の東光寺の所蔵。
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さてこれは、再び日本民藝館所蔵の「十王図」。これはどう見てもプロの絵師が描いたものではなく、明らかに庶民の手になるもの。まさに民芸であり、日本人のユーモアのセンスを表すものと言えるだろう。十王の中で唯一顔を赤く塗られているのが閻魔大王。この展覧会のポスターにも使われているのも納得の存在感である。また、地獄の獄卒たちも、私が幼少の頃に「地獄大図鑑」で見た石原豪人のグロテスクな挿絵とは似ても似つかない、愛らしく素朴な様子なのだ。
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このような地獄絵の民芸化は、私もこの展覧会を見るまではあまりイメージがなかったが、なるほど民間信仰とはこういうことかと実感する。これらは東京葛飾区の東覚寺所蔵になる「地蔵・十王図」から。この素朴さこそが、江戸時代の文化度を示している。
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まあそれにしてもこの展覧会、よくぞこれだけあらゆる地獄絵とその関連の作品を集めてきたなぁと感嘆するのであるが、江戸時代の読み物の中にも、直接地獄を描いたものでなくとも、面白いものが満載だ。これは、山東京伝の手になる「一百三升芋地獄」から「業の秤」。なんでもここで鬼が言っていることは、「サツマイモども、よくも人々を胸やけさせたな!!」ということであるそうだ (笑)。さすが寛政の改革のときにお縄頂戴になった京伝だけある。なんともブラックだ。
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日本古来の文化というと、いわゆる禅的なわび・さびという渋いイメージなのであるが、いやいやどうして、日本人のユーモアのセンスの秀逸なこと。上でもその例のいくつかを見て来たが、江戸最大の娯楽であった歌舞伎との関連でも、実に興味深い遺品がいろいろある。これは「死絵 八代目市川團十郎」。幕末に活躍した八代目市川團十郎 (1823 - 1854) の死後に作られたもの。二枚目をもって知られた團十郎が獄卒のもとに赴こうとして、多くの女性に引き留められ、獄卒も困ってしまうという場面。ここで群がり折り重なり、團十郎を行かせまいとしている女性たちは、老いも若きも、美形も醜女も、あるいはメスの犬や猫までもといった具合 (笑)。
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このように、中世から近世まで、そして現代にまで続く日本人の地獄・極楽感に触れることのできる、大変興味深い機会であった。そう、このような展覧会を見ることで、親から子へ、子から孫へ、この国独特の感性を語り継ぐことができるだろう。のんのんばあはもういなくとも、現代に生きる我々の力で、文化をつないで行くことはできると信じたい。

by yokohama7474 | 2017-09-02 23:30 | 美術・旅行