川沿いのラプソディ


川沿いの住まいから、音楽、美術、映画その他文化一般を語りつくします。
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メモ帳

エル ELLE (ポール・ヴァーホーヴェン監督 / 原題 : ELLE)

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映画の世界で「エル」と言えば、誰もが思い浮かべるのはもちろん、ルイス・ブニュエルがメキシコで制作した映画であろう。って、本当かどうか知らないが (笑)、この映画はそれとは違う。なぜなら、ブニュエルの映画は "El" だが、この映画は "Elle" であり、前者における主人公は男性であるのに対し、ここでの主人公は女性であるからだ。もちろん "Elle" とはフランス語で「彼女」という意味であり、有名なファッション雑誌の名前もここからきているのであろう。そう、この映画の主役の「彼女」は、実に危険な人物であるがゆえに、題名も多くを語ることなく、ただ「彼女」となっていて、なかなかに含蓄深いのである。

この映画の監督は、オランダのポール・ヴァーホーヴェン。ヴァーホーヴェンと言えば、「ロボコップ」「トータルリコール」「氷の微笑」といったハリウッド映画で知られる人だ。それから、私にとっては忘れがたい衝撃の超傑作 SF 映画、「スターシップトゥルーパーズ」も彼の作品である。だがここで彼は、フランスの役者たちを起用した全編フランス語の、文字通りのフランス映画を監督した。最近の活動をあまり耳にしなかっただけに、若干意表をつくかたちでの再登場は、実に興味深い。このヴァーホーヴェン、今年 79歳という高齢であるのだが、このように人間の生きざまを仮借なく描くだけのパワーを未だ保っているとは素晴らしい。
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この映画にまつわる言説を見てみよう。上のポスターには、「犯人よりも危険なのは、"彼女" だった」とあるし、この映画のプログラムには、「異色のサスペンスにして、世界初の気品あふれる変態ムービーが誕生した!」という、なんだかよく分からない表現が載っている (笑)。見終わった今、冷静に考えて、それらの表現を理解することはできるものの、この映画には決してポルノ的な部分はなく、極めて真摯に、のっぴきならない人生の残酷さを描いているように思われる。確かに煽情的な場面はそれなりにあり、彼の旧作「氷の微笑」に通じるところもあると思うが、ストーリーの複雑性は際立っており、そして登場人物たちの、これまた複雑な人間関係には、まあそれはびっくり仰天なのであった (笑)。フランス人って、みんな本当にこうなんだろうかと思ってしまうが、自分の知っているフランス人を何人か思い浮かべてみると、ちょっと納得できるような気もする。とにかくこの映画に出て来る人たちの間には、ああなんということ、あっちもこっちも仮借ない (?) 肉体関係が張り巡らされているのである・・・。これは、物語の発端となる主人公の女性がレイプされる場面を演出している監督と主演女優。
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ストーリーは一見分かりやすいのだが、劇中で描かれていない背景について想像力を巡らせると、なんとも鳥肌立つ内容なのである。すなわち、ビデオゲーム会社の社長を務める女性 (設定は 50代?) が、ある日自宅に侵入して来た黒装束の男にレイプされてしまう。当然警察に駆け込むかと思いきや、単独で犯人探しをする主人公。実は彼女にはトラウマがあって、子供の頃に自らの父親が近所の子供たちを何人も殺したという忌まわしい経験を持つのである。彼女は非常に我の強い人であり、好き嫌いをはっきり主張するタイプ。そしてまた、自らの欲望に正直で、時に極めて大胆な行動に出ることもある。そうこうするうち、レイプ犯が特定されるのだが、その後彼女は・・・という物語。まず圧巻なのは、主役を演じる名女優、イザベル・ユペール。
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劇中では息子に子供が生まれ、お婆さんになる年齢。だがそのルックスは、せいぜい 30代かと見まがうほどの美しさ。そして実年齢を知ってびっくり!! 1953年生まれなので、今年実に 64歳!!!! ここで彼女が見せる演技は、いろんな意味で決然たるもので、キャリアウーマンでありながら情熱家であり、一方で大人の分別もわきまえており、ペットの猫は大事にするが家族には概して冷淡で、ええっと、あえて言ってしまえば、変態なのである (笑)。こんな演技ができる女優は日本には絶対いないし、ハリウッドでもちょっと想像できない。彼女を巡る男性女性、いろいろいるのであるが、もうひとりの圧巻は、このイザベル・ユペールの母親役を演じているジュディット・マーグルという女優。ルイ・マルの「恋人たち」でジャンヌ・モローの友人役を演じたという。
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ええっと、ちょっと待てよ。フランスの人間国宝的女優であったジャンヌ・モローは、つい先日、7月31日にその生を閉じたばかり。享年 89歳であった。その友達を演じたって、この女優は一体何歳なのか。上の写真から、何歳だと思われるだろうか。60歳? 70歳? いえいえ、答えは 1926年生まれ。つまりは今年実に 91歳ということになる!!! それでいて劇中での彼女は、若いツバメを捕まえて結婚するという快挙に出るのである。なんだかもう、クラクラして来てしまうのだ (笑)。

この映画の設定はこのようにちょっと破天荒なのであるが、ひとつ言えるのは、人間の本性を深い部分で描いていることで、設定のわりには過剰な性的描写が少ない点、好感が持てるのである (もちろん、家族での鑑賞に適するような穏便な描写にはなっていないが。笑)。愛憎渦巻く人間関係は、極端なかたちを取りながらも結構なリアリティがある。これぞフランス映画。ハリウッド時代のヴァーホーヴェンとは一味違っている。だが、このめくるめく人間関係をどのように整理しよう。劇中で描かれていない過去の惨劇の真相は、一体いかなるものであるのだろうか。そこには明確な回答は示されず、見る者の想像力に任されることとなる。ここに登場する男優女優は私の全く知らない人ばかりであるのだが、それぞれが役柄に応じたリアリズムを体現していて、いやそれは、実に素晴らしいのである。人間同士には様々なご縁による様々な関係が成立しうる。この映画の人物たちは、そのようなご縁にうまく乗りながら、それぞれにのっぴきならない生を送っているのである。黒猫も、そのような主人公の生のひとつの要素なのだ。
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主人公の性格描写において重要な役割を担っているのが音楽である。彼女がレイプされるシーンと、自動車で災難に遭うシーンで流れているのは、いずれもモーツァルト。前者はディヴェルティメント K.136 の第 2楽章。後者は「魔笛」の後半、タミーノが試練を受ける場面の音楽だ (エンドタイトルで、後者はクラウディオ・アバド指揮のマーラー室内管弦楽団の演奏であると確認)。これらは劇中の BGM ではなく、主人公がその場面で実際に聴いている曲である。つまりは彼女はモーツァルトの愛好者という設定なのであろう。それは、主人公には変態性があるとはいえ、自分に正直なピュアな人であることを表しているのだろう。ほかには、会食の場面でラフマニノフのピアノ協奏曲第 2番の第 2楽章が流れていた。あ、それから、母親の病室で流れている映像は、サイモン・ラトルとベルリン・フィルが 2013年のヨーロッパ・コンサートで演奏したベートーヴェンの「田園」で、場所はプラハ城だ。
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このような特殊な映画であるゆえ、人によっては嫌悪感を感じるかもしれない。だがそんな人でも、いかに真摯にこの映画が作られているかを感じることはできると思う。万人にお薦めできる映画でないことは確かだが、人間の深い部分を見たいと思う人にとっては、大きな価値を持つ映画であると思う。老境に至ったヴァーホーヴェン監督が、これからも強い表現力を持った映画を撮ってくれることを期待したいと思う。

by yokohama7474 | 2017-09-16 02:15 | 映画 | Comments(0)
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