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ベルギー奇想の系譜 ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで Bunkamura ザ・ミュージアム

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このブログでは、先の「バベルの塔」展をはじめとして何度か、ヒエロニムス・ボス (1450年頃 - 1516年) やピーテル・ブリューゲル (1525/30年頃 - 1569年) の作品に触れる機会があり、また、これら 15 - 16世紀のフランドル絵画に関する私自身の思い入れも既に述べている。今回の展覧会では、そのボス、ブリューゲルに始まり、世紀末から 20世紀の作品、そして現代アートに至るまで、現在のベルギーで制作された作品が並ぶ。ベルギーにおいては世紀末に象徴主義 (フランス語でサンボリズム) の活動が活発となったことはよく知られていて、日本でも何度も展覧会が開かれているし、私もそれらを大いに楽しんできた。またベルギーからは 20世紀に入ってシュールレアリスムの代表的な画家が何人も出ているし、現代アートに至るまで、その「奇想の系譜」は実に面白いのである。

では、作品を見て行くこととしよう。まずは、本展のポスターにも使われている「トゥヌグダルスの幻視」という作品。マドリードのラサロ・ガルディアーノ財団の所有になるもので、近年の研究により、ボスの生前 (1490 - 1500年頃) に、彼の工房で制作されたことはほぼ間違いないと認定されるようになった。
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もちろん、ボス本人の作品に比べると、その筆致は少し鈍いことは明らかなので、工房の作とするのが妥当なのだろうが、まあそれにしても、細部までぎっしりと描き込まれたこの奇想は、紛れもないボス的世界。題名の「トゥヌグダルスの幻視」とは、アイルランドの修道士マルクスが 12世紀半ばに記した異界巡りの説話であるらしい。ボスの時代のネーデルラントではこの説話が出版されて人気を博していたらしい。主人公トゥヌグダルスは画面の手前左下でまどろむ人物。彼の見る幻視は、七つの大罪を表している。いやでも目に入ってくる中央奥の大きな頭部は、それ自体罪の象徴であるらしい。ここでは黒いネズミ (邪淫の象徴) が空っぽの眼窩に入り込もうとしていて、知覚から入り込む誘惑を表しているという。この頭部の鼻からはコインが噴き出ていて、その下の桶の中で何やら緑色の液体に浸かっている修道女と修道士の上に降り注いでいる。また、画面右では「激怒」と「大食」が描かれているが、怪物に酒を飲まされたり刺されたり、あるいは首を切られたりという残虐なシーンが見られる。罪を戒めるという趣旨なのであろうが、ただの教科書的な描写では全くない、異常なまでの強烈なヴィジョンである。
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これもボスの生前にその追随者によって描かれたとされる「聖クリストフォロス」(1508年)。河で人々を背負って向こう岸に連れて行くことを生業にしていたクリストフォロスがあるとき幼児を背負って河を歩いていたところ、その幼児がどんどん重くなって行った。ようやく反対側に辿り着いたときに幼児は、自分がキリストであることと、クリストフォロスが背負ったのは神の創造した全世界であることを告げたという物語。その題材は珍しいものではないが、これでもかとばかりに異形の者たちが描かれているのは大きな特徴である。このようなイメージが当時のフランドルで流行した理由は何なのであろうか。フランスやスペインでは、このようなイメージは想像できない。
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これも同じ題材、「聖クリストフォロス」で、ヤン・マンデイン (1500年頃 - 1559年) なる画家の作品。上の作品と共通するイメージが使われているが、完全に流用しているわけではなくて、独自性もある。16世紀を通じて、ボス風の奇想がいかに人気を博していたかの証拠であろう。
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展覧会には版画も多く展示されていて、ボス風の奇想のものもあるが、これは一見すると少し趣向の異なるもの。ボスと同時代の画家アラールト・デュハメール (1450年頃 - 1506年) による「包囲された象」。もちろん象はヨーロッパには生息していないので、これはアジアかアフリカから連れて来られたものであろうが、スペインのフェリペ 2世から、叔父の神聖ローマ皇帝フェルディナント 1世 (おぉっ、アルチンボルドが最初に仕えた皇帝だ) に贈られたエマニュエルという象が 1563年にアントワープでパレードを行った記録があり、これはその当時発行されたものだという。画家の死後であるので、この版画がそのエマニュエルを描いたものではないようだが、珍奇で巨大な動物に群がる人々がユーモラス。だがよく見ると、象の上に乗っている奇妙な建物 (?) などは、ボスの作品を思わせ、実はこの作品自体、ボスの初期作品の模倣である可能性も指摘されているらしい。
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それから、何度見ても面白いブリューゲルの版画。ブリューゲルの場合は奇想だけに依拠してはおらず、夥しい人数を登場させて当時の風俗を描くような作品も多いが、やはりボスの作り出した異常なヴィジョンへの需要に応えて、ボスとは似て非なる幻想世界を創造した。以下、「冥府へ下るキリスト」(1558年頃)、「七つの大罪」から「激怒」(1558年)、「七つの徳目」から「希望」(1559 - 1560年)。
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そして、奇想の系譜には普通入らない大画家の作品が展示されている。それはペーテル・パウル・ルーベンス (1577年 - 1640年)。言うまでもなくバロックを代表する画家であり、ヨーロッパの美術館ではどこに行っても、彼とその工房が生み出した作品の数々に出会うことになると言っても過言ではない。この展覧会では、何点かの版画が展示されているが、これは「反逆天使と戦う大天使聖ミカエル」(1621年)。いかにもルーベンスらしい力感に満ちた作品だが、多くの異形の者どもの表現には、フランドル絵画の伝統が影響している点もあるのだろうか。
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そして展示作品は 19世紀へ。上にも書いた通り、ベルギー象徴派は退廃的ではあるが日本でも人気で、私も大好きなのであるが、奇想という流れでこれらの絵画を読み解くのも面白い。まず、フェリシアン・ロップス (1833年 - 1898年)。この画家の名前を知ったのは多分、澁澤龍彦の著作であったと思うが (今手元に彼の「幻想の彼方へ」を取り出してきてパラパラ見てみると、あとで触れるシュールの巨匠デルヴォーについての文章で、ロップスにも言及があった)、いやなんとも退嬰的で個性的、ある場合には異常なほどの冒涜的な作品を残した人である。これは「舞踏会の死神」(1865年 - 1875年頃)。死神が着ているのは日本の着物のようにも見えるが、どうやらキリスト教の司祭が着るガウンであるらしい。なんという冒涜。
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実はロップスは、1864年にブリュッセルを訪れたフランス象徴主義の詩人ボードレールと交流し、その影響を受けたという。上の作品もボードレールの代表作「悪の華」に基づくものであるらしい。なるほどそう言えば、ボードレールの退廃と共通点がある。このロップスの作品、とてもこの文化ブログではご紹介できないような冒涜的な作品が数々展示されているが、勇気を奮い起こして (笑) ひとつご紹介しよう。1878年作の「聖アントニウスの誘惑」。こちらはギュスターヴ・フローベールの「聖アントワーヌの誘惑」(1874年) に影響されたものかとされているらしい。聖アントニウスは、キリストは十字架から落とされ、代わりにそこには豊満な肉体をさらす娼婦が現れるという幻想を見ている。おぞましいほど冒涜的だ。
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ロップスの作品としては比較的有名なのがこの作品だろう。1896年の「娼婦政治家」。目隠しをして豚に先導される裸体の娼婦の姿に、当時の政治家への皮肉が込められているらしい。
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さて、ベルギー世紀末象徴主義といえば、忘れてはならないのがフェルナン・クノップフ (1858年 - 1921年) である。その神秘的で淡いトーンの作品には、退廃的要素とともに、甘美なものが常につきまとう。描かれた人物は多くの場合両性具有的であり、世紀末特有のファム・ファタルのイメージであるケースも多い。そしてよく知られているのは、妹に対して異常なまでの深い愛情を抱いていたことで、作品のモデルもその妹、マルグリットがほとんどであるようだ。これは 1900年頃の、鉛筆とパステルによる「顔を覆うマルグリット」。それから、鉛筆と色チョークによる「女性習作」。クノップフらしい作品たちだ。
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クノップフが幼時に暮らしたブリュージュはまた、ジョルジュ・ローデンバック (1855年 - 1898年) の傑作小説「死都ブリュージュ」(1892年) でもよく知られているが、クノップフは若い頃ローデンバックと交流があったらしい。これは 1904年頃の「ブリュージュにて、聖ヨハネ施療院」。いかにもブリュージュのイメージにふさわしいではないか。うーむ、ブリュージュ、行ってみたい!!
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クノップフの作品の多くは怪しさに満ちているが、そのことによって彼の洗練されたセンスを過小評価してはいけない。これは 1894年の「巫女 (シビュラ)」。彫刻作品の色彩写真であろうが、古代の雰囲気とその時代の空気を併せ持つ、大変に洗練された表現であると思う。
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さて次はジャン・デルヴィル (1867年 - 1953年) である。以前も彼の名前に、ミュシャ展についての記事の中で触れたが、ベルギー象徴派の流れでは彼の作品に触れる機会はあっても、単独での回顧展は、私の知る限り日本で開かれたことはないのではないか。一度まとめてその作品を鑑賞したい画家である。この展覧会には 4点が出品されていて、貴重な機会となっている。これは 1888年の黒チョークによる作品、「ステュムパーリデスの鳥」。ギリシャ神話に登場する、翼の先が青銅でできていて集団で生活する怪鳥である。
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これは「赤死病の仮面」(1890年頃)。もちろん、エドガー・アラン・ポーの作品に基づくもので、これぞ世紀末という雰囲気。
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こちらは明るい色調が印象的な「レテ河の水を飲むダンテ」(1919年)。姫路市立美術館の所蔵品である。このような作品を見ると、やはりこのデルヴィルという画家の辿った軌跡を知りたくなる。岩崎美術社の夢人館というシリーズで画集が出ていたが、今でも手に入るのだろうか。
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さて、今回初めて知った素晴らしい画家が 2人いるのでご紹介する。まず、ウィリアム・ドグーヴ・ド・ヌンク (1867年 - 1935年)。やはり象徴主義の画家であり、その活動の中心人物たちと交流を持った人らしい。この「運河」(1894年) は、横長の作品であるのだが、なかなか図録から全体を写真に収めるのが難しく、これはその一部。人の姿が見えない運河の風景の中に静謐な神秘感が漂っていて素晴らしい。
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次に、ヴァレリウス・ド・サードレール (1867年 - 1941年)。この「フランドルの雪」(1928年作、アントワープ王立美術館蔵) は不思議な作品だ。雪景色ということもあり、ここでも静謐さが支配する。見ていると吸い込まれそうな気もしてくるような、なんとも神秘的な作品だが、その雪の様子は、例えばブリューゲルの「雪中の狩人」を思わせる要素もある。フランドルの過去の作品へのオマージュを感じられる作品だと思う。
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次にご紹介するレオン・スピリアールト (1881年 - 1946年) は、名前には聞き覚えが確かにあるが、いつどこで彼の作品を見たのか思い出せない。どこかの小規模な展覧会か、かつて何度か見たベルギー象徴派の展覧会のいずれかにおいてであったろうか。この「堤防と砂浜」(1908 - 1909年作) は、墨と水彩によるもの。ここで描かれている光は灯台のものであるらしいが、画面から漂うその孤独感は、鑑賞者をして絵の前で黙らしめるようなものである。
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さてここからは、ベルギーの画家と言えば誰もが知る 3人に触れよう。まずはジェームズ・アンソール (1860年 - 1949年)。仮面の画家の異名を取る彼の作品には、鮮やかな色合いとは対照的なシニカルさが常にあり、ときにそれは背筋も凍るほとである。この「ゴルゴダの丘」(1886年) を見ると、キリストの十字架 (通常は "INRI"、つまり、「ナザレのイエス、ユダヤの王」の意味の言葉が掲げられる箇所) に、"Ensore"、つまりアンソールという自分の名前を入れている。彼を突く槍には "Fetis" と見えるが、これは当時の美術評論家の名であるらしい。自らをキリストになぞらえるとは、おこがましいにもほどがあるが (笑)、ベルギーにはこのような冒涜的な発想が生まれる素地があったということだろうか。
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アンソールをもう 1枚。1933年の「オルガンに向かうアンソール」。実はこの絵の奥に描かれているのは、1888年の作品「1889年のキリストのブリュッセル入城」で、その前でオルガンを弾くアンソール自身の姿が題材となっている。いかにもアンソールらしい色彩と題材のギャップはあるが、両大戦間の作品になると、世紀末の頃の作品に比べると、毒は減ってきているかもしれない。
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そしてあとの 2人は、シュールレアリスムを代表するポール・デルヴォー (1897年 - 1994年) と、ルネ・マグリット (1898年 - 1967年)。ともによく知られた画家であるし、後者に関しては日本での大規模な回顧展の記事を書いたこともあるので、ここでは詳細は割愛する。デルヴォーの「海は近い」(1965年) と、マグリットの「虚ろな目」(1927年または 1928年)。これまで見てきた作品によっても、ベルギー絵画にはシュールの萌芽になる感性がもともとあることが分かって、実に興味深い。
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もちろん、歴史的な作品ばかりでなく、ベルギーの現代アート作品もいくつか展示されているので、ご紹介したい。まずこれは、レオ・コーペルス (1947年 - ) の「ティンパニー」(2006年 - 2010年)。骸骨が逆さづりになり、上下に動いてティンパニを叩く仕掛け (会場では作品は静止しており、動いているヴィデオ映像が流れている)。ここには「メメント・モリ」(死を想え) の精神があると思われる。
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これは、ミヒャエル・ボレマンス (1963年 - ) の「Automat (3)」(2008年)。細部は写実的なのに、向こうを向いたこの女性は、足のない状態で床の上に浮かんでいるように見える。後ろで結んだ手や、血痕かと見えるいくつかの衣類のしみも、不気味なことこの上ない。
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これは会場入り口で訪問客を出迎えている、ヤン・ファーブル (1958年 - ) の「フランダースの戦士 (絶望の戦士)」(1996年)。彼のパフォーマンスは、私が学生の頃に日本に紹介されて話題になった。あの「ファーブル昆虫記」のアンリ・ファーブルの曾孫であるらしいが、このように意識的に虫を使った作品が多い。ここで貼りつけられているのは、夥しい数のカブトムシである。
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最後は、トマス・ルルイ (1981年 - ) のユニークな作品、「生き残るには脳が足らない」(2009年)。ギリシャ彫刻のような胴体に、巨大な頭部が乗っていて、その頭部は哲学者ふうの顔立ちであるものの、だらしなく口からヨダレを垂らしている。確かにこの人、脳が足りないようだ (笑)。
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このように、500年に亘るベルギー美術を概観する、非常に充実した展覧会である。ベルギーという複雑な土地で表現された人間の心理の諸相には、実に奥深いものがあると思うので、9/24 (日) までの会期に足を運ぶ価値は充分にあるだろう。お、そうだ。足と言えば、会場で販売していたこんなフィギュアを買ってしまいました。言うまでもなくこれは、マグリットの代表作「赤いモデル」の立体化である。何がどう赤いのか分からないこの作品であるが、立体であるがゆえに、自分で好きな向きに置いて楽しむことができるのだ。これは必携とまでは言えないが、イマジネーションが広がって楽しいのである。あ、後ろに見えるのは、エジプトのファラオを象った我が家のフィギュアの一部で、マグリットとは関係ありません (笑)。
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by yokohama7474 | 2017-09-18 00:31 | 美術・旅行