人気ブログランキング | 話題のタグを見る

小泉和裕指揮 東京都交響楽団 (ヴァイオリン : アリーナ・イブラギモヴァ) 2017年10月24日 サントリーホール

小泉和裕指揮 東京都交響楽団 (ヴァイオリン : アリーナ・イブラギモヴァ) 2017年10月24日 サントリーホール_e0345320_00421920.jpg
このブログに集って来られる方々の中には、クラシック音楽の演奏会の新しい記事が目当てという方もそれなりにおられることは、自覚している。そんな方からしてみれば、「なんだ、『川沿いのラプソディ』は、初来日のウラディーミル・ユロフスキ指揮のロンドン・フィルとか、あるいはジョナサン・ノット指揮の東京響、アレクサンドル・ラザレフ指揮の日本フィル、クリストフ・エッシェンバッハ指揮の NHK 響、ヨーヨー・マやイーヴォ・ポゴレリチのリサイタル、あるいはキャスリーン・バトルの久しぶりの来日リサイタルとか、伴奏者は変更になったとはいえ、マティアス・ゲルネの『冬の旅』とか、最近の重要なコンサートを全くレポートしないではないか!!」と憤慨の向きもあるかもしれない。だが、このブログで何度か書いているように、私はただの勤め人。出張もあれば飲み会もあり、まあたまには残業ということもある。残念ながら上記のコンサートのどれにも行けていないし、今から予告しておくと、今週後半から来週一杯にかけてはまた、コンサートに行くことはできないのである。だから、イツァーク・パールマンのリサイタルとか、林真理子が台本を書いた三枝成彰の新作オペラにも行くことができない。何卒お許し頂きたい。

ともあれ久しぶりとなってしまった記事で採り上げるコンサートは、もしかしたらちょっと渋い内容と思われる方もおられるかもしれない。東京都交響楽団 (通称「都響」) の終身名誉指揮者の地位にある小泉和裕 (1949年生まれ) がその都響を指揮した演奏会で、曲目は以下の通り。
 バルトーク : ヴァイオリン協奏曲第 2番 (ヴァイオリン : アリーナ・イブラギモヴァ)
 フランク : 交響曲ニ短調

指揮者小泉和裕については、以前も同じ都響や名古屋フィルを指揮した演奏会を採り上げたが、私にとってはかなり早い時期から生演奏を聴いてきた指揮者である。近年はその活動を国内に絞っているようであり、その才能からすれば当然海外でのさらなる活躍を期待したくなるのであるが、そのことに深入りしても詮無いことであるので、ここでは今回の演奏会の感想を簡単に記しておこう。
小泉和裕指揮 東京都交響楽団 (ヴァイオリン : アリーナ・イブラギモヴァ) 2017年10月24日 サントリーホール_e0345320_01002954.jpg
この 2曲、いずれもよく知られた名曲なのであるが、よく考えてみると、少なくとも最近は、それほど頻繁に演奏されているようにも思わない。特にフランクの交響曲は、フランス音楽を代表する交響曲のひとつであり、過去のフランス系の名指揮者たちのほぼすべてがレパートリーとしていたのは当然のこと、それに加えてフルトヴェングラーやクレンペラー、あるいはカラヤンといった独墺系の指揮者たちも録音を残していることから分かる通り、ワーグナーの影響を受けたドイツ的な暗さも含んだ曲である (1888年完成)。だが、最近実演で聴いた記憶がなく、新たな録音もそれほどあるようには思えない。また前半のバルトークという作曲家は、基本的に暗い夜の雰囲気を持つ曲が多く、このヴァイオリン協奏曲 2番 (1939年完成) も、決して陰鬱な曲想ばかりではないが、ヴァイオリンの技巧を華麗に聴かせる曲とはとても言えない。そんなわけで、全体を通して、中間色のちょっと渋い曲目と言ってよいだろう。

前半のバルトークでソロを弾いたのは、女流ヴァイオリニストのアリーナ・イブラギモヴァ。1985年生まれの 32歳で、ロシアに生まれ、英国で学んだ人。モダン楽器とともに古楽器も演奏するらしく、現在躍進中の若手であるが、私は今回初めて耳にする演奏家である。
小泉和裕指揮 東京都交響楽団 (ヴァイオリン : アリーナ・イブラギモヴァ) 2017年10月24日 サントリーホール_e0345320_01181653.jpg
このバルトークの 2番のコンチェルトの冒頭は、ハープと弦が流れを作り出し、すぐにヴァイオリンが濃いメロディを歌い始めるのだが、今回の演奏では、通常よりも力の入った激しい歌い方であったように思う。今から思い返せば、ここからイブラギモヴァの音楽のタイプが明確に表現されていたのではないだろうか。素晴らしい技術を持ってはいるものの、それを華麗に聴かせるというよりは、曲の内面を情熱をもって描き出す、という印象である。このコンチェルトには、正直なところ私には、最初から最後まで素晴らしい傑作というイメージはないのだが、様々に工夫の凝らされた曲想があれこれ現れ、やはりステージで実際に演奏されているところに立ち会うと、その変化を体感できて、大変面白い。オケの伴奏も、いかにもバルトークらしい狂乱もあれば、奇妙な静謐さもあり、その多彩な曲想において飽きることはない。例えば、ある場所では小太鼓とティンパニが同時に演奏するのだが、その際のティンパニのバチは、通常の先端に丸い球体がついたものではなく、なんと、小太鼓用に使う、このような先端部分がとがったバチなのである!! つまり、同じようなバチで、ひとつは小太鼓、もうひとつは巨大なティンパニが、同時に叩かれるということになる。珍しい用法である。
小泉和裕指揮 東京都交響楽団 (ヴァイオリン : アリーナ・イブラギモヴァ) 2017年10月24日 サントリーホール_e0345320_01283645.jpg
またある個所では、4つの太鼓がセットになっているティンパニの真ん中の太鼓をメイン奏者が 2本のバチで叩いているときに、隣の打楽器奏者が 1本のバチで、横から別の太鼓で叩くようなシーンもあって面白かった。だがイブラギモヴァのヴァイオリンは、そのような奇妙な音色が続いて行く音楽に負けることなくうまく乗り、大変に推進力に富んだ演奏を聴かせた。なおこの曲のエンディングには 2種類あるらしく、以前は初演者のゾルターン・セーケイの意見を取り入れてヴァイオリン・ソロが最後まで演奏する版が多かったが、最近ではオリジナルの、先にソロが終了してオケだけで終結する版が採用されることが増えているとのことで、今回もそうであった。このタイプのヴァイオリンなら、バルトークにはよく合っているし、チャイコフスキーやシベリウスよりも、ショスタコーヴィチのコンチェルトなどを聴いてみたいと思わせる。小泉の伴奏も躍動感に満ちた素晴らしいもので、相変わらず都響は好調だ。

後半のフランクは、前述の通り、最近あまり頻繁に演奏されないように思うが、ここで展開した多様な音のドラマは、改めてこのシンフォニーの独自性を確認させるようなものではなかったか。ここでも都響の弦は強く太い流れを作り出し、うるさくなりすぎない金管、微妙なニュアンスに富んだ木管がそこに明滅して、大きな音楽を構成していた。若い頃から変わらぬ小泉の暗譜による指揮ぶりには一切迷いはなく、もったいぶった身振りを交えることなく、真摯に音を引き出していた。この人が選んだ指揮者人生、つまりは日本各地で音楽を立ち上げ、流して行くのであるというその覚悟が、聴衆にストレートに伝わってきたのである。これをして、ちょっと一本調子に過ぎるという感想を持つ人も、もしかしたらいるかもしれないが、私が感じたのは、小泉がそのときそのときに採り上げる曲の響き方に、彼の一貫した人生観が反映しているということであり、それは聴く人に媚びるものではないゆえに、小泉ならではの音楽になっている、ということである。世界を飛び歩いて目まぐるしい活動を展開することと比べ、国内に腰を据え、技術レヴェルも歴史も様々な各地のオケとの共演を重ねる中で、70に近くなって見えてきたものが、彼にはきっとあるのではないか。今回のような渋い曲目でも客席はかなり埋まっており、小泉の音楽を聴きに来る人たちの層があるのだろうと思わせた。これからの活動を楽しみにしたいと思う。

さて、今回の演奏会のプログラムに記載あることだが (私はその前に楽団からの DM で既に知っていたが)、あの名指揮者アラン・ギルバートが、2018年 4月から 3年契約で、この都響の首席客演指揮者に就任する (現在そのポジションにあるヤクブ・フルシャの後任ということになる)。このブログでもこのコンビの演奏を過去に採り上げているが、私は彼の指揮を非常に高く買っており、天下の名門オケ、ニューヨーク・フィルの音楽監督を辞してからこのオケとの共演が増えることを強く望んでいたので、なんとも嬉しいニュースである。音楽監督に大野和士を頂き、終身名誉指揮者に今回の小泉、桂冠指揮者にエリアフ・インバル、そして首席客演指揮者にアラン・ギルバートとくれば、都響のさらなる躍進への期待が高まらないわけがない。なんとも楽しみである。
小泉和裕指揮 東京都交響楽団 (ヴァイオリン : アリーナ・イブラギモヴァ) 2017年10月24日 サントリーホール_e0345320_01583575.jpg

by yokohama7474 | 2017-10-25 01:59 | 音楽 (Live)