エディタ・グルベローヴァ オペラ名曲を歌う (ペーター・ヴァレントヴィッチ指揮 新日本フィル) 2017年10月26日 すみだトリフォニーホール

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現在のスロヴァキアに生まれた名ソプラノ、エディタ・グルベローヴァは、あと 2ヶ月で 71歳という年齢でありながら、その美声とコロラトゥーラの超絶技巧を駆使した歌唱によって、未だ現役を続ける稀有な存在である。日本ではとりわけ人気が高く、来日頻度もかなり高い。驚くべきことに、来年は彼女のデビュー 50周年ということだから、つまりデビューは 1968年。高音域を歌うソプラノとしては、信じがたいほど長いキャリアである。私ももちろん、これまで彼女の録音や、時には実演に触れてその美声には最大限の敬意を払うものであるが、最近実演で彼女の歌を聴いたのは、2011年のバイエルン国立歌劇場の引っ越し公演におけるドニゼッティの「ロベルト・デヴリュー」であるから、もう 6年前であり、正直なところ、未だに活動を続けるグルベローヴァの歌を聴くのが、少々怖かったという点は否めない。今回は、ハンガリー国立歌劇場の来日公演でベルカントの頂点である「ランメルモールのルチア」を歌うために来日しているが、それに先立ち、東京と札幌で、オーケストラをバックにしたアリア・リサイタルを行う。今回の東京での演奏では、その「ルチア」も指揮する予定のペーター。ヴァレントヴィッチという指揮者が新日本フィルを指揮して伴奏する。最近までグルベローヴァの出演するオペラやコンサートでは、夫君であるフリードリヒ・ハイダーが指揮を取ることが多かったが、最近ではこのヴァレントヴィッチが起用されることが多いという。ウィーン国立歌劇場で、ヤナーチェク作品の新演出の総責任者を務めているらしく、それは素晴らしい実績だ (彼もスロヴァキア人なのかと推測される) 。
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いきなり失礼な言い方かもしれないが、今日の演奏ではこの指揮者は、よく流れるが、ほとんどタメのない演奏をしていたような気がする。一方のグルベローヴァは、依然として抜群のそのテクニックでしきりとタメを作るので、そのコンビネーションがよいということなのかな、と解釈した。今回の曲目ははっきりしていて、前半がモーツァルト、後半がベルカントなのである。
 モーツァルト : 「後宮からの誘拐」序曲
        コンスタンツェのアリア「悲しみが私の宿命となった」
        「ドン・ジョヴァンニ」序曲
        ドンナ・アンナのアリア「ひどいですって? そんなことはおっしゃらないで」
        「フィガロの結婚」序曲
        「イドメネオ」からエレットラのアリア「オレステとアイアーチェの苦悩を」
 ベッリーニ : 「夢遊病の女」からアミーナのアリア「ああ、もし私があと一度でも~ああ、信じられないわ」
 ロッシーニ : 「セヴィリアの理髪師」序曲
 ドニゼッティ : 「アンナ・ボレーナ」からアンナのアリア「あなた方は泣いているの~あの場所に連れて行って~邪悪な夫婦よ」
 ロッシーニ : 「泥棒かささぎ」序曲
 ドニゼッティ : 「ロベルト・デヴリュー」より最後のシーン

今回のグルベローヴァの歌唱を聴いて、その変わらぬ美声と高い技術に感嘆したことは間違いない。ただその一方で、どうしても若い頃の圧倒的な歌声を思うと、特に弱音部で声を慎重にコントロールする箇所が気になってしまったことは否めない。以前からこのブログで書いている通り、音楽家に限らず芸術家には、そのキャリアの時々に美点や課題が存在しているのが常であり、何がよいとか悪いとかを、無責任な聴き手が一概に総括してしまうことはできない。今ではもっと若くて活きのいい歌手がいるから、グルベローヴァは聴かないと言ってしまったら、やはり人間の可能性の重要な部分を知らずに終わるかもしれないのである。そもそも、そのような若くて活きのいいソプラノ歌手がいるとして、その人が同じ曲目でホールを埋めることができるであろうか。そう思うと、大きなブラヴォーが何度も飛び、最後は客席総立ちのスタンディング・オヴェイションに至ったこの日のコンサート、やはり聴く甲斐があったと言うべきであろう。実際、後半のベルカント・オペラのアリアにおけるグルベローヴァの高音には破綻はなく、未だに圧倒的なものがあったわけであり、その伸びて行く声を体験した人は誰もみな、音楽の素晴らしさを理屈抜きに耳で実感したものであろう。
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聴きながらツラツラ思ったことがある。まず最初の「後宮からの誘拐」であるが、私が初めてこの曲に触れたのは、1987年。ショルティとウィーン・フィルの録音で、そこでコンスタンツェを歌っていたのがこのグルベローヴァであった。もともとグルベローヴァはカール・ベームによって夜の女王や「ナクソス島のアリアドネ」のツェルビネッタに起用されてその地歩を築いた人であるが、その後私の脳裏にビビビと来たことには、そのベームが最後の来日を果たした直後、1981年の夏に死去した際、ウィーン・フィルによる彼の追悼コンサートで、まさにショルティが指揮する「後宮からの誘拐」のアリアを歌っていたのは、このグルベローヴァではなかったか。大昔、ベータのヴィデオテープの録画でその演奏会を見た記憶があり、また、どこかのインタビューで、ショルティが、この曲におけるグルベローヴァの歌唱に天才を感じたという内容を語っていたはず。何分古い記憶を急に思い出して、ちゃんと確認も取れていないのだが、人はやはりそのような経験の積み重ねによって感性をはぐくむものなのだと思う。ベームが 1976年に指揮した「ナクソス島のアリアドネ」のライヴ盤がこれだ。驚異のツェルビネッタは、ジャケットの右下で傘を持った派手ないでたちの 41年前のグルベローヴァ。
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それから、ベルカント・オペラについて。私はベッリーニやドニゼッティの作品をそれほど愛好しているわけではないが、今回も大詰めのシーンが歌われた「ロベルト・デヴリュー」などは、グルベローヴァが歌うからということで、ちょっとどんな作品か聴いてみようか、と思った経緯がある。ヴェルディからプッチーニに至るオペラで徐々に深く描かれるようになり、それからさらにヴェリズモ・オペラに発展する、人間の深い情念というものを、何か透明な膜で濾過したような表現で表したベルカント・オペラには、一種の非現実的な美学があって、そのようなレパートリーを歌うには、ことさらに苦しい顔をしてはならず、音の波を上手にコントロールする必要がある。それは換言すれば、ベルカントに自らの最大の美点を見出したグルベローヴァのような歌手にしてみれば、ソプラノの役は数あれど、例えばヴェルディ後期の作品、アイーダやデズデモナ、それからプッチーニの蝶々夫人やトスカ、さらに進んでサントゥッツァやネッダを歌うことは考えにくいのだろう。あ、もちろん、ワーグナーなどもってのほか (笑)。そんな彼女が発掘したベルカントのレパートリーが、現代の聴き手を発掘したのだろうと思う。だが、実のところ、後半の 1曲目、「夢遊病の女」のアリアで彼女は、後半のある個所で、歌の入りを間違えてしまった。あるフレーズをオケが演奏してから歌が入るのに、オケと一緒に入ってしまったのである。その後正しい箇所で、「ここが私の出番です」という身振りをして歌い直し、結果的には見事な歌であったのだが、それこそ半世紀に及ぶ最高のプロフェッショナルとしては、自分のミスを許したくない気持ちはあるだろう。きっと札幌公演では、万全の歌いぶりになることだろう。

それと関連することだが、今回グルベローヴァが歌った 2曲のアンコールが面白かった。まず最初に、上記の通り私が彼女のレパートリーとして考えにくいと思っていたプッチーニだったのである!! だがそれは、トスカでも蝶々夫人でもなく、あるいはミミでもなく、「ジャンニ・スキッキ」の「私のお父さん」だったのだ!! 聴きながら思ったことには、これは絶妙の選択。なぜなら、プッチーニが書いたソプラノのアリアとしては、こんなに透明感に溢れ、激性の少ない曲はちょっとないからだ。相変わらず弱音の過度なコントロールが若干気になったとはいえ、いわゆる得意分野から離れながらも、自分の持ち味をうまく出せるという巧みな選曲に関心した。そしてアンコールの 2曲目は、指揮者が走って舞台に出てきて演奏を始めたのであるが、「こうもり」のアデーレのアリア、「侯爵様、あなたのようなお方は」であったのだ。これまた、彼女が若い頃にカール・ベーム指揮で映像も残している作品。合唱団が笑う箇所は指揮者と楽団がワッハッハと笑って盛り上げたこの演奏、なかなかに楽しいものであった。

終演後には今どき珍しい、次々と客席から花束が贈られるというシーンが見られ、いかに彼女が日本の聴衆に愛されているかということを再認識した。考えてみれば、最近のオペラ界では、以前は何人もいたような、隔絶したスターが減って来ているような気がする。そんな中、このグルベローヴァが未だに健在であることは、嬉しいと同時に、今後のオペラ界における新たなスターの登場も見てみたいと思わないではいられない。

by yokohama7474 | 2017-10-27 01:41 | 音楽 (Live) | Comments(2)  

Commented by マッキー at 2017-11-02 01:05 x
文中に
>そのベームが最後の来日を果たした直後、1980年の夏に死去した際、、

とありますが、ベームが亡くなったのは1981年8月です。
1980年は9月〜10月にベームが最後に来日した年です。
私はその時のベーム指揮ウィーン国立歌劇場日本公演での「ナクソス島のアリアドネ」を東京文化会館で生を聴きました。
そしてその時に初来日したグルベローヴァを初めて生で聴いたのです。
もう37年も前の昔話になってしまいましたが、ベームの素晴しい演奏と共にまだ34歳だったグルベローヴァの初々しくも素晴らしかった歌唱と宝石のような声が今もって忘れられません。
その後のグルベローヴァの声の質とは違う奇跡のような宝石みたいな声でした。
今回の来日公演はおそらく最後だと思っていますので私も11/9の「ルチア」を東京文化会館へ聴きに行く予定です。
私にとって2012年のウィーン国立歌劇場日本公演で聴いて以来5年ぶりに聴くグルベローヴァとなりますが、
コンサートが素晴らしかったようなので「ルチア」も期待してしまいます。
Commented by yokohama7474 at 2017-11-02 06:34
> マッキーさん
コメントありがとうございます。おっしゃる通り、ベームの死去は 1981年ですので、本文を訂正しておきました。実は私は現在旅行中でして、この記事は大変バタバタする中で急いで書きなぐって旅行に出て来てしまったので、ろくに内容の再確認をすることもできておらず、大変失礼致しました。それにしても、カール・ベームなんて古い指揮者はよく知らないよという若い人たちにも、是非このブログでのやりとりを読んで頂き、東京を舞台とした音楽史への意識をより高めて欲しいものだと思います。是非またよろしくお願いします。

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