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ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 (ヴァイオリン : レオニダス・カヴァコス) 2017年11月11日 サントリーホール

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 (ヴァイオリン : レオニダス・カヴァコス) 2017年11月11日 サントリーホール_e0345320_10423004.jpg
このブログを始めた 2015年から、その年とその翌年、毎年秋から冬にかけてその演奏をご紹介してきたスウェーデン出身の現代屈指の巨匠指揮者、ヘルベルト・ブロムシュテットが今年も来日した。過去 2年は NHK 交響楽団やバンベルク交響楽団を指揮したものであったが、今回彼が指揮するオーケストラは、ドイツのライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団である。よく知られている通り、このオーケストラの歴史は非常に古く、設立は 1743年。世界最古のオケのひとつであるが、宮廷楽団ではない民間の手になるオケとしては、まさに世界で最初のもの。その栄光の歴史は、ドイツ音楽史の重要な部分を担っている。私はこのライプツィヒという街を訪れたことは未だにないのであるが、いつかは行ってみたい街である。バッハ以来、メンデルスゾーン、シューマン、ブラームス等の名前と切っても切り離せない、このライプツィヒという街の誇りであるこのゲヴァントハウス管の第二次大戦後の歴史はしかし、若干複雑なものになっている。それは、旧東ドイツに位置することで、近代性よりも、伝統的な「いぶし銀のような渋い響き」を持つと認識されるようになり、かなり最近まで、その古い音こそが楽団の価値であるというイメージが出来上がっていた。このオケのシェフは、音楽監督とか常任指揮者とは言わず、カペルマイスター = 楽長という。この呼び方も、ドイツの昔ながらの徒弟制度を具現するようなものではないだろうか。日本の音楽ファンにとってこのオケは、フランツ・コンヴィチュニー、ヴァーツラフ・ノイマンに続いて楽長となり、1970年から 1996年までその地位にあったクルト・マズアとのコンビによって盛名を馳せたと言えるだろう。だがそのマズアの評価は様々であり (私には私の評価もあるが、ここで深入りは避けよう)、よくも悪くも、伝統的なドイツのオケという整理であったと思う。1998年に楽長に就任したのが、今回の指揮者であるヘルベルト・ブロムシュテット。彼はやはり旧東ドイツのドレスデンでの活躍が印象的であったので、このゲヴァントハウスのような「地味な」オケには合っているとみなされた。だが、そのブロムシュテットの音楽はその頃からさらに進化を遂げるようになり、日本にも、上記の通り N 響やバンベルク響、またサンフランシスコ響、北ドイツ放送響やチェコ・フィルとのコンビで登場し、その芸術の深まりを聴かせてくれている。彼は 2005年にこのオケの楽長の地位を去ったが、現在でも名誉楽長の称号を持っている。その間、このオケの楽長を務めて、その音色を一新したのは、日本でもつい 1ヶ月ほど前、ルツェルン祝祭管との名演を繰り広げたリッカルド・シャイー。そして、シャイーのあとを受けて 2018年から楽長に就任するのは、つい 3日前までやはり日本でボストン響との力演を展開したアンドリス・ネルソンス。そう考えると、東京の音楽界は、欧米から遠く離れているにもかかわらず、現代の重要な演奏家たちが入れ代わり立ち代わりステージ立っていることが改めて実感できる。

さて、このブロムシュテット、ついに現在 90歳の高齢に達した!! 以前の記事でも書いた通り、未だに指揮台でストゥールも使用せず、手の内に入った曲なら暗譜で指揮をするこの指揮者、ある意味では、人間の持っている能力の極限に到達していると言ってもよい。1927年生まれだから、ちょうど上で名前の出たクルト・マズアと同い年。現代指揮界におけるその存在は、限りなく重い。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 (ヴァイオリン : レオニダス・カヴァコス) 2017年11月11日 サントリーホール_e0345320_23092121.jpg
実は今回のツアーは、幾つもの記念の年に行われる。まず今シーズン、楽団は創立 275年を迎える。また、上記の通りブロムシュテットは 90歳。そして、ツアーに同行するヴァイオリンのレオニダス・カヴァコスは 50歳。会場には、これら 275、90、50 という数字をあしらった、こんな T シャツまで売っているのである。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 (ヴァイオリン : レオニダス・カヴァコス) 2017年11月11日 サントリーホール_e0345320_23120842.jpg
それから面白いのは、今回この指揮者とオケが披露する 3つのプログラムにおける、天下の名曲全 5曲はいずれも、なんとこのゲヴァントハウス管が世界初演したものばかりなのである。これは、なかなかない貴重な聴き物である。既に札幌と横浜でのコンサートを済ませ、今回東京で初のコンサートなるが、その曲目は以下の通り。
 ブラームス : ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品77 (ヴァイオリン : レオニダス・カヴァコス)
 シューベルト : 交響曲第 8番ハ長調 D.944「ザ・グレイト」

後者は 1839年に、前者は 1879年に、このオケで初演されている。これは本当にすごいことである。まずブラームスのコンチェルトは、もちろん古今のヴァイオリン・コンチェルトの中でも屈指の名作。ブラームスらしい暗い情熱に支配されてはいるものの、第 2楽章のオーボエ・ソロなど、極めて美しい曲想も含まれている。初演はブラームスの親友でもあった伝説のヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムの独奏、作曲者自身が指揮するゲヴァントハウス管によってなされたが、このヨアヒム自身、弱冠 17歳にしてこのゲヴァントハウス管のコンサートマスターに就任したという経歴を持つ。これがそのブラームス (椅子に座っている方) とヨアヒム (立っている方) のツー・ショット。ブラームスは、若き日の美青年のおもかげを (わずかに? 笑) とどめている。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 (ヴァイオリン : レオニダス・カヴァコス) 2017年11月11日 サントリーホール_e0345320_23284762.jpg
今回ソロを弾いたのは、ギリシャ出身の素晴らしいヴァイオリニスト、レオニダス・カヴァコスである。実は彼の弾くブラームスのコンチェルトは、以前もこのブログでご紹介したことがある。それは、2016年 8月10日の記事。伴奏は、ワレリー・ゲルギエフ指揮の PMF オーケストラであった。その時の自分の感想を見返してみたが、印象は全く同じ。つまり、美音をこれ見よがしに聴かせようという態度の全くないこの人のヴァイオリンは、通常の音楽鑑賞を超えた高いレヴェルでの音楽体験を可能にしてくれるのである。私などがこの演奏に費やすべき適当な言葉を見つけられるわけもない。伴奏のブロムシュテットも、40歳下のこのヴァイオリニストに対する敬意を示していた。また、アンコールで彼が弾いたバッハの無伴奏パルティータ第 2番のサラバンドも、目を閉じて聴いていると、今自分がいつの時代にどこにいるのか分からなくなるほど、ピュアな音がまっすぐに響いていた。今後ますます目が離せないヴァイオリニストである。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 (ヴァイオリン : レオニダス・カヴァコス) 2017年11月11日 サントリーホール_e0345320_23382663.jpg
後半に演奏されたのは、シューベルトのハ長調の大交響曲。一時期あまり使われなくなっていた「ザ・グレイト」というあだ名が、最近はまた頻繁に使われるようになっていると思うが、これはそのようなあだ名にふさわしい、時代の制約を超えた壮大な大曲である。シューベルトの死後この曲を発見し、「天国的な長さ」と評したのはシューマンであるとは知っていたが、実は初演の指揮を取ったのはそのシューマンではなく盟友のメンデルスゾーンであることは、恥ずかしながら知らなかった。そして初演のオケは、彼が楽長を務めていたこのゲヴァントハウスであったのだ。本当に音楽史を体現しているオーケストラを相手に、90歳の巨匠が紡ぎ出す音楽はいかなるものであったか。今たまたま何の気なしに「紡ぎ出す」と書いたが、今回の演奏はまさにその形容の通り、幾重にも連なって滔々と流れて行く音の糸を堪能することのできるものであった。ブロムシュテットはいつもの通り、ヴァイオリンを左右対抗配置にし、指揮棒を持たずに、また、譜面台にスコアを置きながらもそれに一切手を触れることなく、暗譜で指揮をした。この曲には、第 2楽章などに深い情緒もあるものの、音楽を構成する主要な要素のは、あたかも現世の苦しみを超えて彼岸に向かう喜びのような雰囲気である。まさに天国的なこの曲の演奏者として、ブロムシュテットとゲヴァントハウス以上の組み合わせを想像できるだろうか。この演奏は、基本的にはイン・テンポを守りながら、実は随所に遊びもあって、曲をよく知っている人ならそれだけ楽しめるようなものではなかっただろうか。演奏する楽員たちの表情も柔らかく、ごく自然な流れの中で、川のように流れ過ぎて行く音楽的情景を、聴衆は皆穏やかな気持ちで楽しんだに違いない。また、その「天国的」な様子は提示部の反復にも出ていて、第 1楽章だけでなく第 4楽章も反復を励行していた。以前、パーヴォ・ヤルヴィと N 響によるこの曲の演奏について記事を書いた際、オリジナル重視の昨今とは言え、この曲の第 4楽章の反復はいかにも長いという感じがするので、そのパーヴォの演奏ではその部分の反復がなかったことを評価したが、今回は、まぁこの天国的演奏なら、それもありか (笑) と思ったものである。この曲の第 4楽章の反復部分は、クレッシェンドになっているので、音楽がまるでフェード・アウト、フェード・インしたような不思議な感覚を呼び覚ます。それが天国のようなのである。感傷のない天国の音楽。今のブロムシュテットとゲヴァントハウスならではの演奏であったと思う。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 (ヴァイオリン : レオニダス・カヴァコス) 2017年11月11日 サントリーホール_e0345320_00114688.jpg
この演奏会、もともと演奏時間が長く、終了したのは開演から 2時間20分ほど後の、17時20分。私は拍手が続いている間に会場を抜け出す必要があったのだが、実は終演後に指揮者と独奏者のサイン会があるとアナウンスされていたので、少々残念であった。ただ、ブロムシュテットのサインなら、昨年バンベルク響との来日時にもらったことがある (2016年11月 4日の記事ご参照)。それから、私はあと 2回、このブロムシュテットとゲヴァントハウスの演奏会に出掛けることを予定しているので、またサインを頂ける機会があればよいなと思う。当のご本人が 90歳という超高齢であることを、ほとんど無視した希望を述べておりますが (笑)。あたふたとサントリーホールをあとにして私が向かった先については、また次の記事にて。

= 追記 =
今回の演奏会で配布されたチラシの中に、招聘元の KAJIMOTO が今後行う来日オーケストラ公演の曲目についての速報があった。どうやら、ほかでは未だ入手困難な情報だと思うので、その中で私自身が特に気になっていた団体の演奏曲目を以下の通り抜粋する。コメントすると長くなるのでやめるが、1ヶ所だけ、どうしても我慢できなくて、ビックリマークをつけています (笑)

* サイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団 (2018年 9月)
9/24 (月・祝)
 バーンスタイン : 交響曲第 2番「不安の時代」(ピアノ : クリスティアン・ツィメルマン!!)
 ドヴォルザーク : スラヴ舞曲作品 72-2
 ヤナーチェク : シンフォニエッタ
9/25 (火)
 ヘレン・グライム : 作品未定
 マーラー : 交響曲第 9番
9/29 (土)
 ラヴェル : マ・メール・ロワ
 シマノフスキ : ヴァイオリン協奏曲第 1番 (ヴァイオリン : ジャニーヌ・ヤンセン)
 シベリウス : 交響曲第 5番

* テオドール・クルレンツィス指揮ムジカ・エテルナ (2019年 2月)
2/13 (火)
 チャイコフスキー : 組曲第 3番、幻想曲「フレンチェスカ・ダ・リミニ」、幻想序曲「ロメオとジュリエット」

by yokohama7474 | 2017-11-12 00:12 | 音楽 (Live)