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ギミー・デンジャー (ジム・ジャームッシュ監督 / 原題 : Gimme Danger)

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もともとインディーズ映画の騎手としてそのキャリアを開始した名監督、ジム・ジャームッシュの作品だ。以前同じ監督の近作「パターソン」をご紹介した通り、その「パターソン」と、この「ギミー・デンジャー」とは、たまたまなのか、同じ時期に日本公開していたのである。だが、「パターソン」と違ってこれはドキュメンタリー映画。では一体何についてのドキュメンタリーであるのか。それは、ロック歌手イギー・ポップと、彼が率いていたバンド、ザ・ストゥージズ (The Stooges) についてなのである。さてそれはどんな人たちだろう。
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あーあ。やってしまいましたねー。多くのクラシック音楽ファンが集って来られるこのブログで、このような裸の写真はいかがなものですかねぇ (笑)。だが、この記事を書いている本人である当の私は、そんなこと全くお構いなしに、この映画の面白さについてこれから語って行くのである。もちろん私とても、イギー・ポップの大ファンというわけではなく、正直、どんな曲を歌っているのかは全く知らない。だが、その名前には何か聞き覚えがあって、それは恐らく、デヴィッド・ボウイの何かのアルバムでその名を見たことによるのかと思いつつ、よく思い出せない。もしかすると、「イギー」ならぬ「ジギー・スターダスト」からの連想ということもあるのかもしれない。だが、念のためと思って今調べると、やはりそのアルバムの「ジギー」は、「イギー」から取ったという説があるようだ。ふーむ。デヴィッド・ボウイとイギー・ポップの関係がいかなるものであったのかを探るのがここでの目的ではないが、アーティスト同士の交流には、常人の感覚を超えるものがあり、それはそれでアーティストの存在証明のようなものであろう。ともあれ私は是非この映画を見たいと思って機を伺っていたのであるが、出張や旅行も飲み会もあって、なかなかその機会を得ることができなかった。そして、渋谷の小劇場アップリンクでようやく見る機会を得たのは、11月10日、18時40分からの、この映画の日本における本当に本当の最終上映回であった。日本での封切日は 9月 2日だから、結構長く上映していたことになるが、それでも私が見た最終回、定員 45名ほどの劇場は満席であった。これだけ熱心なファンがいるんだから、もう少し長く上映してもよかったのでは? と思ってしまうが、こちらはこちらで、ほかに見なくてはいけない映画が目白押し。アップリンクの低い椅子にふんぞり返りながら、ともかくも滑り込みセーフでこの映画を見ることができた幸運を喜んだ。ここは映画館といっても、こんな可動式 (?) の椅子が並んでいるだけなのだが、なかなか侮れないクオリティの映画をいろいろ上映している。
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この映画の主人公イギー・ポップは、本名ジム・オスターバーグ。1947年ミシガン州の生まれだから、今年 70歳になるわけである。1967年というから、わずか 20歳のときにストゥージズを結成、まず 10年ほどはそのバンドで暴れまくる (笑)。実際、この映画において様々な映像で現れる彼の当時のステージを見ていると、それはもう過激であって、いわゆるパンク・ロックの先駆けとみなされているようだ。もちろん私はパンク・ロックの大ファンとはお世辞にも言えないが、時代とともに移り変わる音楽のスタイルには大変興味があって、高校生の頃には、過激なロックとしてはセックス・ピストルズとかヴェルヴェット・アンダーグラウンドが面白いと友人から聞くと、アナログレコードを図書館で借りてきて、カラヤンやベームのレコードの間に聴いていたものだ (笑)。実際、1960年代から 70年代は、まさに政治的なメッセージが切実な重みを持った時代でもあり、既成の権威に対する反抗精神がそこに表れているであろうから、表現形態がなんであろうと、それは文化としての意義があるわけである。このようなイギーの姿勢も、立派な表現行為でなくてなんであろう・・・。か。
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この映画では、イギー・ポップが自身の来し方を徒然に語っているのであるが、彼の語りを聞いていてまず気づくのは、その歯並びの大変きれいであること (きっと矯正したのでしょうな)。それから、彼の喋る英語は、決してパンクロッカーというイメージから想像されるようなブロークンなものではなく、多少語弊があるかもしれないが、これならビジネスマンとしても充分通用すると思われるような、かなりちゃんとした (decent な) ものである。私はここに、米国という国の成熟を見る。彼が今語る自身の過去は、ユーモアも随所にあり、また自己分析も鋭くて、言葉の選び方もセンスがよく、様々な人が見て興味を持てるものである。こういう大人の語りを、日本のミュージシャンはできるであろうか。ま、見た目はこんな感じでカジュアルなんですけどね (笑)。
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ジャームッシュは、このイギーと彼のバンドが大好きで、「この映画はストゥージズへのラブレター」と語っている。ドキュメンタリー作家としての彼の手腕にはあまりイメージがないが、この映画はテンポもよく、本人たちのインタビューや当時の映像、また時にはユーモラスなアニメでの再現シーンなどもあり、大変に見やすい映画であると言えるだろう。また、上記の通り、イギーの語り自体が面白く、カリフォルニアでアンディ・ウォーホルに話しかけたことや、フラフラ道を歩いていて轢かれそうになった車 (キャデラック?) がジョン・ウェインのもので、運転していた彼に罵倒されたという話も、想像すると可笑しい。また、当時のカルチャーシーンの中で実際に面識を得て刺激を受けた音楽家として、ジョン・ケージやロバート・アシュレイ、ルチアーノ・ベリオとキャシー・バーベリアン夫妻、それから特に、本人の映像も出て来るハリー・パーチらの名が出る。これらはいずれも 20世紀音楽の冒険的な作曲家たちであり、ここでもやはり、米国においては、いわゆる芸術音楽や前衛音楽を手掛ける人たちと、過激なパンクロックをやる人たちの間に頻繁な交流があることが分かって、大変面白いのである。偏狭なセクショナリズムに囚われず、何か面白いもの、刺激的なものを求めて表現手段を追求して行ったアーティストたちの交流からは、現在ではもう稀にしか見ることができない、その時代に生きるために必要な表現活動という切実さを感じるのである。私のように、この映画を見て、久しぶりに 20世紀の前衛音楽を聴きたくなる人はあまり多くないかもしれないが (笑)。そうなのだ、余談ながら、つい先日も、あの私の大好きなテリー・ライリーが来日しているのを知らずに、呑気にボストン交響楽団などを聴いていたことがあとで判り、ちょっとだけ後悔した私である。これはハリー・パーチ。この楽器はなんだろう (笑)。
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先に「パターソン」についての記事で、その映画とこの「ギミー・デンジャー」との間に双子的な関係があるのでは、と予測してみた。結果的には、あまりペアとして作られた感じはしないものの、いくつかの点で好対照ではある。かたやフィクション、かたやドキュメンタリー。かたや文学、かたや音楽。かたや運転手 (ドライヴァー)、かたやポピュラー音楽家 (ポップ)。かたやカップルの物語、かたや男のグループの物語。それから、共通するのは、時折画面に手書きの字が挿入されること。それは、語りを基調にした映画である点に共通点があるからだ。あまりこじつける必要はないだろうが、ジム・ジャームッシュという優れた才能の中に、何か異なるものを、時期を接して (並行して?) 作りたいという欲求があったとすると、興味深いことではある。
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最後にもうひとつ。作中でイギーが、パフォーマンス中にノッてくると、客席に飛び込んで転げまわったりした若い頃のことを語る場面がある。そのようなエピソードとして紹介される笑える話があって、それは、ステージから見えた数人が自分を抱きかかえてくれるだろうと思って観客の中に飛び込んだら、さっと引かれてしまい、床に激突して前歯を何本か折ってしまったという話であった。やはり、気がふれたように熱狂的なパフォーマンスを繰り広げても、彼はどこか冷静であって、人と人の間に飛び込むことは、彼にとっては一種のコミュニケーションであったのかもしれないと思う。
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私の仕事上のお客さんで、業界でも結構重鎮の米国人がいるのだが、彼 (自身アマチュアミュージシャンでもある) いわく、大勢の群衆の中に飛び込むと、誰かによって支えられ持ち上げられ、そのことで自分は宙に浮くことができる。その一方、他人を宙に浮かせることもできる。このような人と人との支えあいこそ、ビジネスの極意であって、だから業界の多くの人たちと良好な関係を築かないといけない、とのこと。それって、このイギー・ポップが比喩ではなく実際に体で表現していたことと、同じではなかろうか。なるほど彼は、ビジネスマンになっても成功していたのかもしれませんね。だてにきれいな英語を喋ってはいないわけだ (笑)。そんなこんなで、様々なことを考えさせてくれる、よい映画でした。

by yokohama7474 | 2017-11-18 01:28 | 映画