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ダニエレ・ガッティ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 (チェロ : タチアナ・ヴァシリエヴァ) 2017年11月19日 ミューザ川崎シンフォニーホール

ダニエレ・ガッティ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 (チェロ : タチアナ・ヴァシリエヴァ) 2017年11月19日 ミューザ川崎シンフォニーホール_e0345320_16154653.jpg
オランダの首都アムステルダムに本拠地を持つ世界最高の楽団のひとつ、コンセルトヘボウ管弦楽団の来日公演である。2年前の前回の来日公演では、ユジャ・ワンをソリストに迎え、指揮を取ったのは、もともとこのオケの打楽器奏者であったグスタヴォ・ヒメノであった。その時の演奏会の様子や、コンセルトヘボウ管のドキュメンタリー映画、また、現地アムステルダムで聴いたコンサートなど、このブログでは様々な角度からこの世界有数のオケの活動を描いてきたが、今回の来日公演にはまた格別な意義がある。それは、大の人気者マリス・ヤンソンスを引き継ぎ、昨年から首席指揮者に就任したイタリアのダニエレ・ガッティ (1961年生まれ) との初の来日公演になるからである。
ダニエレ・ガッティ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 (チェロ : タチアナ・ヴァシリエヴァ) 2017年11月19日 ミューザ川崎シンフォニーホール_e0345320_23135326.jpg
既に前日京都での演奏会を済ませ、これが 3日連続の首都圏のコンサートの最初。その後は長崎と大阪での公演があり、計 6公演である。今月初旬からの海外オーケストラ襲来組のひとつであるが、ただ、今回のコンセルトヘボウ管の曲目を見てみると、この百戦錬磨のオケとしては、楽々こなせるような内容ではないかと思う。プログラムは 2種類あって、この日の川崎での演奏会では、以下の通り。
 ハイドン : チェロ協奏曲第 1番ハ長調 (チェロ : タチアナ・ヴァシリエヴァ)
 マーラー : 交響曲第 4番ト長調 (ソプラノ : マリン・ビルトレム)

ははぁ、なるほど。古典派というか、ほとんどバロックに近い小編成のコンチェルトと、演奏時間は 1時間を要するとはいえ、マーラーの交響曲の中で最も穏やかなものとの組み合わせである。そう、確かにそうなのであるが、実際に聴き終わってから振り返ってみると、音符の数やテンションの高さだけが音楽の密度ではないことに思い当たる。さすがガッティとコンセルトヘボウの組み合わせによる演奏だと、実感したのである。

最初のコンチェルトでソロを弾いたのは、ロシア人のタチアナ・ヴァシリエヴァ。コンセルトヘボウの首席チェロ奏者である。
ダニエレ・ガッティ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 (チェロ : タチアナ・ヴァシリエヴァ) 2017年11月19日 ミューザ川崎シンフォニーホール_e0345320_23210029.jpg
この長身とその名前で思い出したのだが、彼女は庄司紗矢香の親しい友人で、以前、ナントや東京のラ・フォル・ジュルネで、庄司と組んでブラームスの二重協奏曲を弾いていた人ではないか!! 知らない間にこの名門オケの首席に就任していたとは。
ダニエレ・ガッティ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 (チェロ : タチアナ・ヴァシリエヴァ) 2017年11月19日 ミューザ川崎シンフォニーホール_e0345320_23235819.jpg
このハイドンの演奏、コントラバス 2本の小編成で、ヴァイオリンは左右対抗配置だが、出て来る音は現代オケのそれである。実は冒頭は、ごくわずかソロとオケの呼吸が揃わなかったかと聴こえ、この先どうなるかと思いきや、もう第 1楽章の半ばには、コンセルトヘボウの美しい響きに魅了されていた。内輪のソリストを頂いたオケは、当然のようにソロと一体となった音楽を歌って行くし、指揮のガッティも、その流れを邪魔することなく、要所要所で響きをちょっと締めたり開放したりする。さすがに世界一流のオケであると思うのは、その音楽が、あたかも流れ行く川のようにキラキラと輝き、その場面場面で、微妙な光の反射を見せるのである。こういう音楽は、聴く人の心を豊かにする。そう、音符の数とは関係なく、聴く人の心を豊かにする音楽なのである。ただ、ヴァシリエヴァのチェロは、テンポもよく表現も鮮やかで、確かに巧いのだが、強いて言うと若干優等生的というか、真面目すぎて面白みを欠く面もあったように思う。それは、どちらかというと奔放なタイプの音楽家を好む私の独断であるのだが、ハイドンの愉悦の表現には、ちょっと踏み外しがあった方がよいような気もしたことを、正直に述べておこう。それはアンコールで弾かれたバッハの無伴奏チェロ組曲第 1番の第 1楽章でも変わらない印象であった。ただ逆に言えば彼女のチェロは、オケの流れに逆らわないものなので、オケの首席奏者の道を選んだのは妥当だったのかもしれない。

さて、指揮者ガッティについて書いてみよう。私はこの指揮者に対して、少し複雑な印象を持っている。日本でも、1998年のボローニャ歌劇場における「ドン・カルロ」の熱演を未だに記憶しているし、翌年にはロイヤル・フィルとも来日し、マーラー 5番などを演奏したのを聴いた。ところが、私がロンドンに住んでいた 2009年、ちょうど首席指揮者がこのガッティからシャルル・デュトワに代わるタイミングで、フェアウェルとして演奏されたベートーヴェンやマーラーの 9番という大作は、完全に空振りの凡演であったのだ。ところがその後デュトワが振るとロイヤル・フィルは活き活きしていたので、やはり相性というものがあるのかと思いながら、さてガッティの本当の力はどこに、と思ったのだが、同じころ、まさにこのコンセルトヘボウとともにロンドンで行ったコンサートで聴いたチャイコフスキー 5番は、実に鮮やかな名演であったのである。イタリアの若手指揮者のホープであった頃から時も経ち、今や名門コンセルトヘボウの首席指揮者として 56歳のガッティが聴かせてくれる音楽を、じっくり楽しみたい。そう思って聴いた今回のマーラー 4番。実はここでも、ハイドン同様、冒頭の鈴と木管の作り出すテンポが、ほんのわずか、いびつかと思った。だが今回も、彼らはすぐに体勢を立て直し、深い陰影に富んだ美しい演奏を繰り広げたのであった。改めて実感するガッティの指揮の特色は、イタリア人らしくよく歌うことと、緩急のバランスが素晴らしくよいことだ。うーん。これだけ情報量の多いマーラー 4番の演奏も、ちょっとないのではないだろうか。特に第 3楽章では、静かにうねり続ける音の流れが、秋の夕映えのように無限の情緒をたたえて、聴く者に強く迫ってきた。また第 4楽章は、かなりギアチェンジが必要な音楽であるのだが、バタバタする箇所は皆無。常にバランスがよく視野の広い指揮ぶりであったと思う。ところで、今回ソプラノ・ソロにはユリア・クライダーというドイツ人が予定されていたが、体調不良とのことで、急遽マリン・ビストレムというスウェーデン人歌手に変更になった。この歌手、私には知識はなかったのだが、以前 BS で放送された、アムステルダム歌劇場 (時折コンセルトヘボウがピットに入る) で上演されたガッティ指揮の R・シュトラウスの「サロメ」で主役を歌っていた人だ。その番組は録画して、もちろん (?) 見ていないのだが、悪魔的なサロメの世界から遠く離れた清浄な天国の生活を、今回は歌うことになったのである (笑)。正直、ドラマティックな歌唱の方がやはり合っているのではないかと思ったが、突然の代役として立派にその役を果たしたと思う。
ダニエレ・ガッティ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 (チェロ : タチアナ・ヴァシリエヴァ) 2017年11月19日 ミューザ川崎シンフォニーホール_e0345320_00135820.png
ところで、私が聴きながらツラツラ考えていたのは、マーラー 4番とシュトラウスの「サロメ」は、作曲は同じ頃ではないのかということ。今調べてみると、前者の初演は 1901年 1月。後者の初演は 1905年12月。5年ほどの差はあるが、音楽史的観点からは、同時代の作と分類してもよいであろう。マーラーとシュトラウスは、友人でもありライヴァルでもあったわけだが、血みどろの世界と清浄な世界は、実は近い感性でつながっていた時代だったのかもしれない。そんなことで、アンコールには (「サロメの 7つのヴェールの踊り」には打楽器が少ない編成だったので) シュトラウスの歌曲でもやってくれないかと思ったが、結局何も演奏されずに終わった。昨今の東京における来日オケの公演でアンコールなしは珍しいが、マーラー 4番の終結部、清澄な湖に沈んで行くようなハープの低音が未だに耳に残っており、それがそのままコンサートの終結部であったことに、ガッティの見識を思う。さて、このコンビが演奏するもうひとつのプログラムは、どうなることであろうか。

by yokohama7474 | 2017-11-20 00:21 | 音楽 (Live)