川沿いのラプソディ


川沿いの住まいから、音楽、美術、映画その他文化一般を語りつくします。
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メモ帳

絹谷幸二 色彩とイメージの旅 京都国立近代美術館

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絹谷幸二 (きぬたに こうじ) は 1943年生まれ、今年 74歳の洋画家である。この画家の名前が一般にどのくらいポピュラーなものであるのか分からないが、多分その作品を見たら、「あぁ、あの」と思う人は多いのではないか。かく言う私は、彼の作品との出会いは今から 30年ほど前の学生時代に遡る。確か、ほかの人から譲ってもらった 1970年代のレコード芸術に、彼のイラストが毎月載っていたのだったと思う。実は、実家に帰ればその雑誌を確認することはできるのだが、今この瞬間はそれが叶わないので、飽くまでも「確かそうだった」ということでご勘弁願いたい。もしクラシックファンの方が絹谷作品のイメージを持ちたいと思えば、池袋の東京芸術劇場に行ってみるとよい。入り口前に何か所か、天井にクーポル状に凹んだところがあり、そこに描かれているのが絹谷の作品である。そんなわけで、30年来の絹谷ファンとしては、彼の個展が京都で開かれているのを知って、黙っていられようわけもない。10/15 (日) までであったこの展覧会、終了前日に京都、岡崎公園の京都国立近代美術館まで見に行ったのである。尚、この美術館には最近、もう一度足を運んでいて、それはこの美術館で現在開催中の展覧会をどうしても見たかったからなのであるが、そのついでに (?) 京都国立博物館で開かれている国宝展にも出向いたので、時間ができたら追ってそちらもアップすることとしたい。尚この絹谷幸二展は残念ながら東京への巡回はないが、12/8 (土) から来年 1/27 (日) まで、北海道立近代美術館でも開催される。

さて、今や日本の洋画壇の重鎮である絹谷は、こんな人。
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既に文化功労者であり、東京藝術大学の名誉教授である彼は、1966年、卒業制作で早くも画壇の注目を浴びたという経歴を持つ。もちろん、若い頃に評価されたからと言って、その評価がそのまま何十年も続くわけもなく、その後の画業における彼の様々な工夫や努力や試行錯誤が、彼の今日を作り上げたことは明らかだ。この展覧会では、そのような彼の軌跡を辿ることができて大変興味深かった。これが若き日の絹谷。
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展覧会は、絹谷が藝大を卒業する頃の作品から始まっていた。これは 1966年の「自画像」。才気走った印象はあまり受けず、むしろ、これから画家としての制作活動に乗り出して行こうという真摯な意欲が見える。
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これが、上でも触れた、卒業制作の「蒼の間隙」(1966年)。この作品が大橋賞という賞を受賞し、絹谷は世に出ることになったのである。ここには、後年の絹谷の、明るき色使いによる輻輳したイメージの萌芽もあるが、足をむき出しにした女性とおぼしき人物に、少し怪しいエロティシズムも感じられるように思う。寒色系の色彩によって過度な Emotion を周到に排除している点が、ひとつのスタイルとして興味深い。
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これはその 3年後、1969年の「蒼の風跡」。題名からも題材からも、上の作品からのシリーズ性は明らかだ。一度見たらなかなか忘れることのない作品であると思う。
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さて絹谷は、1971年にイタリアに留学、フレスコ画を学び、これが彼の画業の方向性を決めることになる。因みに、この「フレスコ画」(主として壁画に使われた手法で、壁に塗った漆喰が乾かないうちに顔料を使って描く画法による作品) という言葉は一般にもなじみがあるが、絹谷自身は、イタリア語の表現に従い、「アフレスコ」と呼んでいるらしい。これは、西洋絵画の発祥ともいわれるジョットによるスクロヴェーニ礼拝堂の壁画の一場面を絹谷が模写したもの。私は幸いなことに、イタリアのパトヴァにあるこの礼拝堂現地を一度訪問したことがあって、この壁画の驚天動地の素晴らしさを肌で実感した経験を持つが、ここでの絹谷の筆致は、やはりそのような感動とともに、西洋近代絵画の祖というべきジョットへの深い尊敬の念がまざまざと感じられる。
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こちらは、やはり留学中に描いたピエロ・デラ・フランチェスカの模写 (1973年頃)。ピエロ・デラ・フランチェスカといえば有元利夫であるが、これから発展する絹谷のスタイルにおいては、絵画のモチーフ自体は有元とはかなり違っている。だがこれは、絹谷の確かな技術を思わせる作品である。
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絹谷作品には時折シュールな雰囲気が混じるのであるが、この「りんごのある風景」(1972年) はその典型例であろう。シュールではあっても、むやみに難解なものではなく、イメージを素直に楽しめる作品である。
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この「夢・ヴェネツィア (カーレ・デッラ・マンドラ)」(1978年) には、いよいよ絹谷らしい構図の輻輳ぶりが出て来たと見えるが、今でも人々の感心を引く、「かわいい」作品ではないだろうか。
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これは「アンセルモ氏の肖像」(1973年)。この作品によって絹谷は、日本における具象絵画の登竜門である安井賞を受賞する。色彩がグチャグチャと、また電気のようにビリビリと混じり合うのはまさに絹谷スタイルだが、一度見たら忘れない独自のスタイルである。尚、会場ではこの安井賞の名称の由来となっている、日本洋画壇の巨匠、安井曾太郎の代表的な作品が何点か並んでいたが、それはちょっと余計なような気もした。
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スケッチ類も沢山展示されていて、彼らしくカラフルで楽しいが、明らかに 2本の色鉛筆を同時に使って平行する曲線を描いているあたりも、独特の喜遊感がある。
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だがなんといっても、大きな作品で絹谷の個性が炸裂する。これは「アンジェラと蒼い空 I」(1976年)。社会的なメッセージ性の有無よりも、まずはその色彩で目を引くという点に、この画家の真骨頂があると思う。
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「フランチェスカとゾッティ氏の肖像」(1987年)。シュールでもあり、言葉が文字としてまた楽譜として踊っている。
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「銀嶺の女神」(1997年)。長野冬季オリンピックの公式ホスターの原画である。これも典型的な絹谷作品であり、オリンピックという華やかな舞台に相応しい。
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だが絹谷の作品は、ただ明るいだけではなく、時に内省的、時に社会的である。この 2点は、「自画像・夢」(2005年) と「漆黒の自画像」(2006年)。色合いが違い、モチーフも異なるが、いずれも空即是色 (もちろん般若心経の言葉である) という仏教の言葉を記載しながら、画家自身の家族を描いたり、内面のデーモンを描いたりしているわけである。
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これは「イエス・オア・ノー」(1991年)。明らかに戦乱に対する政治性をもったメッセージであろうが、そのメッセージ性は、決して作品を重くするものではない。
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彼の近年の大掛かりな作品は、仏教的素材や日本神話を扱っているものが多く、その表現力は大変なもの。やはりこのような時代、画家の個性を貫いて行くのはなかなか大変なことだろうと思うのであるが。これは展覧会のポスターにもなっている「喝破」(2015年)。文字通り炸裂する色彩が強烈だ。せっかくなので、部分アップも掲載する。
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ところでこの展覧会場に掲示されている解説で、この仏像のことを「阿修羅」と何度も書いてあったが、これは断じて阿修羅ではない。解説を書いているのは学芸員であろうから、そんなことはもちろん分かった上でのことであろうか。もちろんこの仏像は、五大明王のひとつ、降三世明王 (ごうざんぜみょうおう) である。京都の東寺講堂にある代表例はこちら。但し、絹谷の作品では、足の角度と本数が違う。足が両側 3本ずつというのは、同じ五大明王の中の大威徳明王 (だいいとくみょうおう) の特徴である。大威徳明王は水牛に乗っているので、彫刻でも 6本足が可能だが、さすがに立像で 6本足は技術的に困難であり、絹谷作品は、絵画であることのメリットを生かした造形になっているわけだ。
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一方でこの作品などは、石仏の口から漂い出る文字が、ちょっととぼけているような、不気味なような、不思議な感覚である。「羅漢唄う」(1980年)。
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これも力強い作品で、「不動明王・阿吽」(2011年)。不動明王の眷属は、制多迦 (せいたか) 童子と矜羯羅 (こんがら) 童子だが、この 2人は通常阿吽 (一方は口を開け、他方は閉じていること) にはなっていない。ここでは、後ろの左右に描かれている獅子と龍が阿吽をなしている。ところでこの龍など、なかなかユーモラスで、村上隆の描く龍とも共通点がある。
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仏像シリーズで言うと、これは「金剛蔵王権現像」(2011年)。絹谷の描く仏像には、モデルがはっきりするものと、典型的な図像を転用しているものがあるが、これは明らかに前者。吉野の金峯山寺蔵王堂のご本尊、蔵王権現 (ざおうごんげん) の三体像である。秘仏なので、ある時期まではなかなか見る機会はなかったが、最近は時折公開している。私も二度、実際にこの巨像の実物を前に、圧倒された経験がある。
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これは「大和国原」(1997年)。絹谷の風景画には、その一見して感じられる情報量の多さに関わらず、意外とシンプルな持ち味があると思う。その点、例えば富岡鉄斎と共通点があると言ったら、間違っているだろうか。
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さてこの展覧会では、最後のコーナーは撮影自由であったので、以下は私の現地での撮影になるもの。できる限り絹谷ワールドの面白さをシェアさせて頂きたい。これは滋賀県湖北地方にある渡岸寺 (どうがんじ) の有名な国宝十一面観音像を描いた、その名も「渡岸寺十一面観音」(2009年)。この仏像は日本の仏像の中でも有数の美しい作品で、私はこれまでに現地を三度訪ねたことがあるが、そろそろまた行かないといけないなぁ。
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上でも見たように、絹谷の描く龍は、村上隆ばりのユーモラスなものであるが、これは京都を舞台にした最新の龍のシリーズから、「光輝龍王二条城」と「樹上双龍伏見稲荷」(ともに 2017年)。
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これもすごい迫力で、オマージュ「平時物語絵巻」。会場ではこの作品をモチーフとした映像作家とのコラボレーション作品も上映されていて、なかなか楽しかった。いやしかし、この渦巻く炎の迫力には圧倒される。
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やはり最新作で、「富嶽旭日風神雷神」(2017年)。これ、外人が喜びそうな構図ではあるものの、日本人が見ても面白いと思うこと請け合いだ。この風神像と雷神像は、当然、京都の三十三間堂のものがモデルになっている。
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それから、会場の最後に展示してあったのは、大変興味深い作品で、「生命 (いのち) 輝く」というもの (2017年)。これは、娘である絹谷香菜子との共作である。絹谷香菜子は、水墨画で動物などを描く日本画家。なるほどこれは、独特の個性を持った父と娘の貴重な共同作業なのである。
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このように、私としては初めて見る絹谷幸二展で、彼の画業の出発点から修業時代を経て、独自のスタイルを確立し、そしてさらに自由に展開して行くさまをじっくり鑑賞することができ、また最後には、今後何度実現するか分からない娘とのコラボレーションを見ることができて、大変楽しかった。また回顧展を見たいものである。会場を後にしようとして振り返り、最後に撮影したのがこの巨大な彫刻である。まさに色彩とイメージの旅、堪能しました。また 1ヶ月ほど後にこの場所に戻ってくるとは、そのときは考えなかったが、そのことはまた追って。
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by yokohama7474 | 2017-11-23 01:00 | 美術・旅行 | Comments(0)
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