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サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィル 2017年11月23日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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さて。以前、ロイヤル・コンセルトヘボウ管の記事で予告した、アレの到来である。アレとはもちろん、クラシックファンには説明の必要もない。だがこのブログは、そうでない方々にも読んで頂ける内容を目指している関係上、改めて申し上げよう。世界最高峰のオーケストラ、ベルリン・フィルの来日である。これはこの秋の一流オケの連続襲来の中でも、間違いなくクライマックスをなすもの (だが誤解なきよう、この後にも大注目の来日オケが複数公演を控えている)。チラシを見ると、「ラトル & ベルリン・フィル、最終章。」とある。「アウトレイジ」ではあるまいし、一体何が最終章なのか。もちろんそれは、英国リヴァプールに 1955年に生まれた今年 62歳になる名指揮者、サー・サイモン・ラトルが 2002年以来続けてきたベルリン・フィルの首席指揮者・芸術監督の地位を、来年 2018年で退任するためである。今回の日本での演奏会は、川崎で 1回、東京で 2回の計 3回。ほかのオケよりもさらに高いその値段にもかかわらず、チケットは発売と同時に完売。今年注目度 No.1 のコンサートであることは間違いない。そうそう、これは今回のコンサートとは関係ないのだが、やはり書いておかねばならないのは、11/24 (金) のサントリーホール公演では現在最高のピアニストのひとり、日本でも大人気のラン・ランがソリストとして登場する予定であったが、左腕の腱鞘炎が完治しないために来日を断念。その代役は・・・実は私は、数百年前のことにはいろいろ興味があるくせに、何事によらず最新情報には疎い人間で、今回のコンサート会場でプログラムを買うまで知らなかったのだが、11/1 の時点で既に発表されていた情報によると、その代役の名は・・・なんとユジャ・ワンなのである!! ラン・ランの代役でユジャ・ワンとは、たまたま二人とも中国人と言っても何の意味もなく、とにかくすごいことになった。これについてはまた次の記事で書くことになろう。
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まずはこの日の曲目から。
 ストラヴィンスキー : バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1947年版)
 陳銀淑 (チン・ウンスク) : ChorósChordón(日本初演)
 ラフマニノフ : 交響曲第 3番イ短調作品44

技術的にも音楽的にも、なんという難易度の高いプログラムだろう。オーケストラ音楽もこの時代になると、誰もが知るスタンダードな名曲ばかり繰り返し演奏していては刺激がない。ラトルが以前から展開してきた、クラシック音楽の新たな地平を切り拓く活動は、今でも変わらないし、今後も変わらないだろう。もちろん賛否両論であることは自身百も承知であろう。だがそれにしてもこのプログラム、私のような人間にとってはもう、よだれが出るほど興味深いものだ!!

今回は会場であるミューザ川崎 (ラトルのお気に入りのホールである) で、本番前の最終リハーサルに立ち会うことができたので、その様子をまず書こう。本番開始は 17時であったところ、リハーサルは 15時から約 1時間とのことであった。ホールの 2階 CB ブロックと 3階 Cブロックが開放され、自由席での見学となった。ラフな格好で思い思いに練習するメンバーであったが、この日の曲目であった「ペトルーシュカ」以外に、なぜか R・シュトラウスの作品の断片が聴こえてきた。サントリーホールでの公演曲目になっている「ドン・ファン」はまだ分かるとしても、家庭交響曲やホルン協奏曲第 1番など。あ、後者を吹いていたのはホルンです。やはりホルン奏者にとってはシュトラウスは、ちょっと吹きたくなるレパートリーなのだろうか (笑)。ラトルは 14時52分頃に登場。T-シャツ姿だと腹が堂々としていて、若い頃からこの指揮者を聴いてきた身としては、若干複雑な感情だ。彼は譜面台に乗っていた大きな木の板と、その上に置いてあったスコアを自らどけたのだが、もちろんそんな台を必要とする大きなスコアは、今日のチン・ウンスクの曲だろう。きっと午前中にもリハーサルがあって、その曲を練習したのだろう。楽員ほぼ全員が揃い、思い思いの音をさらっている中、14時58分にコンサートマスターの樫本大進が登場。その後 3人の女性スタッフが入れ代わりに恐らくは Housekeeping 事項を楽員に伝え(最初の挨拶は「メリークリスマス!」)、そしてリハーサルが始まった。結果的に、ラフマニノフ 3番を 40分、「ペトルーシュカ」を 10分練習して、15時50分頃の終了となったのだが、我々が座った場所はステージから遠いので、ラトルの指示はほとんど聞こえない。ただ、指示は英語で行っていて、練習番号のみドイツ語であったようだ。ラフマニノフは冒頭からだったが、最初にクラリネットとホルンが弱音で演奏したあとに弦楽器がダーッと入る箇所で、ヴァイオリン奏者たちはすり足をして、わざと床をざぁーっと鳴らし、そのドラマティックな音の雪崩れ込みをユーモラスに、また余裕をもって表現した。非常にまじめなイメージのベルリン・フィルであるが、リハーサルではこんな楽しげなこともあるのは面白い。その後ラトルはかなり頻繁にオケを停め、弦楽合奏の表情などに注文をつけていた。極めてロマンティックでハリウッド風の第 2主題を何度もやり直していたのが印象的であった。第 2楽章は主として中間部のマーチ風の部分、第 3楽章も途中から終結部までをさらった。そして、続く「ペトルーシュカ」は、ほんの数か所を確かめるように練習したのみで終了した (オーボエのアルブレヒト・マイヤーがラトルに対して英語で、ある部分のテンポについて質問していた)。それにしても、そこで響いてくる音は、我々のよく知っているベルリン・フィル・サウンドとしか言いようがなく、重みと輝きをもった、情報量の多いもの。リハーサルだけでも、既にしてかなりのごちそうだ。

そしてコンサート本体である。最近は有名オケのコンサートでも空席が目立つことは珍しくないが、そこはやはりベルリン・フィル。今回はぎっしり満席だ。そして、ラトルが譜面台も置かずに暗譜で指揮して始まった「ペトルーシュカ」。その立ち上がりは極めて安定していて、エマニュエル・パユのフルートが自在に歌う。このパユをはじめとして、今回の演奏での木管ソロは、かなり濃厚な表情づけをしていて、その音は決して重いとか流れが悪いというわけではないものの、もしかすると、もっと鋭い音響のストラヴィンスキーを好む人もいるかもしれないなと思ったが、だがいずれにせよ、この天下の難曲をこれほど易々とこなしていくスーパーオーケストラは、そうそうあるものではないだろう。音の輝き、推進力、各場面の描き方の明晰さ、それらはいずれも申し分なく、普通のオケならしばしば悲惨なことになる (笑) 何か所かの難所でのトランペットも、全く不安のない、実に見事なもの。本当に素晴らしい。

休憩後の最初に演奏されたチン・ウンスクの曲は、今月ベルリンで世界初演されたばかり。チンは 1961年生まれの韓国の女流作曲家で、ハンブルクにてジェルジ・リゲティに師事した。世界的な創作活動を行っており、私の場合は、以前放送を録画した (例によって視聴はできていないが・・・) ケント・ナガノの指揮によるオペラ「不思議の国のアリス」によって、その名は知識の中にあった。だが、作品を聴くのは今回が初めてだ。
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プログラムに掲載されたラトルのインタビューによると、これはベルリン・フィルが何人かの作曲家に委嘱している「タパス・シリーズ」のひとつ。このシリーズ名は、スペイン料理のタパスのような小品という意味らしい。現代音楽の普及のためには、これはなかなか面白い発想である。今回の作品の題名はギリシャ語で「弦の踊り」という意味で、演奏時間 10分ほど。題名通り、弦楽器が、より合わさった粗いひも (Strings) のようにウネウネと進む一方、木管や金管、それから打楽器もかなり刺激的な音響を作り出す。だが、決してしんねりむっつりした曲ではなく、難解さはあまりないどころか、美しい瞬間が何度も訪れる。打楽器奏者は紙をクシャクシャにすることまで求められるが、きっと演奏していて楽しいのではないだろうか。ラトル自身、「ペトルーシュカ」と共通性のある音響を持つと述べている通り、コンサートの流れとしては決して悪くない。

メインのラフマニノフであるが、これもまあ、なんともハイカロリーの美音が惜しげもなく流れる名演で、一言で要約すると圧倒的であった。繰り返しだが、これぞベルリン・フィルの音であり、そのアンサンブルは堅く深い。リハーサルを聴いていたせいか、各テーマの歌い方に強い集中力を感じ、決してすべての部分が上出来とは言えないこの作品を、聴衆を全く飽きさせることなく流して行くのを聴くだけでも、これは稀有な体験と言わねばならない。ラトルによると、今回のツアー (日本に来る前に、香港、中国、韓国を回ってきたようだ) や、それに先立つ本拠地での今シーズンでは、このオケがこれまであまり採り上げていない曲を中心に選曲したという。なるほど、ラフマニノフ 3番をこのオケがそれほど頻繁に演奏してきたことはない (ロリン・マゼールによる素晴らしい録音からかなり時間が経っているし)。それにもかかわらず、曲の隅から隅まで神経の行き届いた演奏を軽々とこなすオケの能力は驚異的だ。ただ、強いてネガティヴな点を探すとすると、これだけできれば、完璧すぎて演奏にスリルがないとも言える。もっと言うと、実は私がこれまでもこのコンビで時折感じてきたことだが、感嘆はするが、場合によってはそれほど感動しないという困った面があるようにも思う。もしかするとその点が、ラトルがベルリン・フィルを離れることを決意したひとつの理由ではないかとも思ってしまうのだが、いかがなものだろうか。

だが、私は今回のラフマニノフに「感動しなかった」と言う気は毛頭ない。これは実に素晴らしい演奏で、まさに傾聴に値するものであった。そんなことを考えていると、ラトルが早々に聴衆の拍手を遮り、「ミナサン、ドウモアリガトウゴザイマス」と日本語で挨拶。それから英語で、「素晴らしい聴衆、素晴らしいホール。(そのあと、私の席からはよく聞こえなかったが、"in the World" と言っていたので、その前に来るのは "The best" か "One of the best" しかないだろう) これは音楽を演奏せずにはいられません」と告げて演奏したアンコールはなんと、プッチーニの「マノン・レスコー」間奏曲である。ラトルのプッチーニとは珍しいが、これはすごかった。洗練された音質が、情念の世界にまで昇華していた。そうだ、ラトルはもともと優等生でもなんでもなく、時に牙をむくような音楽をする人。そのことを久しぶりに思い出したような気がした。もちろん、この驚異的に美しい曲を、ベルリン・フィルは過去に録音している。これはカラヤンの全アルバムの中でも屈指の名盤と言われているもの。EMI の再録音もよいが、私としてはこの DG 盤こそ、オーケストラ音楽の奇跡のひとつと思っている。そんなことも思い出させる素晴らしいアンコールであった。
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実は今回、ある CD セットを購入すれば、終演後にコンサートマスターの樫本大進と、ホルンの首席であるシュテファン・ドールのサインがもらえるほか、ポスターやポロシャツなど、様々な特典があるという表示があった。
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その対象とは、ベルリン・フィルの演奏になる新発売のセット (CD 4枚、ブルーレイ 2枚) で、ジョン・アダムズの作品集だ。私がこの作曲家のファンであることは以前も書いたし、アラン・ギルバート指揮東京都響による彼の近作「シェヘラザード 2」の日本初演もレポートした。ベルリン・フィルは昨シーズン、このアダムズをアーティスト・イン・レジデンス (いわば座付き作曲家) に迎えたので、このセットはそれを記念して、ベルリン・フィルが演奏したアダムズ作品を集めている。作曲者自身の指揮もあれば、もちろんラトル、それから上記のアラン・ギルバート、グスタヴォ・ドゥダメル、それから、このオケの次期首席指揮者キリル・ペトレンコとの初の録音も含まれている豪華版だ。
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内容に注目しながらも、お値段はちと高いので、未だ購入はしていなかったが、この際購入してサイン会に出ようと決意、そしてゲットしたのがこのサインである。
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ジョン・アダムズ・エディションの値段を書くと、家人から怒られてしまいそうなので、ここでは明らかにしませんが (笑)、ベルリン・フィルの今をより深く知るため、コンサートの補完として最適のセットであろうと確信しております。さて、明日 (もう日が替わって、正しくは今日だが) はもう 1回ラトルとベルリン・フィルを、しかもユジャ・ワンとの共演を聴くことができる。なんとも楽しみなことである。

by yokohama7474 | 2017-11-24 01:31 | 音楽 (Live)