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ゲット・アウト (ジョーダン・ピール監督 / 原題 : Get Out)

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映画との巡りあわせには様々なパターンがある。監督や俳優、あるいは扱っているテーマは大きなポイントになるし、あるいは、原作となっている小説やマンガを予め知っていることによって、ある映画を見たいと思うこともあるだろう。また、私の場合結構多いのが、劇場で見た予告編で、「これはどうやら面白そうだ」とピンと来るケース。もちろんそのようなガット・フィーリングが常に正しいとは限らず、期待外れでガッカリすることもある。だが、それはそれで、映画を体験するという意味ではまた意義深いこと。たとえガット・フィーリングが外れたとしても、それは飽くまで私個人の趣味の話であって、勤め先に迷惑をかけるわけでもなし、ましてや社損を醸すわけではないので、鷹揚に構えることにしている。だが、人は誰でも、様々な映画を見ているうちに、その人独特の勘が働くようになる傾向はあると思うし、その勘は意外と侮れないものなのである。なぜなら、予告編を見てちょっと気になったこの映画、何か予感がしたので、頑張ってスケジュールをやりくりして見てみると、おっとビックリの大変面白い映画であったのだ。今年見た映画の中でも、間違いなくベストを争う作品。もちろん、これは飽くまで私個人の感想ではあるものの、上のチラシを見て下さいよ。「全米初登場 No.1」「米映画レビューサイト 99% 大絶賛」とある。他人の評価はあまり気にしない私なので、これらの言葉はあまり大きな意味を持たないものの、でも、一言、言いたくなるではないか。「そうそう、この映画、面白いよ!!」と。

予告編で明らかにされるのは、以下のようなストーリーだ。ある黒人の青年 (クリス) が、美人の白人女性 (ローズ) と付き合っていて、その白人女性がその黒人の彼氏を実家に連れて行って両親に合わせようとしている。人のよさそうな黒人のクリスは、ローズが両親に、彼氏が黒人であると告げたのかどうか訊くと、彼女の返事は、「そんなことしていないけど、全然大丈夫よ」というもの。そして・・・。その先は予告編では分からない。だが上のチラシによると、「何かがおかしい」のだそうである。一体何がおかしいのだろうか。これが主演 (なのかな?) カップル。
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米国に暮らしたことのある身としては、日本にいてはなかなか皮膚感覚の持てない人種問題の根深さについて、ある程度認識しているつもりである。自由の国アメリカ。世界各国からの移民たちが協力して作り上げた「世界で最も偉大な国」。肌の色や宗教や、あるいは性別、さらには性的嗜好についてまで、差別がないはずの国。・・・だが実情はそんなものではなく、差別は依然として根強くあるし、それに伴う深刻な貧困問題や犯罪の問題もつきまとう。差別があるからこそ、自由をことさらに謳う必要があるとも言えるだろう。実際、白人と黒人のカップルは、ないことはないにせよ、極めて稀である。この映画は、そのような米国の現実に鋭く向き合い、前政権から現政権に変わったことによって顕在化するかもしれない人種問題に対し、「この国は何かがおかしい」という勇気あるメッセージを発しようとしているのだろうか。「ゲット・アウト」という題名は、そのような社会のくびきから逃れ出ようとする若いカップルの挑戦を表しているのだろうか。なんと社会性溢れる映画なのだろう。最後は感激の涙で濡れてしまうのであろうか。

・・・。さて、この先はネタバレなしに語ることができないので、ほとほと困り果ててしまうのだが (笑)、この映画を見る人は、やはりまず、上記のような社会的な意識の感度を上げて頂いた上で、映画の進展につきあう必要があるだろう。ひとつ、これはネタバレでないので言ってもよいと思うのは、この彼女の実家の人たちの顔はそれぞれに大変個性的で、そこには何か人生の過程がにじみ出ているように見える。夜の団欒における家族の会話のシーンなど、なんと言うべきか、人間の生活、家族の歴史、人と人のつながりとその距離、過ぎて行く時間、といったことをあれこれ考えさせる、本当に深い中身を持っているのだ。ここまで見て、そこに表現された人間の姿の真実に感動するだけでも、この映画を見る価値はある。これがローズの両親。
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だがもちろん、そこまでしかこの映画を見ないことなど、絶対にあってはいけない。最後まで目を開けて、しっかり見届ける必要がある。主人公は一体どこからゲット・アウトしようとしているのか。私の場合、この映画の人道的な流れに違和感をもたらしたのは、ローズの実家のお手伝いさんの、この表情であった。
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おぉ、確かになんだか、生理的に気持ち悪いと思わせる表情ではないか。笑っているのに不気味で、夢に出てきそうだ。この笑いの意味は一体何で、劇中で彼女が見せる行動には、一体いかなる理由があるのであろう。これは、事前に考える準備をしていなくても、見て行くうちに自然とそんな流れになって行くのだが、その奇妙な違和感が、実はその後、雪崩を打って容赦なく観客を襲うことになるのである。ここでも監督の確かな手腕によって、役者の表情がストーリーの流れを作り出しているわけだ。私がこの映画を面白いと評価するのはその点にある。ただ単に、ストーリーが面白いとか、役者が頑張っているとか、映像がきれいだということではなく、映画の持つ力を存分に利用していることこそが、この映画の価値なのである。その意味ではやはり、主役クリスを演じたこのダニエル・カーヤ (1989年英国生まれ) の貢献は大きい。それぞれのシチュエーションで、時に笑いを起こしながらも、必死に危機に立ち向かう姿がよい。
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脚本・監督・製作を手掛けたジョーダン・ピールは、1979年ニューヨーク生まれ。もともとコメディアンで、本作が監督デビューであるらしい。いきなりこれだけの作品を作ることができるのだから、素晴らしい才能である。きっとこれからもいい映画を撮ってくれることだろうから、大いに期待したい。
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念のためだが、ここで明らかにしておくと、この映画を見るにはある一定の社会的な感覚が必要と上に書いたが、ではこの映画が、米国における深刻な差別問題を扱った社会的な内容を持つものかと言えば、答えは微妙になってくる。恐ろしい映画か? 恐ろしい。でも笑える映画か? 笑える。場面によっては。でもその場面の意味を冷静に理解したとき、なんとも背筋が凍るような恐ろしさを覚えるのである。「そ、そういう展開になるかー!!」と眩暈を覚え、その展開自体を笑い飛ばそうとするが、あまりに急な展開なので大抵の人はついて行けず、徐々に理解してから恐怖を覚える、そんな映画なのである。あぁ、ネタバレできないのがこんなにつらい映画も、そうそうないですよ (笑)。このクリスの絶叫の意味、この映画を見てからじっくり反芻して頂きたい。
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この映画の上映館はもともと結構限られていたが、今でも細々とながら上映が続いている。東京なら、TOHO シネマズシャンテで見ることができるので、この記事をご覧になった方で、ショッキングな映画でも大丈夫という方には是非にとお薦めしましょう。あ、もちろん、ショックの前に社会性を持った鑑賞が求められることをお忘れなく。それから、冒頭のシーンはメインのストーリーと直接関係ないようでいて、実は重要な伏線になっているようなので、そこに登場する黒人の顔をよく見ておいて下さい。実は私はそれを怠ったので、あとで、「ええっと、あれか」と推測するしかなかったのである。もちろん、ほかの要素でその推測はほぼ正しいと認識しているものの、冒頭シーンの黒人の顔を覚えていなかったがゆえに、隔靴掻痒の感があるのであります。あ、そうそう。この映画がかなりえげつない内容であるにも関わらず、見る人に嫌悪感を覚えさせないように工夫されている点としては、例えば最初のシーンで高らかに鳴り響く音楽を挙げてもよいだろう。このオールディーズは何という曲か知らないが、デヴィッド・リンチの「ブルー・ベルベット」よろしく、恐怖とノスタルジーがない交ぜになったこの感覚は、開始まもなくにして映画の迷宮に人を誘い込むものであり、そこには不思議な陶酔感があるのである。そんな中、そこに出ている黒人の顔を覚えておけば、あとでなるほどと思うことは請け合いだ。と書いていると、もう一度見たくなってきてしまった。この映画をこれから見る人たちは恵まれていると思いますよ、本当に (笑)。

by yokohama7474 | 2017-12-07 00:23 | 映画