川沿いのラプソディ


川沿いの住まいから、音楽、美術、映画その他文化一般を語りつくします。
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メモ帳

アンドリュー・ワイエス 生誕 100年記念展 丸沼芸術の森

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アンドリュー・ワイエス (1917 - 2009) は、恐らくは日本で最も高名な米国の画家であろう。もし彼の名前を知らない人でも、この絵には見覚えがあるのではないか。
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これは 1948年に描かれ、現在はニューヨーク近代美術館 (MOMA) が所蔵している彼の代表作、「クリスティーナの世界」である。今はどうか知らないが、私が高校生の頃には、教科書にも載っていた。地面に横たわった女性の後ろ姿が、褐色の野原の奥に見える建物に向かって延ばされているこの謎めいた作品には、なぜかしら郷愁めいたものを感じてしまい、一度見たら忘れない絵画作品である。題名のクリスティーナとはこの作品のモデルになっている女性の名前で、この場所は、ワイエス自身が別荘を持っていた米国メイン州のクッシングで、このクリスティーナは実際に足が悪かったのである。彼女の姓はオルソンで、彼女と、弟のアルヴァロが住んでいた家、つまりこの絵の右奥に見える建物は、オルソン・ハウスと呼ばれ、現在では歴史的建造物として保護されている。この絵に漂う独特の抒情は、その乾いたリアリズムによって強調されていて、いわゆる現代美術という範疇のイメージとは異なる、何か人間の根源的なものにストレートに響いてくるタイプの作品だ。ワイエスが使用した技法は主にテンペラ画、それに夥しい数の素描や水彩を残した。私が過去に見たこの画家の展覧会は、1990年に西武美術館で開かれた「ワイエス展 - ヘルガ」(ヘルガというモデルを使用した作品が中心) と、1995年に Bunkamura ザ・ミュージアムで開かれた「アンドリュー・ワイエス展」、それから、これは米国で、2006年にフィラデルフィア美術館 (映画好きの方には「ロッキー」でおなじみ) での "Andrew Wyeth : Memory & Magic" の合計 3回である。これらはいずれもワイエス生前の展覧会であり、特に最後のものは、画家が晩年暮らしていたフィラデルフィアでの開催ということで、独特の高揚感が会場に漂っていたものだ。書棚から引っ張り出してきたその展覧会の図録がこれだ。
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さて、そんな大画家であるワイエスの、特に上記オルソン・ハウスを描いた多くの水彩や素描が、日本にあるということをご存じだろうか。実は私もつい最近まで知らなかったのであるが、実は、埼玉県朝霞市に、その美術館はある。朝霞市といえば、自衛隊の基地があることは知っているが、行ったことはもちろんないし、そもそも埼玉のどのあたりなのかも分からない。だが、ある日 NHK の「日曜美術館」で特集を放送しているのを見て俄然興味を持ち、実際に現地に出掛けることとした。その場所は、美術館という表現にも少し違和感があって、正式名称は「丸沼芸術の森」という。このような、なんとも手作り感満載の場所なのである。
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実はこの場所、朝霞で倉庫業を営む須崎勝茂という人が 1985年に開いた、いわば芸術村のようなところで、若い芸術家たちのためにアトリエや陶芸用の窯があり、実はあの今をときめく村上隆も、ここで創作を続けているという。これが窯である。
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ここ丸沼芸術の森では、1996年に、上記の「クリスティーナの世界」の貴重な習作をはじめとするワイエスの素描な水彩画、いわゆる「オルソン・ハウス・シリーズ」を入手。以来、毎年ワイエス展を開催しているらしいが、特に今年はワイエス生誕 100年ということもあり、前期・後期に分かれた展覧会と、シンポジウムも開かれたのである。公立の美術館でもない一般のコレクターが営む活動という点で、これはなかなかに珍しいことであると思うが、所蔵する作品を死蔵するのではなく、若い芸術家の教材として使用したり、折に触れ一般公開するという点に大きな意義があろう。実際、私が出掛けたときには既に展覧会の図録は売り切れであったので、もう少し大部な、この丸山芸術の森が所蔵するオルソン・ハウス・シリーズの図録を購入。以下の写真はその図録から撮影したものである。

ワイエスの作品の特徴は、なんといってもそのリアリズムであるが、素晴らしいのは、ただ単に本物そっくりということだけではなく、常に漂う抒情である。これは「屋根窓」(1947年作)。オルソン・ハウスの窓のアップである。
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これは 1952年作で、「オルソンの家」という邦題になっているが、描かれているのは、要するにオルソン・ハウスである。ここでも淡い線と色彩が、人間のいない風景に人間的な要素を加えている。
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これは「カモメの案山子」(1954年作)。日本の田んぼに立っている案山子の雰囲気とは異なり、米国東海岸の乾いた空気まで感じさせてくれる。
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「オルソン家の納屋のツバメ」(1953年作)。窓から差し込む光が明るく、なぜかデジャヴュを感じてしまう。
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これは「青い計量器」の習作 (1959年作)。やはり、光の表現が絶妙である。
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「穀物袋」(1961年作)。珍しく人物が画面左側に立っているが、その顔は定かではなく、ただ穀物袋の存在感が見る者に迫ってくる。
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弟アルヴァロ・オルソンは 1967年暮れに 73歳で亡くなり、姉クリスティーナ・オルソンも、そのわずか 1ヶ月後の 1968年 1月に 74歳で亡くなるが、これはその年に描かれた「クリスティーナの墓」。米国郊外の広大な土地の中に、人間の生死が繰り返されるという無情感をひしひしと感じられるではないか。
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これは翌年、1969年の作品、「オルソン家の終焉」の習作。オルソン姉弟の死去をきっかけとして、この作品を最後に、ワイエスはこの場所を描かなくなったという。だが特にここにはドラマはなく、来る日も来るも変わらぬ野の中の一軒家が無機的に描かれているだけだ。だがそれだけに、人の暮らしの意味を悟らせてくれるような作品であると思う。
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展示会場には、オルソン・ハウスの模型とか、建物に実際に使われていた木の破片などが展示されていて興味深かった。このコレクションの持ち主である須崎勝茂は、生前のワイエスと交流があったらしい。図録には、須崎の代理としてワイエスゆかりの地を訪ねたという中村音代という人の文章が載っていて、そこには 2002年にワイエスその人と会った際の感激が記されている。当時 85歳のワイエスの近影がこれだ。
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まだまだここにご紹介できない様々なワイエス作品を所蔵する丸沼芸術の森。美術に興味のある人なら、覚えておきたい名前であるし、また次にワイエス展が開かれる際には、是非お薦めしておきたい場所である。米国の絵画作品としてのひとつの究極であるともいえるワイエスの高度な情緒の表現は、見れば見るほどに魅了されるのである。東京近郊には、まだまだ訪れるべき場所が沢山あることを思い知る、安・近・短の旅でした。

by yokohama7474 | 2017-12-20 00:50 | 美術・旅行 | Comments(0)
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