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特別展覧会 国宝 京都国立博物館

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国宝。この言葉の持つ輝かしくも重々しい響きはどうだろう。昨今の日本では、なんであれプロフェッショナルなものへの興味が増している気配があり、資格に対する指向の高まりや、究極の職人技への憧れを、必ずしも美術ファンでない人から感じることができる機会が増えてきたように思う。実際、私が仕事でおつきあいのある、ある定年間近の方などは、会食の席で「私の趣味は国宝なんです」と得意げに語るので、それはそれはということで、あれこれ話題を振ると、ただニコニコ笑っているだけであった。そして口を開いておっしゃることには、「あれですよね、いちばん沢山国宝を作った人は、空海なんですよね」とのこと。これは多分、空海自身の書はもちろん、彼が唐から請来した文物や、彼の指示によって造営された仏像群、さらには、彼が一時期住んだ寺に伝わる遺品等を含めて、「関与した」国宝が、他の誰よりも多いということなのであろう。だが、残念ながらその方は、そのあたりの理解が曖昧であったようで、空海が何をした人であるのかすら、若干理解が怪しいようにお見受けした。いや、誤解なきように。私はそのような人を非難したり軽蔑しているわけでは、断じてない。むしろ、国宝という、日本国政府がお墨付きを与えた最高の逸品、先の「運慶展」の記事で引用した通り、奈良国立博物館長を務めた斯界の権威、故・倉田文作先生がいみじくもおっしゃった、それだけ「高い価値を持つ」美術品が、あらゆる人々に与える影響がいかに大きいかを実感して、そのことに感動するのである。そんなわけで、今年の秋、京都国立博物館で開かれた国宝展も、素通りというわけには行かなかったのだ。
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わざわざそんな表現をするには意味があって、実は、この展覧会の終了一週間ほど前、11月下旬に京都を訪れたのは、別の展覧会がメインの目的であったのだ。私がどうしても見たかったその展覧会については、次回の記事で採り上げる予定であるが、せっかくそれに出掛けるなら、やはり国宝がずらりと揃うこの展覧会を無視するわけにはいかんだろう、という順番での動機づけであったのだ。東京国立博物館では 2014年に「日本国宝展」が開かれ、それはそれでまた大変な展覧会であったのだが、今回の京都での展覧会は、京博 (つまりは京都国立博物館だ) の創立 120周年を記念して開かれたもの。もちろんそれは特別な機会であったのだ。晩秋の京都は底冷えがして、東京を早朝に出て開館前に現地に到着した私も、博物館の敷地内で見上げる木の紅葉や、重要文化財の本館 (休館中であったが) の美しさに、気持ちが穏やかになったことは確かだが、でもやはり、長蛇の列に並んでの日陰は、大変に寒い!! 結局、入場まで 45分程度を要することとなった。
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さて、この国宝展、もちろん内容は大変に素晴らしいものではあったのだが、ここでは個々の展示品に深く立ち入ることはやめようと思う。それは、国宝のオンパレードには見る価値が大いにあることは論を俟たないものの、今回のような展示が果たしてよかったのか否か、少し思うところもあるからである。いくつか箇条書きにしてみよう。
・開催期間は 4期に分けられ、大規模な作品の入れ替えがある。これだけ多くの人が訪れる展覧会に、そうそう何度も足を運ぶことは、たとえ関西の人でも難しかっただろう。
・今回の展示は、近年できた平成知新館すべてを使っての開催であったが、本館が閉鎖中ということで、チケットチェックは博物館の敷地に入るところで既に行われ、長蛇の列を経て建物に入る時点では、もはやチケットを提示する必要すらなく、平成知新館の 3つのフロアをどの順番でどのように見てもよい、つまりは、建物全体を解放するスタイルであった。これはこれで、多くの人たちが順路に沿って建物の中でも長蛇の列をなすことは回避でき、会場内の混雑は分散したと言える。だがその一方で、様子を見ながらどんどん人を中に入れるものだから、どのコーナーにも凄まじい数の人々が集まって、とても美術を鑑賞できる環境ではなかった。ここはやはり、多少入場者を絞ってでも (= チケット売上収入を減らしてでも)、例えば時間帯ごとのネットによる予約制を一部設ける等の工夫が欲しかった。
・展示品はもちろん名品揃いではあるのだが、その多くは、所蔵する社寺や美術館に行けば対面できるもの。例えば東京国立博物館の絵画コーナーでは、周りに誰もいないがらんとした環境で雪舟の国宝作品を見ることができる機会も、それなりにあるのである。このような展覧会で名品が一堂に会している意味はあるものの、私見では、やはり一人の作家の作品の遍歴を辿るとか、同じ時代背景や文化的背景のもとで作られた作品を比較するとか、あるいはある芸術的な流派の変遷を見るとか、そのような内容の方が見ごたえがある。総花主義には良し悪しがあるのである。

上記に加え、展示品の多くは、私にとっては既に何度も対面したことがあるおなじみのものでもあり、とても芋の子を洗うような環境でじっくり鑑賞するわけにはいかなかったと、正直に感想を記しておきたい。ただ、それでもこの展覧会を記事にしておきたかったのは意味がある。実は、この展覧会に出掛ける前に見た NHK の「日曜美術館」で、いくつか展示作品を紹介しているときに、気になることがあったからである。この番組、大変奇妙なことに、作品を紹介するときにその所有者への言及がなかった。たとえば、この平成知新館完成後ずっとここに鎮座ましましていて、今回も 4期通してそこにあった、大阪金剛寺の巨大仏を、寺の名前なしに、ただ「大日如来坐像」「不動明王坐像」としか紹介していなかったのだ。これは奇異であった。尚、これら金剛寺の諸仏は、修理後、つい最近国宝になったばかりと理解するが、三尊の残る 1体、降三世明王は現在、奈良国立博物館に展示されている。私も随分以前、この金剛寺に三尊を見に訪れたものだが、早く現地で三尊が揃わないものだろうか。これが、今回も京博に展示されていた、大日如来と不動明王。
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そしてその番組では、曜変天目茶碗が紹介されていたが、それも所有者の明示なく、ただ「曜変天目茶碗」とのことだった。このブログでも以前触れたし、これは常識の部類に入るのであろうが、曜変天目茶碗は (最近話題になった「開運! なんでも鑑定団」で扱われたものは、はい、ここでは対象にしません)、世界広しと言えども、たったの 3つしかなく、すべて日本に存在していて、すべて国宝なのである。そのうち 2つはそれなりに見る機会があり、ひとつは大阪の藤田美術館、もうひとつは東京の静嘉堂文庫美術館の所蔵。だが残るひとつは、全くの非公開、まさに門外不出のお宝で、所蔵するのは大徳寺龍光院。私はその「日曜美術館」の録画を、週末の朝ねぼけ眼で見ていたのだが、そこで不鮮明に映った曜変天目茶碗の模様に、なにやら胸騒ぎを覚えた。むむ、これは私が何度も見た藤田美術館や静嘉堂文庫のものとは、ちょっと違うように思う。そして録画を巻き戻し、そこに映った映像を静止画でよく見てみた。するとその写真は、図録から撮影したものであるらしく、よく見ると、「京都 龍光院」とあるではないか!!!! 驚愕して、京博のサイトでこの「国宝展」の展示品を調べても、龍光院の曜変天目茶碗には言及されていない。そしてネットでもう少し検索してはじめて、この展覧会の会期直前になって急遽、確か二週間だけだったか、この龍光院の曜変天目が出品されるという発表がなされたということであったのだ!!!! 実際、私が現地を訪れたときには既にその茶碗の展示期間は終了していたのだが、それでも私は、この茶碗が載っている展覧会の図録をなんとしてもゲットしたかった。購入してみると、確かに掲載されている。
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実は、私がほかの展覧会を目当てに京都にやって来て、大混雑を承知の上でこの「国宝展」に足を運んだのは、この龍光院の曜変天目が載っている図録を購入することが、ひとつの大きな目的であったのだ。正直言うと、この色つやを写真で見る限り、ほかの 2つの曜変天目よりも地味に見えるし、茶碗の中の写真は、非常に限定的な部分だけなのである。だが、これだけ貴重な機会に、実物は見逃したとはいえ (もう一生見る機会はない可能性が高いとはいえ)、せめて写真だけでも見ることができて、大変嬉しく思ったものである。そう思って、帰宅してから思い立って、週刊朝日百科の「日本の国宝」シリーズを調べてみると、ありましたありました。これは部分アップではなく、茶碗の中身全体が写っている。なるほど、もちろんきれいはきれいだが、ちょっと地味である。
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そんなわけで、この大展覧会に出品された綺羅星のごとき華麗なる美術品の数々の写真を期待された方には申し訳ないが、私の「国宝」展に関する記事はこれで終わりである。日本が誇る国宝の数々は、多くの書物で既に紹介されているので、ここで私が贅言を費やすまでもないでしょう。実際私は、「国宝」展の異常な混雑からそそくさと抜け出し、お目当ての展覧会場に向かうこととした。それについては、また次回。

by yokohama7474 | 2017-12-21 01:22 | 美術・旅行