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安藤忠雄展 挑戦 国立新美術館

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以前も少し触れたが、私が現在宿題として抱えている、つまりはこれから書こうとしている、美術に関する記事はすべて、既に期間が終了してしまったものばかり。私の周りでも、このブログによって面白そうな展覧会を知ったという声が時々あるので、そういう方々を失望させないためにも、開催期間中に記事にする責務が少しはあるのであろうが、それを果たせていないことには内心忸怩たるものがある。2017年も暮れていくわけで、また来年の目標を考えるべき時期に来ているのであるが、さしずめ私の場合は、来年は極力開催期間中に美術展の記事を書くというものになろう。

そんなわけで、六本木の国立新美術館で開かれた、日本を代表する建築家、安藤忠雄 (1941年生まれ) の展覧会である。安藤の名前は一般的にも広く知られているであろうし、東京オリンピックの新国立競技場のコンペに関する騒動でその名を知った人もおられよう。私はその件については詳しく了解しておらず、またあまり知りたいとも思わないので、ここでは純粋に安藤の建築についての私の思いと、この展覧会の感想を徒然に語ることとしよう。
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私は建築に関して大変詳しいというわけではないし、専門知識は皆無であるが、若い頃から建築への興味はある。そして安藤は、既に私の学生時代、今を去ること 30年ほど前から著名な建築家であったので、当時から彼の展覧会や、書物に掲載された彼の設計作品の数々を見て、その活動を強い興味を持って注目して来た。強い大阪弁のアクセントと、建築という超専門的な分野を手掛けながら、独学でそれを学び、若き日にはプロボクサーですらあったという異色の経歴にも、ほかの建築家にない明確な個性を感じたものである。初期の代表作である住吉の長屋とか、六甲の集合住宅の写真を見て、「このコンクリート打ちっぱなしは大変洗練されているけど、家の中の移動で雨に濡れるとか、崖にへばりついたマンションを階段で昇って行くとか、住んでいる人は不便だろうなぁ」と思っていた。その思いは今でも残っているのだが、それにしても今回資料が展示されている夥しい数の彼の設計作品を見て、個人建築から公共建築、大規模な集合住宅や宗教施設や美術館、果ては都市開発まで、その広範かつ貪欲な仕事ぶりの凄まじさに圧倒される。つまりは、彼の設計には日常的に不便があるだろうというのは私の余計な誤解か、あるいは、実際に不便があっても、それを超える何らかの高い価値を依頼主たちが感じているから、これだけの実績を残しているのであろう。若い頃、私の知り合いにも東京大学建築学科の学生が何人かいて、彼らは皆、安藤への尊敬を口にしていたものだが、安藤は権威ある官学とは全く遠い存在で、大学には行かず独学で世界的地位に上り詰めた人。そんな安藤が、現在ではその東京大学の特別栄誉教授という役職にあることは、何やら痛快なことであると言えるだろう。今回の展覧会では、彼のオフィスの一部が再現されていて、その天井まで届く夥しい数の書物に圧倒されるが、これが図録に掲載されているオフィスの安藤の若い頃の写真。
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安藤の実質的なデビュー作と言われる「住吉の長屋」 (1975 - 76年) は、わずか 20坪の土地に建つ長屋のうちの 1軒をコンクリートハウスに建て替えたもの。これはほかから借用してきた写真だが、向かって左側は、昔の写真では木造の長屋だが、今ではマンションになっているようだ。上で書いた通り、家の中の一部に天井がなく、部屋の間を移動するときには外気にさらされる。無機的なコンクリートの中で、常に季節感や時間の感覚を持つことになるこの逆説。
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これが「六甲の集合住宅」。第 I 期が 1978 - 83年。第 II 期が 1985 - 93年。第 III 期が 1992 - 99年。60度の傾斜を持った神戸・六甲山の斜面に作られている。この規模は壮大なもので、阪神淡路大震災を挟んで設計されていることを含め、将来的には安藤を語るには必須の建築になるのではないだろうか。
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さて、ここから彼の作品を延々紹介して行くつもりは私にはなく、ほんの幾つか、私がこの展覧会で初めて知ったものを含めて、安藤の個性が明確に出ているものをピックアップする。これは彼の米国での最初の仕事、1992 - 97年の「シカゴの住宅」。まるで美術館のようで、生活感を感じさせないが、こんなところに住んでいる人の文化度の高さはいかばかりか。雨が降るとこの場所にはピシャピシャ雨音が響いて、晴天のときとは全く違う雰囲気となるだろう。
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これは 2013年から現在でも進行中のプロジェクト、「マンハッタンのペントハウス III」。その名の通り、マンハッタンにある 1920年代築の古い高層ビルの屋上に、住居とペントハウスからなるゲストハウスを作ろうというもの。鉄・ガラス・コンクリートという現代の無機物が、古いビルに突き刺さるこの刺激。
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これも米国での仕事で、2001年から 2014年までを要した、クラーク美術館というところの「クラーク・センター」である。1955年に建てられた美術館本館 (写真右側) に、風景と一体化する平べったい新館を建て、展示室のほとんどは地下空間に展開して、新旧両館の間には水がたたえられている。このクラーク美術館はマサチューセッツ州のウィリアムズタウンというところにあり、私もかつて、ニューヨークから車で訪れてその素晴らしい近代絵画のコレクションを鑑賞したことがあるが、建物は古くて薄暗い印象であった。このようなモダンな建物ができたと聞くと、是非また行ってみたいものだと思う。
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ここからまたいくつか、日本の作品に戻りたい。これは北海道の勇払 (ゆふつ) というところにある「水の教会」(1985 - 88年)。あとでご紹介する「光の教会」、それから「風の教会」とともに、安藤が 1980年代に手掛けた一連の教会のひとつである。広大な北海道で、このような瞑想的な場所を訪れ、ブログを忘れてゆっくりしてみたい (笑)。
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次も、安藤が追求し続けているテーマである水と人の共生を感じさせる「本福寺水御堂」(1989 - 91年)。これをただの水たまりと思ってはいけない (笑)。淡路島の北東部にある小高い丘の上に建つ寺院建築で、この蓮池の下がお堂になっていて、そこに本尊がおわします。つまり、人は真ん中の通路を通って水に囲まれた場所に入り (コンクリートで隔てられているので、水は見えないわけだが)、そこで仏と対面するわけである。安藤らしい大胆な発想ではないか。一度訪れてみたいと以前から思っているのである。
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寺院で言うと、最近も面白い作品がある。札幌にある「真駒内滝野霊園 頭大仏」(2012 - 15年)。ラベンダーが咲く丘の上に巨大仏の頭部が!! 実はこれ、15年前からこの地に存在する石の大仏を覆うように、人工の丘が作られたもの。これも行ってみたいなぁ。
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美術館や公共建築を見てみよう。この異常な数の本によってできたそそり立つ壁はなんだろう。そう、これは大阪の東大阪市にある司馬遼太郎記念館 (1998 - 2001年)。稀代の歴史作家の蔵書 2万冊からなる、いわば「知の壁」である。ここも以前から行ってみたいと思いながら未だに果たせない場所だが、とにかく個人の蔵書としてはスケールが桁違いである。そのスケールを目で見て肌で実感することで、訪問者の誰もが圧倒されることだろう。
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次は大阪、天保山のサントリー・ミュージアム (1989 - 1994年)。ここは、近くの水族館である海遊館と併せて、現地を訪れたことがある。ただ、恥ずかしながら知らなかったのだが、サントリーはとっくにこの美術館の経営権を手放しており、今は大阪市が運営する「大阪文化館・天保山」という名前であるらしい。
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東京の公共建築を 2つ。ひとつは表参道ヒルズ (1996 - 2006年)。以前の同潤会青山アパートの跡地なのである。そういえば、この建物の前は何度も通りかかっているが、中を歩いたことはないなぁ。
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そしてこちらは、普段の生活で何度も何度も利用している、東急東横線渋谷駅 (2005 - 2008年) である。この写真は模型であるが、以前と違って地下深くに降りて行かなくてはならないので、電車に乗るときにはちょっと焦ってしまうのだが、この卵型のドームが、その焦った気持ちをわずかながら癒してくれる。まぁ、本当にわずかですけどね (笑)。なんだか安藤忠雄の真似っこみたいだなぁと思っていたら、ご本人の作品でしたか。不勉強で恥ずかしいことである。
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展覧会の会場には、安藤が手掛けた作品の写真や模型、設計図などが、所せましと沢山展示されていたが、写真撮影は禁止。だが、2ヶ所では撮影が許されていた。まずひとつは、瀬戸内海に浮かぶ小島、香川県の直島の一連のプロジェクト (1988 - 2004年) についての大規模な展示。瀬戸内海の映像が多面スクリーンに投影され、その前に島の大きな模型が置かれていて、建物の模型がある。人の身長と比べてみると、模型のサイズもお分かり頂けよう。
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それから、撮影が許されたもうひとつの場所は、大阪府茨木市にある「光の教会」(1987 - 89年) を実物大で再現した構造物である。この教会は、打ちっぱなしコンクリートの壁面に十字形のスリットが入っていて、外からの光が、非常に美しく十字架の形を壁面に描き出すというもの。私が訪れたのはちょうど日が暮れてすぐの時間帯であり、内部は既に暗い一方で、外からのライトが実に効果的であり、誰しもが敬虔な思いを抱く雰囲気であった。またこの建物はただ長方形なのではなく、斜めに突き刺さるような壁があって、十字形スリットのある面の横にもうひとつ空間ができており、そこからも光が入るようになっている。非対称の美学である。
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この展示、本物のコンクリートを使っていて、あたかも現地の建築のそのままの再現であるかのようだが、コンクリートをコンコンと叩いてみると、どうやら中はがらんどう。つまりは、中身のないコンクリートの箱を積み重ねて造形してあるようなものだろうか。当然、建築としての強度はないだろうが、ある種のインスタレーションのようなものとして、大変にうまく考えられている。これが、外から見た十字形の壁面。薄暗い中、外からライトが当てられていたことがよくお分かり頂けよう。
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この光の教会も現地を訪れたことはなく、一度行ってみたいなぁと以前から思っているのであるが、今調べてみると、事前予約制になっていて、今受け付けている 2月までの枠 (指定された土曜または日曜) は、既にすべて一杯である。観光施設ではなく、実際に使われている信仰の場所であるから、公開が限定的であるのはやむを得ない。この教会のある茨木市は、かつてキリシタン大名高山右近が治めていた地。今でも敬虔な信仰の伝統が息づいているのであろうか。日本のキリシタン信仰にも深い興味を抱く私としては、ますますいつか訪れるべき場所であると思われるのである。だが、まずはこの光の教会、今回疑似体験できたことは何より有難いことであった。

ショップで売られていた図録には、なんというサービス精神であろう、1冊 1冊に安藤自筆のサイン入り。彼の代表的な作品の簡単なイラストも添えられている。私が購入したのは、直島を描いた、以下のようなもの。以前、大阪の中之島の記事 (2017年 8月 5日付) に、1989年に購入した建築雑誌に書かれた安藤のサインの写真を掲載し、それは光の教会であったが、今回の直島のイラストは、カラフルでなかなかよい。
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そんなわけでこの展覧会、安藤忠雄の底知れぬパワーと情熱を改めて思い知る貴重な機会となった。展覧会のサブタイトルにある通り、まさに挑戦に継ぐ挑戦で膨大な作品を世に問うてきた。既に 76歳で、何度も病魔に侵されながらも、不屈の精神力でこれだけの精力的な活動を続けてきたことは、まさに驚異である。これからも我々を驚かせるような作品を作り続けて行って欲しいものである。

by yokohama7474 | 2017-12-25 22:56 | 美術・旅行