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チョン・ミョンフン指揮 東京フィル 2018年 1月28日 Bunkamura オーチャードホール

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このブログでは東京のオーケストラの活動について様々にレポートして来ているが、昨今のこの分野の充実ぶりを思うに、やはり競争原理が働いていることが大きな要因であることは間違いないだろう。そんな激しい競争のある東京の音楽界において、やはりこのコンビには一目おく必要がある。そう、韓国出身の稀代の名指揮者チョン・ミョンフンと、彼が名誉音楽監督を務める東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) である。このブログでもこのコンビの演奏を数々紹介して来たが、改めて思うことには、彼らの演奏は東京の音楽界においても揺るぎない地位を保つに相応しいもの。今回 3回に亘って行われた同一プログラムによる演奏会の最後のものを聴けた私は、本当に幸運であったと思うのである。その曲目は以下のようなもの。
 モーツァルト : 交響曲第 41番ハ長調K.551「ジュピター」
 ベルリオーズ : 幻想交響曲作品14a

なるほど、アポロンの申し子モーツァルトの最後のシンフォニーと、フランス・ロマン派の寵児の爆裂作品、しかもいずれ劣らぬ西洋音楽屈指の人気曲の組み合わせである。だがそれにしてもその対照はかなりのもの。その対照的な曲を、いずれ劣らぬ見事な演奏で聴かせたチョンと東フィルのコンビには、心からの賛辞を捧げたい。これは昨年のこのコンビの演奏会終了時の様子。
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まず最初の「ジュピター」は、コントラバス 4本の小編成ながら、冒頭から重めの音が鳴る。チョンの指揮はいつも、決然たる部分は強く、柔和な部分は優しく響くのであるが、さしずめこの曲の冒頭などは、テンポまで含めたその対照の妙が際立つ音楽なのである。そうこうするうちに音楽は疾走を始め、そしていつものように熱を帯び始めた。このように書いていても、言葉が届かないもどかしさをどうすることもできないのだが、それは生演奏ならではのスリリングな瞬間の連続であり、耳を澄ますほどに、微妙なニュアンスがしっかりと音になっていることに感嘆する。このような古典派の音楽でもチョンは、毎度のことながらヴァイオリンの左右対抗配置は取らず、ヴィブラートも過度にならない程度にかけられている。そして、暗譜で、かつ指揮棒を持って指揮する彼の姿は、流行りのスタイルなど関係ない、確固たる彼自身の信念を示していて、実に清々しい。その一方で、両端楽章を含めたスコアの指定する反復を、多分すべて行っていたのではないだろうか (この点について確信のある方、この理解が正しいか否かご教示下さい)。これらの点はすべて、ただ教条的に原典主義を採るのではなく、音楽の流れや表現力に依拠した自然なものであり、素晴らしい説得力が感じられるものであった。この曲の終楽章のフーガは、聴くたびに本当に日常のストレスを忘れて蘇ったようになれる稀有なる名曲であるが、様々に入り組んだ音が絡み合い、しかも混沌とせずに秩序を常にたたえている演奏に巡り合うのは存外に少ないこと。今回のチョンと東フィルの演奏は、そのような稀有な演奏に分類できるものであった。

そして後半の幻想交響曲は一転して、怪奇な情念と皮肉な笑いが交錯する大曲。ここでチョンはコントラバス 10本という大編成を総動員して、最初から最後まで勢いの衰えない、骨太な音の絵巻を繰り出すことに成功した。そして興味深いことには、ここで彼は、前半のモーツァルト演奏と異なり、どの楽章でも繰り返しを行うことなくに突き進んだのである。以前も書いたことがあるが、この曲では第 1楽章の反復を省略するケースは昨今かなり少なくなっているように思うのだが、今回その反復がないことに、揺るぎない指揮者の確信を聴き取ることができたように思う。加えて、第 1楽章からアタッカで休みなく第 2楽章に続いたのを聴いて、より一層その思いを強くしたものである。ここで音楽は常に推進力を持って、音楽的情景を描いて行ったのである。そして、第 3楽章前半の野原の風景の清澄さから後半の不気味さに移るところも見事なら、第 4・第 5楽章での猛烈な追い込みもまた、チョンならではの、まるで焼けるような集中力を持ったもの。それにしても東フィルは、チョンのちょっとしたテンポの動きにも食らいついていくだけの技量のあるオケである。そう、この指揮者とオケならではの個性が刻印された、見事な演奏であった。

今回プログラムで、面白いことを 2つ知った。ひとつは、既に創立 100年を超えたこの東フィルが、これまでの歴史において、定期演奏会で演奏してきた曲としては、実はこの幻想交響曲が最多であること。そして、今回の対照的な曲目に、実は共通点があるということ。幻想交響曲の終楽章で鳴り響くのがグレゴリオ聖歌の「怒りの日」であることは音楽ファンにとっての常識であるが、実は「ジュピター」の終楽章で聴かれる、いわゆるジュピター音型 (モーツァルトが、交響曲第 1番をはじめ、若い頃から何度も使用した音型) も、グレゴリオ聖歌に由来するものとされているらしい。それは知らなかった。この 2曲においては、そのような原初的な神秘性が共通点になっているということであろう。西洋音楽の奥深さを実感する。これはグレゴリオ聖歌の譜面。
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さて、また冒頭の話題に戻るが、東京のオーケストラ界において確固たる地位を持つこのチョンと東フィルのコンビであるが、4月以降に始まる新シーズンにおいても、3つのプログラムが用意されている。だがこれは、ちょっと普通でないくらい豪華なラインナップだ。1つはベートーヴェンの「フィデリオ」の演奏会形式、2つめは、姉のヴァイオリニスト、チョン・キョンファとブラームスのコンチェルトで共演、そして 3つめは、マーラー 9番である。うーん。すごい。やはり東京におけるオケ同士の競争から、東フィルとしても、ちょっと思い切ったことをしてみようということになったものだろうか。ファンとしては嬉しい悲鳴なのであるが、聴く人たちの人生すら変えてしまうほどの名演を期待したいものである。
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by yokohama7474 | 2018-01-28 22:43 | 音楽 (Live)