川沿いのラプソディ


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準・メルクル指揮 東京都交響楽団 (チェロ : エドガー・モロー) 2018年 2月10日 サントリーホール

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この二週間近く、コンサートにはあまり行く機会がなかったので、私としても少々オケの音が恋しい (?) と思っていたのであるが、その渇を癒すには最高のコンサートに出かけることとなった。今回登場したのは、1959年生まれ、ちょうどこのコンサートの翌日に 59歳の誕生日を迎えるドイツの名指揮者、準・メルクルである。
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ドイツ人とはいっても、その名前と外見から分かる通り、ドイツと日本のハーフ。父がドイツ人、母が日本人である。このブログでは既に、彼の指揮するオペラやオーケストラコンサートの記事を何度か採り上げてきたが、今回は最近好調の東京都交響楽団 (通称「都響」) の指揮台にデビューを果たす。実はこの都響は通常、毎月のコンサートを 1冊のプログラムにまとめているのであるが、どうしたことか、今年は 1月と 2月で併せて 1冊になっている。1月の都響といえば、音楽監督の大野和士との組み合わせの演奏会をこのブログでも何度か紹介した通り、大変に充実した活動であったが、2月は 2月で、本来なら 1冊になるべきところ、何ゆえ 2ヶ月で 1冊なのであろうか。これは異例な事態。そもそも題名が「月刊 都響」なのに、これでは月刊にならないではないか。
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実はその答えは、都響の活動自体にある。このオケは今月後半、4/21 から 4回に亘り、東京二期会の公演でワーグナーの「ローエングリン」を演奏する。その準備に多くの時間を割かれるのであろう。実際に都響のサイトで今月の予定を見てみると、1度だけファミリーコンサートが入っている以外は、今回が唯一の演奏会なのである。メルクルとオペラを共演するにあたって、まずはオーケストラコンサートで顔合わせとは、賢明な方法である。しかも曲目がなかなかよい。
 メンデルスゾーン : 序曲「フィンガルの洞窟」作品26
 ドヴォルザーク : チェロ協奏曲ロ短調作品104 (チェロ : エドガー・モロー)
 シューマン : 交響曲第 3番変ホ長調「ライン」作品97

いわゆる、序曲、協奏曲、交響曲という、古典的な配列の曲目であり、いずれも天下の名曲。そして私が注目するのは、いずれも作品もプレ・マーラー時代のものであるということ。過去に何度か、このオケの最近の演奏がポスト・マーラーの交響作品に重点があるように思っていると書いた私としては、プレ・マーラー作品の演奏が、このオケのさらなる発展においては大事であろうと思うのである。その意味ではこの曲目を演奏するには願ってもない指揮者であろう。メルクルは、もちろんマーラーやフランス音楽や細川俊夫のような現代音楽も得意としてはいるが、そのレパートリーにおいて前期ロマン派は重きをなしているからだ。ドイツ人とは言っても、決して鈍重になることのない彼の指揮は、シューマンやメンデルスゾーンに適しているものと思う。

実際、その期待を十二分に満たす高水準の演奏を聴くことができ、素晴らしい体験となった。メルクルは日本では NHK 交響楽団や水戸室内管との共演が多いが、最近では新日本フィルや読売日本響も指揮しており、そして今回の都響に続き、3月には学生オケまで指揮することが決まっている。恐らくはそれだけ日本のオケの水準に満足していることと思うのだが、その彼にしても、今回の都響の反応は、かなり満足できるものであったのではないか。この種のレパートリーで重要な、中音域の充実と弦楽器の個々のパートのブレンド具合、また管と弦を問わず、曲想に応じて積極的に前に出て来る呼吸のよさなど、いずれも見事なものであった。例えば最初のメンデルスゾーンでは、気負いなく始まったスコットランドの寒風吹きすさぶ淋しい風景の描写に、徐々に情緒が加わって行くさまは、この作品が、ただ風景を音にしただけでなく、自然の中の人間の姿を描いているものであるという感慨を抱かせるものであった。これがフィンガルの洞窟であるが、私はこの場所に行くための船を予約し、埠頭まで辿り着いたのであるが、とある理由で船に乗ることができずに、大変悔しい思いをしたことがあることは、確か以前にも書いたので詳細は省略するが、やはり行ってみたい、フィンガルの洞窟。
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2曲目のドヴォルザークのコンチェルトでソロを弾いたのは、1994年生まれと未だ大変若いフランス人チェリスト、エドガー・モロー。2009年にロストロポーヴィチ・コンクールで「最も将来性のある若手奏者」賞、2011年のチャイコフスキー・コンクールでは 2位というから、10代から活躍しているわけだ。
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彼のチェロは、特別に個性的ということでもないのだが、なんとも言えない流れのよさを感じた。もちろんドヴォルザークのコンチェルトはチェリストにとっては主食のようなもので、隅々まで知り尽くしているであろうから、若いとは言っても演奏上の不安などかけらもない。郷愁をたたえたメロディを、過度に感傷的になることなく力強く弾き終えたこの若者は、やはり只者ではないだろう。アンコールはバッハの無伴奏組曲第 3番からのサラバンド。どんな若いチェロ奏者でも、この曲を弾くときには空気の凝縮度がぐっと締まるのであるが、今回ももちろん、心地よい緊張感であった。

後半はシューマンの「ライン」であるが、これもメルクルならではの透明感と推進力を併せ持つ名演となった。シューマンのシンフォニーは鳴りにくいとよく言われるが、実際に私も、有名な指揮者が振ってもうまく行かないケースを実演で何度か体験している。だが今回の演奏では、非常に丁寧な指揮ぶりでありながら、オケの主体性を邪魔しないメルクルの手腕が鮮やかに生きて、とても都響と初顔合わせとは思えない、息のあった演奏となった。例えば第 3楽章は、短い間奏曲のような楽章であるが、冒頭の木管からしてニュアンス豊かであり、弦が緩やかなリズムで進むところも、その牧歌性が巧まずして現れており、シューマン独特のロマン性が立ち昇るようであった。かと思うと終楽章では前に進む力も充分で、音が粘ることなく、シューマンなりのクライマックスを演出していた (だが実はこの曲のクライマックスは、マーラーの「巨人」のそれにヒントを与えたわけで、充分情熱的だ)。メルクルは、最初のメンデルスゾーンとこのシューマンでは譜面台も置かずに暗譜で指揮したが、決して力むことがないのがよい。楽章の間ではオケに向かって軽く礼をする点なども、半分日本人ということに由来する礼儀正しさかもしれないが (笑)、決して卑屈ではなく、自然な仕草で、これも気持ちのよいものであった。これは、この曲のタイトルとなっているライン川。もっともこれは標題音楽ではなく、「ライン」のあだ名も作曲者によるものではないようだが、やはりこの地域の街が持つ雰囲気に触発されて書かれたものだと言われている。
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さて、このように最初から相性のよいところを見せたメルクルと都響、果たして「ローエングリン」がどうなることか、楽しみである。

by yokohama7474 | 2018-02-11 00:50 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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