パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団 (ヴァイオリン : 樫本大進) 2018年 2月17日 NHK ホール

e0345320_09514649.jpg
NHK 交響楽団 (通称「N 響」) とその首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィによる今月の定期演奏会の 2演目めである。N 響は時折、定期演奏会用にもチラシを作ることがあるが、今回がそのケースで、上で見る通りの、花をあしらった、カラフルだが決して派手ではないものが作成された。ここには、「飛翔と安らぎのためのフランス音楽」とある。そう、今回のプログラムはすべてフランス音楽である。詳細は以下の通り。
 デュリュフレ : 3つの舞曲作品 6
 サン=サーンス : ヴァイオリン協奏曲第 3番ロ短調作品61 (ヴァイオリン : 樫本大進)
 フォーレ : レクイエム作品 48

うーん、これはなかなかに凝った曲目である。だが NHK ホールの客席は、いつにも増して混雑している。これはなかなかに素晴らしいことではないか。もしかすると、ベルリン・フィルのコンサートマスターであり、一般の知名度も上がってきている樫本大進がソロを取ることがその一因であったかもしれないが、彼が弾いたコンチェルトの前後には、ドビュッシーやラヴェルとは異なる持ち味の作曲家の作品が配されている点、ヤルヴィの工夫が見られたと思う。
e0345320_09075103.png
そういうことなので、まずは樫本の弾いたサン=サーンスのコンチェルトについて語ろうと思う。カミーユ・サン=サーンスはもちろんフランスの大作曲家だが、以前も書いた通り、その幅広い作曲活動の全体像を我々がよく知っているとは言い難い。つまり、交響曲、管弦楽曲、ピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲、室内楽、オペラとそれぞれの分野で、少数の作品が知られているだけで、しかも、必ずしもそのクオリティが常に高いという評価になっているとは思われない。だがそれでも何曲かは音楽史上に残る傑作とされていて、ヴァイオリン協奏曲ではこの第 3番のみがそれにあたる。大変ドラマティックで、ヴァイオリンの華やかな技巧を楽しむことのできる名曲だと思う。あの「ツィゴイネルワイゼン」の作曲者として有名な 19世紀の大ヴァイオリニスト、パブロ・サラサーテのために書かれ、彼に献呈されている。さて今回の樫本のソロは、ひとつひとつの音に確信を持って、太い一筆書きのように前に進んで行くような印象だ。情熱の表出はもちろん充分であるが、そこにはまた、音楽的情景の移り変わりを巧まずして描き出すだけの計算もあったように思う。やはりこの人は、あの天下のベルリン・フィルのコンサートマスターとして日々研鑚を積むことで、その結果をうまくソロ活動に活かしているように思われる。ただ正確に弾く、あるいは美麗な音で弾くということではなくて、どうすれば曲の持ち味を聴衆に伝えることができるか、そのことを常に考え、自然にからだが動くようになっているように思う。なのでこのように時折日本の舞台でソロ活動を展開してくれることは、我々日本の聴衆にとっても意義深いことだと実感するのである。今回彼はアンコールを弾かなかったが、それも一見識であると思う。

さて、そのサン=サーンスの前後に演奏された曲であるが、最後のフォーレのレクイエムは有名曲であるものの、最初のデュリュフレの曲を知っている人がどのくらいいるだろうか。かく申す私も、今回演奏された 3つの舞曲という曲は、全く未知であった。調べてみると、かつてジャン・フルネがオランダ放送フィルを指揮した録音が出ていたようだ。私はそのコンビでのフランス音楽の CD を何枚か持っているので手元で調べてみたが、この CD は所有していないことが分かった。現在入手困難。ほかの収録曲は、イベールの「寄港地」と、ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」による交響曲である。
e0345320_09361202.jpg
モーリス・デュリュフレ (1902 - 1986) という作曲家、一般にはそれほど知られていない名前かもしれないが、彼の代表作はレクイエム。そのレクイエムが有名であるのは、同じフランスの先輩作曲家であるフォーレのそれと近い楽器編成、曲の構成を持っており、そして古雅な雰囲気でも共通するからである。そう、今回のヤルヴィと N 響の演奏会の最初と最後の曲目は、その点でつながりがあるわけだ。これがデュリュフレの肖像。
e0345320_21510005.gif
この人はもともとオルガン奏者で、実はプーランクのオルガン協奏曲の初演者でもある。生涯で出版された作品はたったの 14曲であるが、レクイエム以外の作品の演奏を聴くことは極めて稀だ。今回演奏された 3つの舞曲も、上記の通り録音も少なく、私自身も今回初めて聴いた。文字通り 3曲の舞曲からなる 20分ほどの曲であるが、レクイエムの静謐なイメージからはかなり異なるもので、特に 3曲めではタンブーランという太鼓が活躍し、そのリズミカルな音型が楽しいし、またサクソフォーンまで入るというモダンぶりなのである。この作曲家の知られざる一面を知ることとなったわけだが、N 響の、特に木管楽器は、この耳慣れない作品を見事な緊密度で音にしていて、素晴らしいと思った。

そして、最後は名曲、フォーレのレクイエム。ここではヴァイオリンや管楽器の活躍は非常に限られていて、オケにおいては中音域から低音域の弦楽器が多くの場面で音楽を牽引する。また、デュリュフレのレクイエムも同じなのであるが、ここには通常のレクイエムでは劇的に盛り上がる「怒りの日」が含まれていない。それだけ静かで古雅なレクイエムであるということである。ヤルヴィと N 響はここでも曲の持ち味にふさわしく、決して前のめりになることはない美しい音と絶妙の呼吸をもって、この美しい曲を演奏した。だが、若干残念であったのは、合唱と独唱。合唱は東京混声合唱団 (今回は児童合唱やボーイソプラノはなし) であったが、弱音の美感には、さらなる改善が可能ではなかっただろうか。ソプラノの市原愛、バリトンの青山貴も、危なげはないものの、心の奥まで染み渡る声という次元には、残念ながら至らなかったと思う。実はこの日のバリトンは、アンドレ・シュエンというイタリア人歌手が予定されていて、この人は 2014年にニコラウス・アーノンクールがウィーンのアン・デア・ウィーン劇場でモーツァルトのダ・ポンテ三部作を演奏した際にすべて出演し、フィガロ、ドン・ジョヴェンニ、グリエルモを歌った人だというので楽しみにしていたが、どうやら前日の演奏会では歌ったものの、この日は体調不良で突如キャンセルしたようだ。実際、コンサート会場で配られたプログラムにも、代役を示す紙片は挟まっておらず、会場に表示があったのみ。つまりはそれだけ土壇場でのキャンセルであったのだろう。実は私も演奏前にはそれを知らず、歌手が舞台に登場したのを見て、どうもバリトン歌手がイタリア人には見えないなぁと首をかしげたものであった (笑)。それから、もうひとつ個人的な感想を述べると、合唱・独唱の中で、譜面を見ながら歌ったのは、急遽代役で登場した青山のみ。だが、このような静謐な宗教曲は、やはり譜面を見ながらの歌唱がふさわしいのではないか。つまり、オペラであれば舞台で暗譜は当たり前であり、その延長で考えれば、宗教曲であっても、人間的なドラマ性に溢れた曲なら (例えばベルリオーズとかヴェルディのレクイエム)、暗譜でもよいかもしれない。だがこの曲には激性はなく、ただひたすら奏者自身の内面と向き合うような要素によって成り立っている。何も暗譜で歌う必要はなかったのに・・・というのが、私の率直な感想である。

だが、ともあれこのような意欲的なプログラムをどんどんこなしているヤルヴィと N 響には、今後も大いに期待が募る。あ、そうそう。今回のプログラムが凝っているという点をもうひとつ挙げよう。デュリュフレとフォーレが、レクイエムという共通項でつながるのは上述の通り。では、サン=サーンスとデュリュフレは? 実は、デュリュフレがパリ音楽院でオルガンを習ったのは、サン=サーンスの弟子であるユジェーヌ・ジグーという人。つまりデュリュフレはサン=サーンスの孫弟子ということになる。それでは、サン=サーンスとフォーレは? 実は 1871年、ともにフランス国民音楽協会の設立メンバーなのである (年は、サン=サーンスが 1835年生まれ、フォーレが 1845年生まれと、10歳差)。それだけではない。なんと、ともにパリのマドレーヌ寺院のオルガニストを務めているのである (サン=サーンスが 1858年から 1877年まで。フォーレは 1896年から 1905年まで)!! このマドレーヌ寺院では、フォーレのレクイエムの最初の版が初演されている。なるほど今回の演目には、そのような相互のつながりがあったのか。マドレーヌ寺院は、もともとはナポレオンの命によってフランスの戦没者を悼む建物として造営されたギリシャ神殿様式の教会。パリでは結構素通りしてしまうことが多いが、次回訪れたときには、この場所でフランス文化史に思いを馳せてみたいと思う。
e0345320_22320807.jpg

by yokohama7474 | 2018-02-18 22:34 | 音楽 (Live) | Comments(2)  

Commented by エマスケ at 2018-02-19 18:25 x
こんにちは。
久しぶりにお邪魔させていただきます。

このプログラム、私は16日の公演に行きました。
1階席が手に入らず、2階席からの鑑賞となりましたが、珍しく後方まで満席。
ロビーで漏れ聞こえる会話から、樫本大進さんを聴きにいらした方が多かったようです。
私は彼の演奏を何度も聴いたわけではありませんが、やはりベルリン・フィルに移られてから音が変わったと思います。
楷書で書いたような、というかラインが明確になったような気がします。

レクイエムもしみじみと聴いてしまいました。
私は合唱については要求水準が高くはないのかもしれません(笑)。
ソプラノがちょっと不安定なのは残念だったものの、こちらも代役のバリトン(甲斐栄二郎さん)は健闘していました。

N響は、2月、3月とヤルヴィが意欲的な取り組みを続けますね。
楽しみです。
Commented by yokohama7474 at 2018-02-19 21:22
> エマスケさん
コメントありがとうございます。あ、バリトンはやはり初日も代役だったのですね。初日はもともと予定されていた歌手だったというのは、では、私が小耳に挟んだフェイク・ニュースだったわけですね。情報ありがとうございます。ヤルヴィと N 響の今週のサントリーホール公演はまた、ある意味で究極のプログラムなので、楽しみですね。

<< 細川俊夫 : 歌劇「松風」(指... ダークタワー (ニコライ・アー... >>