川沿いのラプソディ


川沿いの住まいから、音楽、美術、映画その他文化一般を語りつくします。
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パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団 (ヴァイオリン : 諏訪内晶子) 2018年 2月22日 サントリーホール

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今月の NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の定期演奏会の 3演目め、サントリーホールでの公演である。今月の N 響定期は、世界で飛ぶ鳥を落とす勢いの首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィのもと、大変に意欲的なプログラムが組まれているが、振り返ってみると、最初がマーラーの大曲第 7番。2つめは、珍しい曲を含むフランス音楽プロ。そして今回の演奏会は、ちょっとびっくりするような意外な組み合わせによってできている。
 武満徹 : ノスタルジア - アンドレイ・タルコフスキーの追憶に (ヴァイオリン : 諏訪内晶子)
 武満徹 : 遠い呼び声の彼方へ! (ヴァイオリン : 同上)
 ワーグナー : 楽劇「ニーベルングの指環」管弦楽曲集

うーむ。静謐で漂うような武満の曲を、しかも 2曲続けたあと、休憩を挟んで、ワーグナーの壮大な代表作を演奏する。これは非常に大胆な試みであるが、だがまあ考えてみれば、後半に「指環」の抜粋を持ってくる場合、前半には、大体 30分程度の作品になるだろうから、ワーグナーとは毛色の違った作品を置くという発想は、確かにあってもよいように思う。しかも今回面白いのは、その武満の 2曲にはいずれもヴァイオリンのソロが入り、そのいずれもを、諏訪内晶子が弾くということだ。
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諏訪内はもちろん日本を代表するヴァイオリニストで、このブログでも何度も彼女の演奏に触れている。ポピュラー名曲をこなす一方で、現代音楽にも積極的に取り組んでいる点、知名度に安住しない真摯な音楽家であると言ってよいだろう。今回演奏された 2曲は、いずれもオーケストラをバックにヴァイオリンが独奏を務める作品で、最初の「ノスタルジア」が 1987年の作品、次の「遠い呼び声の彼方へ!」は 1980年の作品。つまりは、1980年代、50代に入った武満が、あの夢の中を漂うような音楽のスタイルを確立してからの作品で、曲の持ち味には共通点がある。ただ違うのは、前者が小規模な弦楽合奏だけをバックにするのに対し、後者はフルオーケストラをバックにする点だ。オケの配置は、いつものヤルヴィ流のヴァイオリン左右対抗配置だが、ここでいつもと違ったのは、ヤルヴィが指揮棒を持たずに指揮したことだ。ヤルヴィは恐らく、日本で N 響を指揮する際に、この国が輩出した偉大なる作曲家の作品を演奏することをひとつの楽しみとしているのではないか。確かにこのような音楽には指揮棒なしという方法は意味があるように思う。諏訪内の、深く歌いまた舞い上がる、表現力豊かなヴァイオリンが、オケの流れるような音楽と一体になって、武満サウンドをホール内に響かせていた。そういえば、諏訪内は武満の「遠い呼び声の彼方へ!」を以前 N 響と録音していたことを思い出した。2001年に、このオケが世界的に売り出しをかけるために英国の名門レーベル、デッカに録音した、チャイコフスキー 4番をメインとした CD。指揮は・・・残念ながらまたその音楽を聴ける日が来るのか否か現時点では分からない、シャルル・デュトワであった。
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叙情溢れる 2曲のあとにはヴァイオリンのアンコールは演奏されず、そして休憩を経て、後半のワーグナーに入った。彼の超大作、4部からなる楽劇「ニーベルングの指環」については、このブログでも何度も触れてきたのであるが、とにかく日本では、世界のどこにも負けないのではないかと思われるほど、大変な人気なのである。今年は 4月にも、ピエタリ・インキネン指揮の日本フィルが、やはりこの「指環」の抜粋を演奏する予定になっているが、そちらは名指揮者ロリン・マゼールが編曲した版で、4部作の順番に沿って音楽をダイジェストにした、切れ目がないものになるはず。だが今回のヤルヴィ / N 響の演奏はまたユニークで、このような内容であったのである。
 1. 「ワルキューレ」から「ヴォータンの別れと魔の炎の音楽」
 2. 「ワルキューレ」から「ワルキューレの騎行」
 3. 「ジークフリート」から「森のささやき」
 4. 「神々のたそがれ」から「ジークフリートの葬送行進曲」
 5. 「神々のたそがれ」から「夜明けとジークフリートのラインへの旅」
 6. 「ラインの黄金」から「ワルハラ城への神々の入場」

これら 6曲は、切れ目なしに連続してではなく、1曲ごとに休止を置いての演奏であったのだが、このオペラをよく知っている人は、一目でこの選曲がユニークであることに気づくであろう。まず、演奏の順序が全曲の順序と違う。4曲の順番は、① ラインの黄金、② ワルキューレ、③ ジークフリート、④ 神々のたそがれ、である。だから、最後に「ラインの黄金」が来ていることだけでも、大変奇異なのである。だが、さらに注意深く見てみよう。この並びは決してバラバラではなく、②③④① というもの。つまり、① が後ろに回っているだけで、もしこれがグルグル循環して演奏されるなら、順番としてはおかしくないことになる。ライン川が最初と最後に出て来るこの 4部作、その意味では、水の流れのように果てなく続く循環構造に近いとも解釈できよう (実は前半の武満の 2曲も、水に関係するイメージを持っていて、その意味ではこのプログラムは非常に巧妙なもの)。だが、さらにさらによく見てみると、やはり妙な点がある。② の「ワルキューレ」から 2曲、④ の「神々のたそがれ」から 2曲演奏されているが、それぞれの楽劇の中では、これら 2曲の演奏の順番は逆である。つまり、「ワルキューレ」においては、「ワルキューレの騎行」「ヴォータンの別れと魔の炎の音楽」の順だし、「神々のたそがれ」においては、「夜明けとジークフリートのラインへの旅」「ジークフリートの葬送行進曲」の順なのである。そのように、この演奏における曲の組み合わせには、ちょっと特殊なものがあるかに思われたのだが、よく考えてみると、「指環」の中で、オーケストラコンサートのレパートリーとして知られる曲は、ほとんどこれで網羅されているではないか。ここにないのは、「神々のたそがれ」の終曲くらいかと思うが、実は、1曲目は「ワルキューレ」の、6曲目は「ラインの黄金」の、それぞれ終曲であるから、そこに「神々のたそがれ」の終曲まで入れてしまうと、4作のうち 3作のエンディングが入ってしまって、さすがにそれはちょっとバランスを欠いてしまうだろう (笑)。そして、実際に聴いてみると、この 6曲の流れは意外によくて、例えば、1 のあとに 2 を演奏するなんて、今まで考えたこともなかったけれど、ご存じの方は一度頭の中で音を鳴らしてみて頂きたい。結構いけますよ、これ。あるいは、4 と 5 を、原曲通り、5 - 4 の順で演奏すると、何か座りが悪くなってしまう気がするので、4 - 5 の順は意外とスムーズなのだ。それから、2 と 5 は、全曲の中では終結部はなく次の音楽に続くので、今回はオリジナルとは異なる終結部が演奏された。それによって、ここでのヤルヴィの意図が、4部作の抜粋を切れ目なしに延々と続けるのではなく、それぞれの曲を独立した楽章のように扱い、そのバランスと、音楽の推移を楽しむということにあったのだと気づくのである。
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演奏自体は、高い能力を持つヤルヴィと N 響のことだから、悪かろうはずがない。音のドラマとして、非常に充実したものであったことは間違いがない。だがその一方で、もし欲を言うなら、ちょっと洗練されすぎではないか、という気もしないではなかった。シュトラウスやマーラーを連続して演奏し、成果を挙げているこのコンビであるから、音響的には類似点の多いワーグナーでも成功すると思ったが、実のところワーグナーの音楽は、シュトラウスやマーラーに必要な洗練よりも、なんというか、より野蛮と言ってもよいような生命力が重要である。そう考えると、もっともっと極端な表情をつけ、さらに金管の炸裂を聴かせてくれる演奏の方が、よりワーグナーの神髄に近いのではないか、とも思われるのである。極端に言うと、オケの統制が乱れて崩れそうになるような、そんな暴力的なワーグナーに、人々は酔いしれるという要素があるように思うのである。だがそれは、好みの問題でもあるだろう。今回のヤルヴィと N 響の演奏が、高い水準のものであったことには間違いはないと思う。ところで今回 N 響は客演コンサートマスターを迎えていたが、それはブルガリア生まれのヴェスカ・エシュケナージ。なんとあの、アムステルダムの王立コンセルトヘボウ管のコンサートマスターで、時々 N 響に客演しているらしい。「森のささやき」では短いソロも披露したが、さすがのつややかさであった。このような人の客演が、N 響の演奏水準をさらに高めてくれることは確かだろう。
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今月のヤルヴィと N 響の 3種の定期公演は、こうしてすべて終了した。さて、これから一週間半ほどの間をおいて、このコンビはまた素晴らしいチャレンジを披露してくれる。それについて書くのは、私も楽しみなのである。そこに辿り着くまで今しばらく日数を要し、その間この川沿いブログでは、ほかのコンサートのラプソディがいくつか鳴り響くことになりますので、適宜お付き合いのほどを。

by yokohama7474 | 2018-02-23 00:38 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by とおりすがり at 2018-05-13 18:14 x
ワーグナーの曲順、個人的には「やっぱりソレ、ヘンだよ」という思いしか起こりませんでした。葬送行進曲の後にラインの旅? もう死んでるじゃないか! ラインじゃなくて三途の川かよ……という感じ。
唐突に陽転して終わる「ラインの旅」も好きになれませんね。昔フルトヴェングラーがこの編曲を使ってましたが。

マゼール版はかつて彼自身がウィーンPOを指揮した演奏をMDに録音してあるので、今も時々聴いています。よく出来た編曲だと思います。
でも、MDデッキが買い替え不能かも……
Commented by yokohama7474 at 2018-05-13 22:57
> とおりすがりさん
コメントありがとうございます。マゼール版については、その後インキネン指揮の日フィルの演奏会で触れておきましたので、よろしければご覧下さい。私も数多くの MD で貴重なライヴ録音を沢山持っていますが、確かに今後いつまで聴くことができるのか、不安ですね・・・。
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