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ミハイル・プレトニョフ指揮 東京フィル (ピアノ : 牛田智大) 2018年 2月25日 オーチャードホール

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東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) とその特別客演指揮者であるロシア人のミハイル・プレトニョフの演奏会である。このコンビの演奏会は過去に 2回、2016年 4月と 2017年 2月に記事にしていて、今自分で確認してみると、どちらも彼のことを「もともとはスーパーなピアニスト」と表現している (笑)。実は今回も同じ表現で始めようと思ったのだが、年に 1回とは言え、3回も同じ表現を使うのはいかにも工夫がない。なので、今回はそれはやめておこう。もう遅いか (笑)。
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上のチラシに、「北欧紀行」とある通り、この日は北欧の音楽。いや、より正確には、ほとんどがシベリウス (フィンランド人) の音楽に、1曲だけグリーク (ノルウェイ人) の音楽が入っているというもの。
 シベリウス : 交響詩「フィンランディア」作品26
 グリーク : ピアノ協奏曲イ短調作品16 (ピアノ : 牛田智大)
 シベリウス : 組曲「ペレアスとメリザンド」
 シベリウス : 交響曲第 7番ハ長調作品105

ここで先に、共演したピアニスト、牛田智大 (ともはる) について触れておこう。彼はテレビ出演も多いので、一般にもそれなりに知られているかと思うが、そこでのイメージは、本当に利発そうな少年というものであるだろう。こんな感じ。
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だが彼は 1999年生まれで、既に 18歳。最近は、このような立派な青年になっているのである。現在はモスクワ音楽院ジュニア・カレッジに在籍中とのこと。
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クラシック音楽の世界では、神童は時折登場する。だがその神童が年齢に応じてうまく名演奏家に成長して行くか否かは、なかなかに難しい問題がある。途中で本当に挫折してしまう人もいれば、本人は充実した演奏活動を続けていても、幼少時にはアイドルのようにチヤホヤしたマスコミが取り上げなくなる場合もあるだろう。私の持論は、神童や天才は大いに結構だが、年とともにその表現が変わり、常にその時々の真実の音楽を聴かせてくれるような演奏家をこそ尊敬するというもの。牛田のケースは、幸いなことに素晴らしいピアニストに成長していると思うのだが、それについては以下でまた触れよう。

今回は本番に先立って行われる最終リハーサルを見学することができたので、その様子を少し書いておきたい。15時からが本番であったところ、リハーサルは 12時からで、まず 30分、その後 10分程度の休憩を挟んでさらに 30分というものであった。演奏者たちはラフな格好であり、また、このプログラムは既に 2日前にサントリーホールで一度演奏していることもあってか、開始時点の雰囲気は比較的和やかなもの。最初はシベリウス 7番であったが、冒頭、指揮者の開始指示をティンパニ奏者が見落としていたらしいハプニングもあったが、笑いの中で再度スタートした音楽は、いやこれは実にニュアンス豊かな素晴らしいもの。結局プレトニョフは、途中オケを停めたのはほんの数回のみであり、一部の箇所でのアクセントを確認する程度で全曲をスムーズに演奏し終えた。そして、コンサートマスター (三浦章宏...この人は三浦文彰のお父さんなんですね!!) の提案で、アンコールを練習した。今回聴衆に開放された席は 1階後方で、ステージ上の言葉はほとんど聞こえなかったが、この「アンコール」という言葉ははっきりと聞こえた。なんとこの日は定期演奏会なのに、アンコールがあるのか。そして始まった練習で演奏され始めたのは、なんとも楽しい曲。恐らくはシベリウスの音楽のようだが、聞き覚えのない作品であった。アンコールだからもちろん短い曲で、ここでは全曲の通し演奏のあと、終結部の着地をもう一度確認していた。そして休憩後のグリークのコンチェルトの練習は、第 1楽章 (今回はティンパニも大丈夫) と第 3楽章のほとんど。もともとスーパーな (あ、言わない約束でしたが、まあいいか) ピアニストであるプレトニョフは、何度か牛田に確認を求め、若い牛田は、練習中は譜面を見ていないものの、ちゃんとピアノの中にそれを置いていて、プレトニョフから問いかけがあるたびに慌てて譜面を取り出しては該当箇所をチェック、何やら書き込みをしていた。リハーサルはそれから、「ペレアスとメリザンド」の一部をちょっとさらっただけで終了した。

さて本番である。まず最初の「フィンランディア」はもちろん、シベリウスの全作品の中でも恐らく最も有名なものであろう。1900年に初演されている。この曲の冒頭は重く暗い音楽だが、それは当時フィンランドを支配していたロシアの圧政を表しており、曲はフィンランドの人たちの闘争と最後の勝利を描いている。ロシア人であるプレトニョフがロシアの圧政からの独立を描く曲を指揮するというのは、その点だけ取ってみれば奇異かもしれないが、これは 100年以上前の作品で、特定の場所での出来事と切り離して、名曲を名曲として味わえばよい。この演奏、冒頭部分が通常よりもかなり遅いテンポで重苦しく演奏され、曲調が明るくなっても、それほど疾走感はなかったが、常にヒューマンな味わいが継続し、音楽的ドラマをダイナミックに演出していた。

そして牛田をソロに迎えてのグリークのピアノ協奏曲であるが、これもまた素晴らしい演奏。そもそもこの曲は、少しムード音楽風に受け取られているきらいはないだろうか。だが私は、未だに聴くたびにその素晴らしい北欧の空気感と、純粋に音楽的なドラマ性に感動するのである。そして今回の牛田の演奏は、打鍵の力強さが際立つ美しい演奏で、緩急は自在だし、叙情と迫力が両立していて、本当にいつまでも耳を傾けていたいようなものであった。上で神童云々と言ったが、今回の牛田の演奏で感じたことには、彼はきっと世間のプレッシャーをむしろ楽しむくらいの自由さを持つ人であり、こういう人は立派に神童から天才に脱皮するのだと思う。例えば、第 1楽章最後にカデンツァがあるのだが、その部分はまるでジャズを聴いているかのような気がしたものだ。ジャズとはもちろん、孤独ではあるがまた自由でもあることにその価値があるわけで、クラシックの音楽家にとっても学ぶところが多々あるはず。主張のはっきりした今回の牛田の演奏を聴いていると、例えばこれから世界的なコンクールの制覇を目指したりなどするよりは、このまま地道に、聴衆にストレートに訴えかける音楽を続けてくれる方がよいように、私は思うのだがいかがだろうか。そして彼が弾いた抒情的な音楽は、これもやはりシベリウスの「もみの木作品75-5」。叙情的ないい曲で、しっかりしたタッチの素晴らしい演奏だった。この曲は確か以前、舘野泉の録音で聴いたことがある。フィンランドのイメージのジャケット。
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次の「ペレアスとメリザンド」は、もちろんあの世紀末ベルギーの象徴派詩人メーテルリンクの戯曲を音楽化したものである。ドビュッシーのオペラ、フォーレの劇付随音楽 (による組曲)、シェーンベルクの交響詩と、名作曲家たちに様々な形態で採り上げられたが、このシベリウスのものは、劇付随音楽をもとにした組曲。知名度はともかく、決して演奏頻度が高い曲とは言えないが、プレトニョフと東フィルは、実に丁寧に美しく全 9曲を演奏した。1曲あたりの演奏時間は短いので、曲間を空けずに続けて演奏していたが、後半になるとプレトニョフは指揮棒を置き、素手での指揮に切り替えた。そしてオケはそれに敏感に反応し、本当に繊細で流れのよい音楽を奏でたのである。これは、原作の「ペレアスとメリザンド」の挿絵から、有名な泉の場面。
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そして最後のシベリウス 7番であるが、このような音楽をどのように表現すればよいのか。20分ちょっとの単一楽章の交響曲であるが、そこに盛り込まれた驚くべき音の多様さを、美しくも力強く表現し尽した名演であった。これはシベリウスの書いた最後の交響曲で、作曲者渾身の傑作であることは確かだが、よく知られている通り、シベリウスはこの曲を発表した 59歳の時点から、ほとんど作曲をせずに優に 30年以上を生きたのである。その沈黙は音楽史上の謎とも言われるが、たった 20分と少しの長さの曲に、万華鏡のように色彩豊かな音を凝縮して散りばめることができたのだから、もうこれ以上やることはないと思っても仕方ないのかもしれないと、今回の演奏を聴きながら考えていたものだ。これは晩年のシベリウスの肖像。
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そして、プレトニョフの聴衆へのアナウンスのあと、予定通りアンコールで演奏されたのは、やはりシベリウスの「ポルカ」で、これは「かわいらしい組曲」という曲集の中の 1曲であるらしい。弦楽合奏にフルート 2本の演奏だが、弦楽器群は、滔々と旋律を弾くと思えばピツィカートでリズムを刻んだり、結構忙しい。コンマスの三浦さん以下、楽しそうに演奏して、リハーサルで繰り返していた最後の着地も見事でしたよ。シベリウスは、有名な数々の交響詩以外にも夥しい数の管弦楽曲を作曲しており、それらの多くは私にとって未知の曲。まだまだ奥深いクラシック音楽の世界なのである。BIS レーベルの大シベリウス全集のうち、Vol. 8 の管弦楽曲集 (交響曲、交響詩は除く) は 6枚組。うーん、いつかは買いたいが、今じゃないな。
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このような充実の演奏会を堪能したわけであるが、このところの東フィルの演奏レヴェルには本当に感心するし、今後も楽しみだ。一方のプレトニョフは 6月に手兵のロシア・ナショナル管を連れて来日し、これまた珍しいチェイコフスキーの歌劇「イオランタ」の演奏会形式上演を行う。私はたまたまこの曲はロンドンで、ウラディーミル・ユロフスキ指揮のロンドン・フィルで聴いたことがあるが、感動的な名曲である。今回はプレトニョフの大いなる冒険であるが、私はその日は別のコンサートに行くことになる予定で、その演奏会には残念ながら行けないのである。だが、ご興味おありの方のために、チラシを掲載しておこう。
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そのユニークな活動ぶりが東京の音楽シーンに欠かせないものとなっているプレトニョフの、スーパーな指揮ぶりに、今後も期待である。

by yokohama7474 | 2018-02-26 01:10 | 音楽 (Live)