川沿いのラプソディ


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バーンスタイン : 「ウエスト・サイド・ストーリー」(演奏会形式) パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団 2018年 3月 4日 オーチャードホール

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この演奏会の記事については、3/4 (日) の鑑賞後にその「予告編」だけアップしたが、私がしばらく留守にしている間に、なんと 100以上のアクセスを頂いた。せっかく記事を楽しみにアクセス頂いた方には、裏切りにも近い内容 (?) の記事であったことを、この場でお詫び致します。ここに改めてこの演奏会の感想を思いつくままに記そうと思う。さてこの演奏会、上のチラシにもある通り、20世紀最大の音楽家の一人、レナード・バーンスタイン (1918 - 1990) の代表作のひとつ、ミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」の全曲の演奏会形式上演である。素晴らしい指揮者として知られたバーンスタインはまた、作曲家でありピアニストであり教育者であった。今年はそのバーンスタインの生誕 100年にあたり、様々な催しが開かれるのであるが、これはその中でもかなり注目度の高い演奏会であった。これが、若き日のバーンスタインがピアノに向かって作曲しているところ。
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この演奏会が注目に値するというのは、2月定期の意欲的な 3演目をこのブログでもご紹介した、パーヴォ・ヤルヴィと NHK 交響楽団 (通称「N 響」) による演奏であるからだ。ヤルヴィの世界各地での活躍ぶりには目を見張るものがあるが、もともとエストニア出身の彼は、父がやはり著名な指揮者であることを除くと、いかなる音楽教育を受けたのであるかについてあまりイメージがなかったのである。そこで調べてみるとカーティス音楽院 (フィラデルフィア) を卒業後、ロサンゼルス・フィルのサマーコースでバーンスタインについて学んだという。今回のプログラムには、当時の写真が掲載されている。うん、鼻のかたちが確かにパーヴォである (笑)。
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それから、やはりプログラムに掲載されている今回の会場である Bunkamura のあいさつによると、「1990年 7月12日、バーンスタインはここ Bunkamura オーチャードホールでロンドン交響楽団とベートーヴェンの交響曲第 7番などを演奏、これが最後の日本公演となったのです」とのこと。このバーンスタインのロンドン響との最後の来日については、私にとっては、サントリーホールでの、当時無名の若手指揮者であった大植英次との出会いとなった演奏会が忘れ難く、そのことは、随分以前に当時の新聞記事とともにご紹介したことがある。私はそのときのオーチャードホールでの演奏会には行かなかったが、手元にある当時のプログラムの写真をここに掲げておこう。バースタインの死の 3ヶ月前のことであった。
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さて、今回の「ウエスト・サイド・ストーリー」である。このオーチャードホールにはいつも、入ってすぐのところに開演時刻、休憩時間、終演時刻の表示があるが、今回は第 1幕 60分、その後休憩 30分を経て、第 2幕は 35分とある。むむ、この作品はこんなに短かったっけ・・・と思うと、実はこの上演、セリフをカットして音楽のみを演奏する (但し、セリフに音楽がかぶる箇所は例外) 方法が取られていたのであった。そういえばヤルヴィは以前、ドイツ・カンマー・フィルとの来日公演におけるベートーヴェンの「フィデリオ」で、やはりセリフをカットして演奏していたことがあったが、あのときは俳優が語りをするという変わった方法を取っていた。今回は本当に音楽だけであり、この作品のストーリーを知らない人にとっては、ちょっとなじみにくいものであったかもしれない。だが、もちろん有名な映画にもなっている作品のこと、ストーリーを知らない人はあまり多くなかったであろうから、ひたすらバーンスタインの音楽と向き合うという意味では、このような方法も一見識かもしれない。あ、そうそう、演奏会形式であるゆえ、映画や舞台で見られるこんなダンスシーンも、今回はありませんでした。
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何でもうまくまとめる手腕を持つヤルヴィのもと、高い演奏技術を磨き上げている N 響のことだから、演奏は悪かろうわけもなく、ミュージカルにしては多分異様に難しいと思われるこの曲を、歌手も含めて全員で活き活きと再現したことは間違いないと思う。特に私が楽しんだのは、「アメリカ」とか「はいはい、クラプキー巡査」などのノリのよい曲で、ここでは歌手たちの熱演とともに、明らかにオケの高い能力も充分に発揮されていたと思う。だがその反面、例えば冒頭間もない箇所でトランペットが不安定であったり、「マンボ」あたりはちょっと真面目すぎるかなぁという思いを抱いたりして、細部における彫琢には、さらなる改善の余地があったような気もする。それから、歌手たちが出入りする舞台前面には何本かマイクが並んでいたが、PA の効果はあまり感じられず、その点がミュージカルとしてはちょっと残念なような気がした。オケの配置は、いつものヴァイオリン左右対抗配置はなく、また、チェロ 8本に対してコントラバス 4本 (通常なら 6本であるべきところ) で、軽さと敏捷さを目指したものかと理解したが、それでも時に歌手の声を飲み込んでしまっていたように聴こえた。歌手陣は、主要な役はほとんど外国人で、オペラとミュージカルの双方で活躍する人たちが多かったようだ。マリアのジュリア・ブロック、トニーのライアン・シルヴァーマン、アニタのアマンダ・リン・ボトムスら。トニー役は正直、少し不調だったようにも思われたのだが、昨年、ヤニック・ネゼ=セガン指揮フィラデルフィア管のこの曲の演奏会形式上演でも同じ役を歌った実績のある人らしい。
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ヤルヴィはインタビューの中で、「名曲ぞろいの中でも核になるのは『サムウェア』だと僕は思うので、あの曲に向かっていく感情の高まりもていねいに演奏したい」と語っているが、確かにそれはよく分かる。悲惨な現実を離れたどこか違う場所で、新しい生き方 (a new way of living) や許し方 (a way of forgiving) を見つけようというこの歌 (第 2幕の真ん中あたりで歌われる) は感動的であり、「ロメオとジュリエット」に想を得たこの作品の中において、燃え立つ憎しみを浄化するという意味合いがある。これはバーンスタイン自身が生涯を通じて表現した世界愛であり、確かに全曲の核と言ってよいだろう。私の感じた課題を上に書いたものの、でもやはりこの「サムウェア」を聴くと、胸が熱くなるのを抑えることができないのだ。だがもちろん、バーンスタインはただ優しいだけの平和主義者ではなく、冷徹なリアリストの面もあれば、かなり皮肉屋の面もあるのだ。例えばそれは、この感動的な「サムウェア」の少しあとに、不良たちの生活環境や両親の堕落、貧困というテーマを面白おかしくノリノリに歌う「はいはい、クラプキー巡査 (Gee, Officer Krupke)」が歌われることにも表れているではないか。悲惨なことを楽し気に歌うという感性は、どこかグスタフ・マーラーに通じるところがあり、それこそがバーンスタインの神髄でもあるということを、今回も思い知った次第。指揮者としての偉大な業績のみならず、昨今は作曲家としての業績がかなり評価されてきている感のあるバーンスタインは、紛れもなく 20世紀を代表する音楽家であるのだ。これは、私も若い頃に夢中になって聴いたウィーン・フィルとのベートーヴェン全集に使われていた写真。この人の人生が滲み出た、いい写真であると思う。
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今年はこれからも、バーンスタイン生誕 100年を記念する催しがいくつか予定されている。東京にいながらにして、作曲家バーンスタインについて様々に考える機会が得られるとは、なんとも素晴らしいことではないでしょうか。

by yokohama7474 | 2018-03-10 11:06 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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