アンドレア・バッティストーニ指揮 東京フィル (ピアノ : 小曽根真) 2018年 3月11日 オーチャードホール

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東日本大震災から 7年後のこの日、東京での午後のコンサートには選択肢があった。サントリーホールでは私の好きな指揮者、フィンランド人のサカリ・オラモが手兵の BBC 響とマーラー 5番を演奏する。しかも前座は、小菅優を迎えてのラフマニノフの第 2ピアノ協奏曲である。そのコンサートには、できれば本当に行きたかったのであるが、このアンドレア・バッティストーニと東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) の演奏会は、同じプログラムで 3回の演奏会が開かれたにもかかわらず、ほかの予定との兼ね合いで、私が行けるのはこの日のみ。そんなわけで、震災の犠牲者は心の中で追悼しながらも、マーラーの耽美なアダージェットではなく、内省とバカ騒ぎの組み合わせによるこちらを選んだ私であった。それだけ私はこのコンサートの曲目と演奏者に対する期待が大きかったわけである。曲目は以下の通り。
 グルダ : コンチェルト・フォー・マイセルフ (ピアノ : 小曽根真)
 ラフマニノフ : 交響曲第 2番ホ短調作品27

そう、たまたま上に思い付きで、「内省とバカ騒ぎの組み合わせ」と書いたが、そう、人間の人生に必要なことは、暗い内省だけということもなければ、明るいバカ騒ぎだけということもない。様々な要因でそれらが入れ替わり、時間が過ぎて行く。だから内省とバカ騒ぎをともに聴くことには、何か人生の深い意味を知るきっかけがあるのだろうと思う。今年未だ 31歳というイタリアの若手俊英指揮者、この東フィルの首席指揮者であるバッティストーニには、是非そのような人生の機微に気づかせてくれる演奏を期待したい。
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さて、ここで私が語るべきは、最初の曲「コンチェルト・フォー・マイセルフ」の作曲家フルードリヒ・グルダ (1930 - 2000) である。ピアニストとして 20世紀有数の存在であったグルダはしかし、ただの偏狭なクラシックのピアニストではなく、若い頃からジャズに手を染め、自ら軽妙な音楽を作曲した人であった。私がクラシックを聴き始めた 1980年頃には、「ウィーン三羽烏」という表現でまとめられた 3人のウィーン出身のピアニストの一人という位置づけであった。因みにほかの二人、パウル・バドゥラ=スコダ (1927年生まれ) とイェルク・デームス (1928年生まれ) で、90歳前後となった今でも、なんと二人とも現役であるはずだ。それに引き替え、3人の中で最も若かったグルダは、21世紀の到来を待たずして早々にこの世から退場した。
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グルダはウィーンのピアニストとして、ウィーン人から慕われ、また疎まれる存在であったようで、音楽の都などという美辞麗句ではとても表現しきれないこの魔力を持った街は、グルダの中にこそ体現していると私は思っている。私が人生で最初に聴いたベートーヴェンのピアノ協奏曲全集は、彼がホルスト・シュタイン指揮ウィーン・フィルと共演した録音 (当時最高の名盤と言われた) だったし、また、クラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルと共演したモーツァルトの 20・21・25・27番という 4曲のピアノ協奏曲は、今でもこれらの曲の私にとってのベストの演奏である。その一方、バッハの平均律は甘ったるくて聴けたものではなく、アナログレコードで聴いたアンソロジー「グルダ・ワークス」のごった煮ぶりにはちょっと拒否反応を覚えたし、「遥かな惑星の歌」などのジャズアルバムやチック・コリアとの共演も、あまりクールだとは思わなかった。ところが、彼がハインリヒ・シフのために書いたチェロ協奏曲は、とにかく面白すぎて、学生時代のこの上ない愛聴盤であったし、彼が息子のために書いた小品「パウルのために」「リコのために」も、私にとっては大事な宝物なのである。さて、そのような多面的な音楽家を実際のステージで聴くことができたのは 1993年。私が出掛けたのは、グルダ自身が新日本フィルを相手に弾き振りを務めたモーツァルトの 20番のコンチェルトと、自作の「コンチェルト・フォー・マイセルフ」であった。これが当時のチラシとプログラム。
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そう、今回バッティストーニと東フィルが採り上げた「コンチェルト・フォー・マイセルフ」は、私にとってそのような思い入れの強い曲。上記の日本での 1993年の自作自演を聴くよりも前から、1988年のミュンヘンでの世界初演の録音に加え、天下のウィーン・フィル、ベルリン・フィルを指揮して行った演奏も、FM からエアチェックしてよく聴いていたものである。バロックか古典派のような、いやそれらよりもチープに響く、でも大変に晴朗な曲想に始まり、エレクトリック・ベースとドラムを交えて音楽は時に楽しく突っ走り、特に内面的に沈静する。そう、まさにバカ騒ぎと内省が交錯する曲だ。題名の通り、以前の妻や自分自身をテーマにしているようだが、そのようなテーマを気にせずとも、人生の様々な局面の代用としての音楽に、ただ身を委ねるだけで心地よい。そしてこれはピアノ協奏曲であるからして、ソロ・ピアノが必要なのであるが、通常のクラシックのピアニストの手に余る点があるだろう。その点において、今回の人選は万全だ。クラシックもかなり弾いてはいるものの、もともとジャズ・ピアニストである小曽根真 (おぞね まこと)。
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私は以前、彼の演奏するモーツァルトなどのピアノ協奏曲を聴いたことがあるが、正直なところ、あまりピンと来なかった。その点今回は、音の進め方が遊び心と自信に満ち、エレクトリック・ベース (ポーランド人ロバート・クビスシン) やドラムス (米国人クラレンス・ベン) との呼吸も大変によく、聴いていて本当に楽しいと思ったものだ。バッティストーニも指揮棒を使わずに素手で伴奏して、ただ明るいだけでも暗いだけでもないこの曲の持ち味を、よく出していたと思う。アンコールにはピアノとエレクトリック・ベース、ドラムスの 3人で、小曽根自身の "My Witch's Blue" という曲が演奏され、喝采を受けていた。このタイトル、ひょっとしたらひょっとして、マイルス・デイヴィスの有名な "Bitches Brew" のパロディなんでしょうか。私だってこのアルバムくらいは持っていますよ。いわゆる一般常識として。
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そして後半は、このところ演奏頻度がやたら高い、ラフマニノフの 2番である。バッティストーニの熱いパッションを堪能するには恰好の曲であろう。演奏は期待通り、冒頭の低弦の蠢きから、光彩陸離の終楽章のフィニッシュまで、実に豊かな表情で展開する、誠に素晴らしいもの。指揮ぶりも大きく情熱的で、それを見ているだけでも胸が高まるのであるが、既にバッティストーニの音楽との相性のよさを獲得している東フィルのことであるから、指揮者の求める音の動きをそれぞれの奏者が自発的に解き放っていて、申し分ない。この演奏には、このコンビの個性が間違いなく刻印されていたし、オケの方々もそれを誇りに思ってしかるべきレヴェルの音楽であったと思う。ただ、もし今後さらなる高みに達すれば、バッティストーニがある瞬間に身振りを小さくすると逆に音量が大きくなるような、そんな演奏になるのではないか、と勝手に夢想してしまった (笑)。尚、これだけダイナミックな音が迸っているのに、弦楽のサイズを見ると、コントラバスは 7本である。チェロを見ると 8本、ヴィオラは 9本と、大変に変則的。それで、普段はそこまでしないのだが (笑)、行きがかり上ヴァイオリンを数えると、第 1ヴァイオリン 14、第 2ヴァイオリン 12であった。つまり、高音から低音まで順に書くと、14・12・9・8・7。通常この曲なら、16・14・12・10・8 になると思うだが、それよりも少し小型なわけである。私の勝手な理解は、この東フィルは新国立劇場でも頻繁にオペラを演奏しているので、そちらに出ているメンバーもいるからなのではないか。帰宅して調べると、この日は新国立劇場でのオペラ上演はなかったが、前日の 3/10 (土) までは「ホフマン物語」、そして 3/14 (水) からは「愛の妙薬」が演目となっていて、いずれもこの東フィルが演奏する。もともと 2つの楽団が合併してできたこのオケには、メンバーを分割した活動ができるわけで、なるほどこれが、オペラとコンサートを車の両輪とする東フィルの、日常なのである。そう思うと、今回のラフマニノフ演奏の情熱が、いっそう好ましいものと思われたことであった。

さて、東フィルの新たなシーズンは 5月から。開幕はチョン・ミョンフン指揮のベートーヴェン「フィデリオ」で、それも大変楽しみだが、バッティストーニも引き続き意欲的なプログラムの数々を指揮する。中でも 11月のボーイトの「メフィストフェーレ」は必聴だろう。彼の熱い音楽は、東京の音楽シーンに不可欠なものになっているのである。

by yokohama7474 | 2018-03-11 22:54 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

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