羊の木 (吉田大八監督)

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最近は見逃したくない映画が多くて、結構がんばって見に行ってはいるのだが、なかなか記事をアップする時間がない。この映画を含め、これから記事を書くべきものは現時点で 7本。ちょっと駆け足になると思うが、順々に書いて行くようにしたいと思っております (その一方、これから容赦ないコンサート通いが控えていることも事実なのであるが・・・)。さてこの映画、予告編を見たときから気になっていた。福井県の港町に、何やら怪しげな人たち 6人が移住してくる。彼らの共通点は・・・すべて殺人犯ということなのである。逃げ場のないこの小さな街で、彼らは一体いかなる生活を送ることになるのか。ちょっと極端な設定であるが、なかなか骨のある映画と見た。そして、実際に鑑賞してみて、決して明るく楽しく誰にでもお薦めしたい内容ではないものの、人間という存在の恐ろしさを改めて実感したいという方には、つまり文化的なものに関心ある方には、見て損はないと申し上げておこう。一方、主役の錦戸亮をおめあてにやってくる人には、この映画はちょっと難易度が高いのではなかろうか。
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テレビ、特にヴァラエティ番組を一切見ない私は、彼が何者であるかについての明確なイメージは、正直なところ、全くないのである。なにか、関西のジャニーズ系であるような、そんなことは知らないではないが (笑)、映画の世界においては、そんなことは全く関係ない。なので、ここでの彼の演技を虚心坦懐に見た私であったが、彼が繰り返す「いい町ですよ。人もいいし、魚もうまいです」のセリフは悪くないと思ったし、その基本的に受動的な行動に一種の日本的な慎ましやかさを見たことは事実。だが、これからの日本の若者は、もっと積極的であれという思いも沸々と沸いてきたのも、また一方の事実なのである。そんな中、この映画の実質的な主役はなんと言ってもこの人であろう。
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性格俳優として既に押しも押されぬ地位を確立している、松田龍平である。実際ここでの彼は、映画の不思議なテイストにぴったりの役柄であり、また演技であると思う。弱冠 16歳で大島渚の「御法度」でデビューして 19年、まだまだこれからどんなすごい境地に達するのか分からないくらいの大物であると私は思う。詳細をここに書けないのは残念であるが、この映画における彼の演技には、なにかただならぬリアリティを感じるのである。そして彼を含む 6人の殺人犯は、この写真の左上の女性 (演じるのは木村文乃) 以外の人たち。
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もちろんいずれもただならぬ雰囲気を醸し出していて、田中泯や水澤紳吾、また北村一輝も、それぞれの個性が炸裂しているし、「シン・ゴジラ」以降その演技に核が出て来た (?) かと思われる市川実日子も面白い。だが私はここであえて申し上げたい。6人の殺人犯役の中で、思わぬ掘り出し物はこの人であったと。
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そう、優香である。なぜに日本の芸能界は、このように素晴らしい才能を持つ女優を、今までもっと大胆に起用しなかったのであろうか。今からでも遅くはない。彼女が本格的な映画女優として活躍することを、心から祈りたい。

さて、このような映画なのであるが、もし課題を挙げるとすると、日本古来の信仰の謎めいた雰囲気は、さらに強調してもよかったのではないか、ということ。ここでは地元の神様、「のろろ様」がストーリーの中で重要な位置づけを持っているが、正直、その設定は現代人を震え上がらせるには至らず、「なるほど、そういう設定ね」と冷静に整理できてしまうように思う。その性格には、例えば昔の「大魔神」に通じるものもあるのだが、あのような素朴な時代に還れない現代の我々としては、例えばこのような人間が演じる「のろろ様」はむしろ、神の威光を日常レヴェルに下げてしまったような気がしてならない。
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その一方で、「羊の木」というタイトルの根拠となっている図像は、何やら謎めいていて面白い。
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うーん、確かに木の実のように羊が生っている図像である。本編でも引用されているこの図像にまつわる言葉 (フィクションか否か分からないが、「東タタール旅行記」という作品にあるという) は以下のようなもの。

QUOTE
その種子やがて芽吹き タタールの子羊となる
羊にして植物
その血 蜜のように甘く
その肉 魚のように柔らかく
狼のみそれを貪る
UNQUOTE

このイメージはなかなかに不気味なのであるが、では、これと「のろろ様」の関係はどうなっているのだろうか。そのあたり、せっかくのよい材料を使いながら、人間の本当の意味での残酷性や、その裏腹としての愛情の深さにもうひとつ肉薄できなかった感を抱き、ちょっと残念なのである。邦画の表現には、人間の姿を赤裸々に描くことへの躊躇があるのではないだろうか。例えば韓国の映画と比べても、そのような思いを抱かざるを得ない。だが私は、それでもこの映画の持つ独自性は支持したいと思う。ここにあるのは宮崎駿の描く日本古来の姿ではなく、また、小津や黒澤といった古きよき日本映画の表現でもない。だが、多くの観客にとっては、一度見たら忘れない要素があるように思うのである。そしてこの作品は、昨今の邦画に多い、原作がマンガというパターンであることは、一種の驚きだ。
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このマンガ、原作が山上たつひこ、作画がいがらしみきおの、2014年に完結した作品。へぇー、そうだったのか。前者は私の世代では子供の頃、超下品な内容で一世を風靡した「がきデカ」の作者だし、後者もまた、基本的にはギャグの人ではないか。この 2人がタッグを組んで、このようにシリアスな作品を生み出したとは、実に意外なこと。だが、上の宣伝を見ると、その絵のタッチはまさにギャグマンガ調で、シリアスさは全く感じられない。なのでこの映画は、原作マンガを超えて観客に何かシリアスなメッセージを届けようとしたものであろうか。あるいはもともと原作マンガ自体に、絵のトーンを超えたシリアスさがあるのだろうか。ところで私の手元には、1988年に出版された山上たつひこの小説「ブロイラーは赤いほっぺ」があって、そこには既にギャグを超えた、文学的と呼べるメッセージを読み取ることができて、面白い。調べてみると山上は今年 70歳。1974年に連載が開始したこの「がきデカ」からは、既に 40年以上の歳月が流れている。あなどるべからず、日本のマンガ文化。かと言っていまさら「死刑!!」などという古いギャグを連発するような恥ずかしい大人ではありたくなく、ほかにもこのマンガの中のギャグは沢山覚えているものの、その披露は差し控えておきましょう (笑)。
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このような、妙に気になる映画を監督した人は、吉田大八。調べてみると、「桐島、部活やめるってよ」や「紙の月」の監督である。この 2本のいずれも、私は以前の出張の飛行機の中で見たのだが、双方ともに大変いい映画だと思った。特に前者は、原作小説が気になっていた中、原作を読むことなく映画を見ることとなったのだが、ラストにおいては、なるほどそう来たかという、私好みの異形の青春映画 (?) でしたよ。なんでもこの監督は昨年、三島由紀夫の異色作「美しい星」を映画化したらしい。くそー、それは見逃した!!
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ここで繰り返しだが、間違っても錦戸亮のファンとか、爽やかな青春映画がお好きな方にはお薦めしないものの、人間という不可思議な存在について考えたい方には、是非お薦めしたい。そして、私の周りには松田龍平のような人がいなくて、本当によかったと、胸をなでおろすのである。クールな演技が怖いのですよ、全く。

by yokohama7474 | 2018-03-13 00:18 | 映画 | Comments(0)  

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