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ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮 ニューヨーク・フィル (ピアノ : ユジャ・ワン) 2018年 3月13日 サントリーホール

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さて、2018年も 3月の半ばに入って、いよいよメジャーな外来オケの登場である。米国きっての名門オケであり、その歴史と実績において、米国のみならず世界有数の存在である、ニューヨーク・フィル。今回の目玉はなんと言っても、今年の秋から新音楽監督に就任するオランダ人指揮者、ヤープ・ヴァン・ズヴェーデンであろう。彼の名前は、もちろん録音メディアでは 10年ほど前から、オランダ放送フィルを指揮したストラヴィンスキーなどで知られていたし、私は聴いていないが、ハーグ・レジデンティ管弦楽団との来日も過去にあったという。だが、今回はなんと言っても名門ニューヨーク・フィルの次期音楽監督としての顔見世。彼の真価を聴くには最適の機会となるだろう。1960年生まれの 57歳。
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私は以前何かの記事で彼のことを、ダラス交響楽団の音楽監督とご紹介したところ、コメントで、「香港フィルの音楽監督でもあることに触れないのはおかしい」とお叱りを受けたものであるが、その香港フィルとは、実は昨年来日公演があったのだ。だがどういうわけか、それは大阪公演だけで、東京にやってくることはなかった。私は香港には 20回やそこらは出張で訪れているが、かの地でオーケストラを聴いた経験は一度もない (し、聴こうと思ったことすらこれまでなかった) ので、日本で聴く機会を逸したのは大変残念であった。ただ幸いなことに、私は過去に一度だけこの指揮者を実演で聴いたことがあり、それは 2008年にロンドンで、ロンドン・フィルを指揮した演奏会。メインはマーラー 5番であり、イメージしていたこの指揮者の怪人ぶりを実感する凄絶な演奏であった。それゆえ、それから 10年を経た彼の現在を聴くのを楽しみにしていたのだ。

彼はもともとあの名門、アムステルダムのコンセルトヘボウ管でコンサートマスターを務めていた。しかも、1979年から 1995年までと、かなりの長期間である。実は彼は 19歳で当時の音楽監督ベルナルト・ハイティンクに才能を見込まれ、史上最年少でコンセルトヘボウ管のコンマスに就任。それだけでも充分すごいことだが、指揮者になったきっかけは、あのレナード・バーンスタインに「ちょっと振ってみろ」と言われてマーラーの「巨人」を振ってみると、「君は良いヴァイオリニストだが、もっと良い指揮者になれるだろう」と誉められたことだという。これは大変な話であるが、もしかしたら同じことを言われて大成しなかった人もいるかもしれないと思うと (笑)、やはりもともと、自らの音楽に信念を持った人であったのだろう。バーンスタインはコンセルトヘボウとは、ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」やシューベルト、マーラーなどを録音していて、このズヴェーデンも彼のもとでかなり演奏経験を積んだのであろう。若い頃のこんな写真が残っている。
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さて、バーンスタインといえばニューヨーク・フィルである。そして今年はそのバーンスタインの生誕 100年。この記念の年にこのオケが、バーンスタインの薫陶を受けた次期音楽監督とツアーを行うのに、そのバーンスタイン自身の作品、例えば「キャンディード」序曲とか「ウエスト・サイド・ストーリー」のシンフォニック・ダンスとかを採り上げてもよいと思うが、今回はそれはない。恐らくその理由のひとつは、集客を絶対確実なものとする人気ソリストの起用であろう。この日のソリストは、このブログでは既に絶賛を何度も繰り返してきたこの人だ。
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そう、ピアニストのユジャ・ワンである。今回の衣装も、少なくとも生地はこの写真と一緒だったろう。彼女の弾いた曲を含めて、プログラムをご紹介しておこう。
 ブラームス : ピアノ協奏曲第 1番ニ短調作品15 (ピアノ : ユジャ・ワン)
 ストラヴィンスキー : バレエ音楽「春の祭典」

この曲目を知ったときの私の狂喜ぶりは大変なものであった。ユジャ・ワンがあの劇的なブラームスのコンチェルトを弾く!! これは聴いてみたい。というのも、私は去年のある演奏会の記事で、このブラームスの 1番のコンチェルトを弾いた女流ピアニスト (クリスティーナ・オルティーズ) の演奏に関連して、「それこそユジャ・ワンなどはいずれこの曲を弾くのではないか。そして、もし彼女がこの曲を弾いたら・・・」と書いていたからだ。もちろんその時点では、このニューヨーク・フィルとの来日公演については未だ全く知らなかった。

文字通りスーパーなユジャのピアノなのであるが、実は、昨年ラトル / ベルリン・フィルと共演したバルトークの 2番のコンチェルトと少し共通する印象を、今日の演奏にも持つこととなった。つまり、技術的にはもちろん全く問題ないものの、私が彼女のこの曲の演奏に期待した「強烈な打鍵」という点では、もっとできるのではないかと思ったのである。これは少し残念。ズヴェーデン率いるオケは、期待通りの強い音で燃焼していたので、なかなかそれに対抗するのは難しいのかもしれない。だが、大音量の箇所でのわずかな不満以外に、素晴らしい美点も多々あって、例えば抒情的な第 2楽章。ここではピアノソロが孤独な歌を歌う箇所があり、だがこれはブラームス初期の作品であるゆえ、後年の作品ほど重々しくはない。いわば青春の憂鬱に打ちひしがれ、見上げると、若葉の影を通して木漏れ日が目に入る・・・というような情景をいつも勝手に想像をしてしまうのだが (笑)、今回の演奏ほどその情緒を、もったいぶらずに自然に表現した例は少ないのではないか。これは実に美しいと思った。聴いているうち、もしかするとユジャ・ワンのピアノは、少し内省を帯びてきているのではないかとふと思ったのであるが、それはアンコールにも表れていて、最初はおなじみのシューベルト (リスト編) の「糸を紡ぐグレートヒェン」という抒情的な曲。普段なら 2曲目に超絶技巧の曲を弾くのであるが、今回はメンデルスゾーンの「無言歌」から「失われた幻影」という、やはり静かな曲であったのだ。もしかすると、ズヴェーデンとニューヨーク・フィルのカロリーの高い音に対する気遣い (?) ということもあるのかもしれないし、多忙なツアーの連続による疲れも、さすがに全くないとは言えないかもしれない。いずれにせよ、このピアニストだけは、定期的に聴き続けて、その表現の推移を実際に体験する価値があるので、また次回を楽しみにしたい・・・というところで、今回知った朗報をお届けしよう。今年の 12月にまたユジャ・ワンが外来オケのソリストとして登場する。それはあの、ワレリー・ゲルギエフ指揮ミュンヘン・フィルで、曲目は 2種類。12/2 (日) にはお得意のプロコフィエフの 3番のコンチェルトだが、その前日、12/1 (土) にはなんとなんと、ブラームスの、今度は 2番のコンチェルトなのである!! これもまた必聴と言えましょう。

さて、今回の会場には、ちょうど現在東京を訪れている音楽家たち、例えばヴァイオリンのルノー・カプソンとか、作曲家のタン・ドゥンの姿が見え、興味深かった (それら音楽家についてはまた記事を書くことになるでしょう) が、そのような人たちを含む満員の聴衆の前で後半に演奏されたのが、ズヴェーデンが録音でも名を上げた、あの「春の祭典」であった。この指揮者には得体の知れないパワーがあって、この曲の土俗性には大変適性があるだろう。私にとってはなじみ深いニューヨーク・フィルの個々のパートの自発性が炸裂し、それをズヴェーデンが焚きつけるような演奏で、ここで音たちは軽々と宙を舞うのではなく、重量を持ってロケットのように火を吹きながら飛んで行くという印象。私の好みから言えば、もう少し鋭利な演奏の方がよいのだが、しかしこの演奏には、好き嫌いを超えた迫力がある。ストラヴィンスキーが幻影として見た太古のロシアの風景とは、こんなものであったのかもしれない。極めてプロフェッショナルな名人オケも本気になる、次期音楽監督との白熱の演奏であった。ズヴェーデンはそして、数度のカーテンコールに応えてオケのメンバーを立たせたのち (ホルンの起立を忘れて、反省のあまり頭を抱えるシーンもあったが 笑)、客席に向かって「ヴァーグナー」と言うと、響いてきたアンコールはなんと、「ワルキューレの騎行」であった。なるほど、演奏開始前に一部金管がこの曲を練習していたので、まさかとは思ったが、「ハルサイ」のあとにこう来たか!! これはまた一弾と密度の濃い表現によるワーグナーで、指揮台にしっかりと足を踏ん張って指揮するズヴェーデンのからだ全体から、エネルギーが迸っていた。ズヴェーデンは香港フィルを指揮してワーグナーの「指環」4部作を NAXOS レーベルに録音中らしい。うーん、香港フィルの「指環」かぁ・・・。ちょっと興味あります。
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さて今回は、このズヴェーデンとニューヨーク・フィルによる新譜 CD を会場で販売していて、それを購入すれば指揮者のサイン会に参加できるということであった。その新譜とは、ベートーヴェンの 5番と 7番。これはユニバーサル・ミュージック・クラシックスがニューヨークを拠点に新たに立ち上げたレーベル、「デッカ・ゴールド」からのリリースで、このスヴェーデンとニューヨーク・フィルとは長期に亘る録音契約が結ばれているという。この CD、ライヴではなくセッション録音だが、実は 2014年と 2015年という、少し前の時期のもの。
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サイン会の様子と、私がもらったサインは以下の通り。タン・ドゥンがズヴェーデンと一緒に出てきて、扉を固定するのを手伝ったり、やたらサイン会の写真を撮っているのは少し面白かった。またズヴェーデンは、サインしたあとに客の目を見ることもなく、Thank you とも言わない、その媚びない不愛想さが、野性溢れる芸術家の風格抜群でしたよ!! (笑)
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そして、次回の記事へ続きます。

by yokohama7474 | 2018-03-14 00:54 | 音楽 (Live)