ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮 ニューヨーク・フィル (ヴァイオリン : 五嶋龍) 2018年 3月14日 サントリーホール

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名門オーケストラ、ニューヨーク・フィルと、今年の秋から新音楽監督に就任するオランダ人指揮者のヤープ・ヴァン・ズヴェーデンの来日公演の東京での 2日目の公演。前日に続き、これも大変に興味深プログラムである。
 メンデルスゾーン : ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64 (ヴァイオリン : 五嶋龍)
 マーラー : 交響曲第 5番嬰ハ短調

今回のニューヨーク・フィルの日本での演奏会は全部で 4回。3/11 (日) 京都、3/13 (火)、14 (水) 東京、3/15 (木) 名古屋である。このうち、前回の記事でご紹介したユジャ・ワンが登場するものはその 1回のみ。また、マーラー 5番が演奏されるのはこの 3/14 (水) の演奏会 1回のみ。京都と名古屋では、「春の祭典」がメインで、最初にオランダの作曲家ワーヘナールの序曲「シラノ・ド・ベルジュラック」が演奏されるが、この曲は東京では演奏されない。そんなことで、4回の演奏会のうち 3回でメンデルスゾーンのコンチェルトを弾くのは、人気ヴァイオリニストの五嶋龍だ。子供の頃から活動しているが、今は 29歳。「既に」と言ってよいのか、「未だ」と言うべきなのか、ちょっと迷ってしまうのだが・・・。因みに今回がニューヨーク・フィルとの初共演だという。
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あの偉大なるヴァイオリニスト、五嶋みどりの弟というだけで、普通の人間ならそのプレッシャーに耐えられないくらいだと思うが、彼の場合は本当に、そんなプレッシャーを感じている気配はほとんど感じられない。実に自然に自分の音楽を追求してきていているのはもちろん、米国生まれの米国育ちだから当たり前かもしれないが、自分の言葉でしっかり意見を言うことを、なんら特別ではなく当然の行為として行うことのできる、素晴らしい好青年でもある。ちょうど先日、昨年 NHK の「日曜美術館」でアンドリュー・ワイエス (朝霞市での展覧会をこのブログでも採り上げた) を特集した番組の再放送を見て、改めてそのことを実感した。今回の演奏会に登場したのは、前日のユジャ・ワン同様、日本では未だ一般的な知名度が低いと思われる指揮者にも関わらず、絶対的な集客力のあるソリストであるからだろう。そして曲目は、決してリゲティやユン・イサンではなく (笑)、極めてポピュラーなメンデルスゾーンである。会場で販売されているプログラムに、この曲についての五嶋のこのような発言がある。

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誰もが弾く名曲中の名曲というやつで、すぐに『またか!』と言われかねない。(中略) 僕も『ああ嫌だ、もう弾きたくない!』と思っていました。でも最近になって、20年間この曲の真意を理解していなかったことに気づいたのです。(中略) 初めて弾く曲のように、新鮮な眼差しで楽譜に向かってみたのです。クラシック音楽に対する自分の想いの原点のようなものに立ち戻ることができて、作品を演奏することの意味について色々考えることができました。
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なるほど今回の演奏、この曲にありがちな感傷を排し、それこそごく自然に、音楽の流れを描き出したものだったと思う。美麗な曲想を過剰なヴィブラートで飾ることもなく、シンプルに弾き通したような印象で、もしかすると、ちょっとそっけないという感想を持った人もいたかもしれない。この曲は、同じくポピュラーなチャイコフスキーのコンチェルトに比べてもさらに、最初から最後までヴァイオリンが休む箇所がほとんどないほど忙しく演奏するのだが、あまり甘ったるく演奏すると、ちょっとうんざりしてしまうことになる。私の勝手な理解では、きっと五嶋が最近見つけたこの曲の真価はそこにあるのではないだろうか。素晴らしいと思うのは、いかに彼自身が様々な発見を経て演奏スタイルを決めたとしても、弾いている姿はごくごく楽し気であるというとだ。どうも我々の日常は、回りを気にしたり、何かをやっているふりをしたり、そんなことが少し多くはあるまいか。ある場合には忖度、ある場合には恫喝ということすら、社会生活には時に起こりうる。五嶋龍の演奏を聴いていると、ひと時そんなことを忘れて自由になることができる。今回のメンデルスゾーンからはそんなことを感じることができた。演奏終了後、アンコールをおねだりする聴衆の拍手に対して、ヴァイオリンをステージ袖に置いて出てきて、笑顔で両手を広げてみせた彼の姿には、忖度のソの字もなく、なんとも爽やかであったのである (笑)。ところで、今回は指揮者やソリストのサイン会はなかったのであるが、その代わり、休憩時間にアナウンスがあったことには、「終演後には五嶋龍のミート・アンド・グリートを開催します」とのこと。これ、もちろん「ミート」とは肉のことではなく、Meet & Greet、つまりはアーティストと会って話ができるということだ。そういう企画ならそういう企画と、アナウンスだけではなくて、会場内に表示をするとか、全員にチラシを配布するとか、そういった集客の努力をすべきではないか。ここで私が、記憶を頼りに書庫から持ってきたコンサートのプログラムが一冊。そこにはこのような好例を見ることができる。
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そう、これは、五嶋龍の姉、五嶋みどり (欧米ではただ Midori と呼ばれる) が、2006年 4月25日にニューヨークのカーネギーホールの小ホール (Zankel Hall) で開催したリサイタルのプログラムの 1ページ。このときの曲目はかなりハードな現代音楽であったので、保守的なニューヨークの聴衆層の集客を考えて、あえて小ホールでの開催であったと思うのだが、さすが細やかな気配りの Midori である。終演後に聴衆と会話をしたいということで、このような機会が設定されたのであろう。私も家人とともに彼女と言葉を交わすことができ、また、その場に五嶋龍 (当時 17歳) がいるのも確認した。もし彼が、姉のこのような方法に倣って今回の Meet & Greet を企画したのであれば、主催者側はもっと真剣にその趣旨を理解し、きっちりした説明をすべきであったと思う。もっとも、私は今回は時間がなくて Meet も Greet もせずに会場を辞したので、実際は何が起こったのか知らない。五嶋龍ほどの人気者なら、大した宣伝もなく黒山の人だかりになったというなら、話は別だが、どうだったのだろう。

さて、今回は休憩中に見かけた音楽家は、つい先日グルダの「コンチェルト・フォー・マイセルフ」の熱演を聴かせてくれたピアニストの小曽根真くらいであったが、会場はやはり満員。かなりの人のお目当ては、後半のマーラー 5番にもあったのではないか。そう、ニューヨーク・フィルには、作曲者自身に始まり、ブルーノ・ワルター、レナード・バーンスタインという指揮者たちがマーラーを演奏して来たという歴史がある。もちろんその後の歴代の音楽監督も、例外なくマーラーを演奏した。そんなニューヨーク・フィルを指揮してズヴェーデンが聴かせてくれたマーラーは、予想通り、かなり密度の濃いもので、これをバーンスタイン風と呼ぶとちょっと違うかもしれないが、あらゆる個所に仕掛けられたマーラー独特の音楽言語が、これだけ説得力をもって響くのも珍しい。それはやはり、歴史上初めてバーンスタインがこのオケと達成したものではなかったか。そもそも、冒頭のトランペット・ソロも、第 3楽章のホルンも、その安定感は素晴らしいもので、いかに日本のオケの質が向上しても、この金管のレヴェルはなかなか簡単には実現しないなぁ、と嘆息してしまった。つまりはそれだけオケの個々のパートの技量が高いがゆえに、指揮者がそれを自在にこねくり回して (言葉は悪いが、私の印象はそんな感じ)、ちぎっては投げ、ちぎっては投げという、勢いのある音楽が可能なのである。ズヴェーデンの解釈自体には奇抜なところはほとんどないのだが、それにもかかわらず、指揮者とオケの個性が、あらゆるところに横溢している。聴きごたえ充分である。そういえば、前回の記事にも書いた通り、私が以前聴いたズヴェーデンの指揮は、ロンドン・フィルとの 2008年の共演による、同じマーラー 5番であった。もちろん、音楽の印象をそうそう長く覚えているのは難しいが、今回の演奏を聴いて、そういえばロンドン・フィルともこのような演奏を展開していたような気がしてきた。私は持っていないが、そのライヴ録音が CD になっているので、ご興味おありの向きは、聴いてみられてはいかが。
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今回もアンコールにワーグナーが演奏されたが、今回は客席への語り掛けはなく、演奏されたのは「ローエングリン」第 3幕への前奏曲であった。アンコールとしてはポピュラーなものであり、もちろんここでもニューヨーク・フィルの金管が強い音で聴衆を圧倒したのである。

ヤープ・ヴァン・ズヴェーデンとニューヨーク・フィル。期待通り、強烈なコンビである。正直なところこのオケは、従来なかなか指揮者との相性が難しいとの印象であるが、もしかするとこのズヴェーデンとは、その強い表現力によって、クラシック音楽界に新たな旋風をもたらすかもしれない。
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by yokohama7474 | 2018-03-15 00:52 | 音楽 (Live) | Comments(2)  

Commented by エマスケ at 2018-03-15 12:16 x
度々失礼いたします。

マーラー5番の冒頭の、ホールを貫き通すようなトランペット、カッコよかったですね。
本当に全体の演奏水準が高く、フレーズの一つひとつがピタリとはまるような爽快感がありました。
無骨そうに見えるズヴェーデンが、終始ステップを取ったり、伸び上がったりと、奏者に隅々に指示を送っている様子は大変好ましいものでした。

それに、あのような熱演の後での、まさかのアンコール。
オケの最良の部分を抽出したかのようなローエングリンは、聴衆への想定外の贈り物でした。
機会があれば、ワーグナーの管弦楽集を聴いてみたいものです。
Commented by yokohama7474 at 2018-03-15 23:42
> エマスケさん
彼はやはり、後期ロマン派から近代の音楽に適性がありそうですね。ただ、このコンビでの初録音はベートーヴェンなので、どんな内容なのか楽しみです。

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