川沿いのラプソディ


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エリアフ・インバル指揮 東京都交響楽団 (ピアノ : アレクサンドル・タロー) 2018年 3月26日 サントリーホール

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東京都交響楽団 (通称「都響」) とその桂冠指揮者、エリアフ・インバルによる演奏会。先の記事でご紹介したショスタコーヴィチ 7番「レニングラード」の爆裂的名演に続く今回も、そのコンビの真価を大いに発揮することとなった。曲目は以下の通り。
 ショスタコーヴィチ : ピアノ協奏曲第 2番ヘ長調作品102 (ピアノ : アレクサンドル・タロー)
 ベルリオーズ : 幻想交響曲作品14a

今年 82歳という年齢が信じられない活動ぶりのインバルであるが、ショスタコーヴィチの小規模なコンチェルトはともかく、彼が得意とする爆裂的音楽である「幻想」がメインと来れば、桜が咲き誇るこの季節にふさわしく、ほのかに狂おしい、いや、強烈に狂おしい音楽を期待したい。これは、会場であるサントリーホールの裏側の道路脇に咲いた桜の花を、コンサート前に私が撮影したもの。この桜のワクワク感が、インバル / 都響の「幻想」への期待につながって行く。
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最初の曲、ショスタコーヴィチの 2番のピアノ・コンチェルトは、演奏時間 20分ほどの可愛らしい曲。もしよろしければ、この記事の右側の下の方に出ているブログ内検索機能を使って、映画「ブリッジ・オブ・スパイ」の記事を検索して頂きたい。なぜならば、この曲はその映画で印象的に使用されていたからで、1957年という時代の状況と、ショスタコーヴィチという作曲家の活動についてイメージがないと、そこに込められたスピルバーグ監督の意図を充分読み取ることは難しいかもしれない。ソ連の政治情勢に翻弄されながらもしたたかに作曲を続けたショスタコーヴィチが、息子マクシム・ショスタコーヴィチのために書き、彼が 19歳のときに初演された曲が、このピアノ協奏曲第 2番である。これがショスタコーヴィチ父子。この曲の初演よりはあとの頃の写真だろう。
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このマキシム・ショスタコーヴィチはその後指揮者として活躍し、父の交響曲の録音などもあったが、最近はどうしているのだろうか。実は私が初めてこのショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第 2番を聴いたのは、1980年代、そのマキシムが指揮した演奏の FM 放送のエアチェックであった (今手元にそのカセットが出て来ないが、おぼろげな記憶では、確かピアノはピーター・ドノホー、オケは BBC ウェールズ響だったのでは???)。その後、バーンスタインがラヴェルのコンチェルトとともに弾き振りした録音で親しむこととなったこの曲は、賑やかな両端楽章の間にロマンティックな緩徐楽章が挟まれた構成であり、その緩徐楽章には、ちょっと映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」で使われた「アマポーラ」を思わせるような、揺蕩う抒情的な雰囲気があって、誰でも親しめる曲である。だがその割には実演で耳にすることは少なくて残念なのである。そんなコンチェルトのソロを今回取ったのは、フランスのピアニスト、アレクサンドル・タロー。細身で、大変若く見えるが、1968年生まれの 49歳とのこと。
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因みに日本人はこの人の名前を聞くと、どうしても「タロー = 太郎」と思ってしまうが (笑)、このタローさんのタローは、Taro ではなく Tharaud と綴るし、そもそも、名前ではなくて姓なのである。私は今回初めて生で聴いたが、フランス人らしい、洒脱できらきらしいピアノを弾く人だ。この曲にはぴったりのソリストであったと思う。冒頭の「ちょっと歌ってみようかな」というようなそっけない雰囲気から、段々その気になって、タッタカタッタカタッタッタッタと駆け足になる部分も自然で面白く、第 2楽章の抒情にも、耽溺しないクールさがあったし、そしてまた第 3楽章の悪ふざけ (ただ、作曲者のことを知っていると、ただ楽しいだけと聴いてよいのか否か分からない、謎めいた部分もあるのだが) も聴き物であった。インバル指揮の都響は、ここでもいつもの通り弦楽器が自由自在に流れを作り出し、終結部のプチ狂乱 (?) でも、実に懐の深い音楽を聴かせて見事であった。アンコールには同じ曲の第 2楽章が繰り返され、もしこの曲になじみのない聴衆がいても、その美しさを実感することができただろうと思う。

さぁ、そして後半の「幻想」である。まず、驚いたことがひとつ。普段なら、寝ていても指揮できるのではないかと思うほど知り尽くしているはずのマーラーの交響曲であれなんであれ、スコアをめくりながら指揮をするインバルが、今回は譜面台すら置かない暗譜での指揮である!! 彼はいつもステージに指揮棒を 2本携えてきて、そのうち 1本は予備なのであろう、譜面台に置いて指揮しているのであるが、今回は譜面台がなかったので、予備の 1本はあらかじめ、指揮者に向かって右手のチェロ奏者の譜面台と楽譜の間に刺してあった。これは昔、朝比奈隆も使っていた方法だ。いやそれにしても、80を超えて譜面を使うようになった小澤征爾のような人もいれば、このインバルのように、同世代でありながらその逆に、譜面を使わなくなる人もいるわけだ。もっとも、彼にとってそれだけこの幻想交響曲が特別親しいレパートリーで、曲の持ち味を出すには自由に振れる暗譜の方がよいという発想でも、もともとあったのだろうか。
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ともあれ今回の幻想は、まさにインバルと都響の神髄を聴かせる凄まじい演奏となった。冒頭から少し早めのテンポであるが、その流れは決してよくなく、むしろ淀み気味と言ってもよい印象。これこそまさに、美的に表面をとりつくろうことのない、狂気に囚われた若き芸術家の心のうちを表す音楽ではなかったか。最初の方こそ、第 1楽章のティンパニの響きに少しシャープさを欠いたのと、第 2楽章の冒頭近くでハープが埋もれてしまっていたのは少し残念な気がしたが、それでもやはり、この集中力は尋常ではない。当然のように第 1楽章の提示部は反復されず、そして第 1楽章と第 2楽章は続けて (アタッカで) 演奏されて、音楽の勢いは、いや増して行く。第 3楽章に入る際には少し間を置いたものの、劇的な流れは維持されていて、孤独なイングリッシュホルンも不気味なティンパニも、その流れを次へと推し進めて行く。そして第 3楽章以下は続けて演奏され、ついに悪魔の饗宴へ。インバルならこのくらいやってくれるだろうという予想はあったものの、その畳みかけるような、まさに悪魔的な表現力は、鳥肌ものであった。この爆裂的演奏には、本当の意味での「知性の眠り」、つまり、以前もこのブログでご紹介したことのあるゴヤの版画を思わせる、高い知性にのみ許された野性といったものを感じることとなった。
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そういえば、私は以前もインバルの指揮でこの曲を聴いたことがある。それは、鎌倉芸術館で、読売日本響を指揮したもの。そのときも、当時の読響の常任指揮者ゲルト・アルブレヒトのような抑制を是とするタイプではなく、このように解き放つ指揮者の方が読響に合っていると思ったものだ。それから歳月を経て、一時期は手兵として手塩にかけた都響を、譜面を離れて自由に指揮して、より一層のパワーを解き放つようになったこのインバルは、改めて考えると、東京の音楽界に非常に大きな足跡を残しつつあるわけである。この指揮者の演奏は、これからも極力聴いて行きたいと思った次第である。

ところでこの幻想、今年は東京のオケで頻繁に演奏される。1月にはチョン・ミョンフンと東フィル、今月は既に小林研一郎と読響が採り上げており、それに今回のインバルと都響。そして来月には、ブロムシュテットと N 響という注目の組み合わせが、この曲を演奏する。お世辞にも上品で高踏的な作品とは言えないが、そこに込められた熱狂には、抗しがたい魅力があることは確かである。桜の下で聴くベルリオーズ。心の毒を浄化するのではなく、そのまま絞り出すと言えようか。ときにはそんな時間があってもよい。
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by yokohama7474 | 2018-03-27 00:27 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by usomototsuta at 2018-03-29 15:53 x
こんにちは。素晴らしい演奏だったようですね🎵幻想交響曲は私としては早くに好きになった曲の一つです。初の実演は1988年初夏、福岡にて。ボルドー・アキテーヌ管(前にボレロとシューマンのピアノ協奏曲)。そしてその前年でしたか、人見記念講堂での演奏が初のインバル初の幻想でした。「インバルの『田園』と『幻想』」というタイトルでTVでやってました。今思えば田園は録画もせず、いかに幻想だけに興味があったかという感じですが(笑)。もうそのVHSも処分しましたが、インバル50代初めですか、視線もギラギラしてて曲の得も言われぬ感じとマッチしてた印象です。
Commented by yokohama7474 at 2018-03-29 22:48
> usomototsutaさん
懐かしいですね。私もインバルとフランクフルトの「田園」と「幻想」はヴィデオに録画しましたが、そのテープは実家のどこかに眠っているはずです。ボルドー・アキテーヌ管は、もしかしてアラン・ロンバールの指揮だったのでしょうか。調べてみると彼は 1940年生まれなので、既に大ベテランのはずですが、最近は活動を聴かないですねぇ・・・。日本にやってきた演奏家の名を連ねるだけで、立派な歴史を書くことができるわけですね。
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