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江戸川乱歩編 : 世界短編傑作集 1

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私は幼い頃から、いわゆる探偵小説、あるいは推理小説と呼ばれる分野が大好きで、そのことはこのブログで以前も書いたことがある。そう、ミステリーなどというこじゃれた言葉ではなく、昭和な雰囲気を持つ探偵小説や推理小説という言葉が何やらピッタリ来る分野が、歴史的にあるのである。そして、昭和の探偵小説と言えば、もちろん江戸川乱歩である。ここでご紹介するアンソロジーは、その江戸川乱歩が選んだ海外の探偵小説の 5冊からなるシリーズの第 1巻で、創元推理文庫のロングセラーなのである。上に掲げた表紙からも明らかな通り、まさに昭和の時代の出版物だ。今私の手元にあるこの書物を持ってきて確認すると、初版はなんと 1960年 7月。私が読んだものは 2015年 5月発行のもので、なんと、第 60版だ。これはすごいことである。天国の怪人・乱歩も、これを知ったら満面の笑みであろう。
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乱歩についてクダクダ述べるのはやめにしたいが、もちろん、少年探偵ものに始まり、その後驚愕のエロ・グロの作品群をほぼ読破し、ついには全集まで購入して、「幻影城」とか「探偵小説三十年」といった随筆を読み、日本に本物の探偵小説を根付かせようとした彼の努力に、感動したものである。加えて、東京・池袋の立教大学の隣に現存する蔵 (蔵書を収めるとともに、執筆の場ともなった場所) も、特別公開の際に足を運んだものだ。そんな私であるから、書店でこのアンソロジーを発見したとき、躊躇なく第 1巻を購入したのであった。この 5冊で紹介されるのは、19世紀後半から第二次大戦終了までの、ほぼ一世紀に亘る作品群である。全 5巻は時代順となっており、第 1巻は、1860年代から20世紀初頭までという括りである。これはいわゆる常識に属することであろうが、世界最初の探偵小説と言われるものは、エドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」で、それは 1841年の作。なのでこのアンソロジー第 1巻に収められた作品群は、本当に探偵小説の黎明期のものばかりなのである。そして、実際に読んでみると、これがどの作品も、滅法面白いのである!! ここには 7編が収録されているが、その題名と作者は以下の通り。

人を呪わば(1860年作) : ウィルキー・コリンズ (1824 - 1889)、英国
安全マッチ : アントン・チェーホフ (1860 - 1904)、ロシア
レントン館盗難事件 (1894年作) : アーサー・モリスン (1863 - 1945)、英国
医師とその妻と時計 (1895年作) : アンナ・キャサリン・グリーン (1846 - 1935)、米国
ダブリン事件 (1902年) : バロネス・オルツィ (1865 - 1947)
十三号独房の問題 (1905年作) : ジャック・フットレル (1875 - 1912)、米国
放心家組合 (1906年) : ロバート・バー (1850 - 1912)、英国

これら 7編は、それぞれ異なるテイストでありながら、全く外れがないと言ってもよいと思う。だがほとんどの作者にはなじみがない。ただ一人を除いては。そう、あのロシアの劇作家、チェーホフのみは、誰でも知っている存在だ。
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この「安全マッチ」という作品は、戯曲ではなく小説であるが、そこで描かれた人間の姿のリアリティには、舌を巻く。ロシアの田舎で名家の主が突然行方不明になり、警官や検事がことの真相を追いかけるのだが、見当はずれの推理を事細かに書いているのが実におかしい。そして最後、急転直下で真相が判明する際の見事な展開。これは、人間というものの深い観察なくしては生まれない作品であり、そもそも探偵小説には、そのような人間の本性という要素が、納得性のあるかたちで盛り込まれている必要があるものだと、再認識した。チェーホフは戯曲だけでなく、短編小説を沢山書いているようなので、それらを読んで行きたいと思う。

もちろんほかの作品も面白い。「人を呪わば」は書簡のやりとりの中に皮肉な要素が盛り込まれているし、「レントン館盗難事件」は、マーティン・ヒューイットという探偵が活躍するのだが、細部に巧まざるユーモアが感じられる上、犯人の意外性も (それに近いアイデアも既に存在していたとはいえ) 秀逸である。「医師とその妻と時計」は、もしかすると、ピーター・グリーナウェイの映画「コックと泥棒、その妻と愛人」にヒントを与えたのでは、と勝手に考えたくなるが、作者アンナ・キャサリン・グリーンは、女性で初めて推理小説を書いた人で、「推理小説の母」と呼ばれているらしい。長編の翻訳も何冊かあるようだ。
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残る 3作、「ダブリン事件」「十三号独房の問題」「放心家組合」はそれぞれ、安楽椅子探偵、密室もの、とぼけた味のある裏組織をテーマにしたものと、パターンは様々であるが、いずれも大変面白いのである。このように考えると、現在ミステリーと呼ばれるこの分野も、既に 100年前、150年前に、様々なタイプの面白い作品が登場していたことになる。しかもこれらはなんと言っても、あの江戸川乱歩が選んだものなのである。乱歩の随筆を見ると、初期に意欲的な作品を書きながらも、大衆に迎合した作品を書くようになったことは堕落であると、何度も何度も出て来るのであるが、いやいや、こんな面白い作品群を日本に紹介しただけでも、大いなる意義があるだろう。私はこの第 1巻を読み終えたあと、すぐに残る 4冊を購入することとした。それらを読み進むのにどのくらいの時間を要するか分からないが、絶対に価値のある時間になるはず。そして、この第 1巻に啓発され、このシリーズとは別の、とある書物を読むことになったので、次回はそれを記事として採り上げるつもりです。乞うご期待!!

by yokohama7474 | 2018-04-05 01:25 | 書物