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東京・春・音楽祭 ワーグナー : 歌劇「ローエングリン」(演奏会形式) ウルフ・シルマー指揮 NHK 交響楽団 2018年 4月 8日 東京文化会館

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毎年 3月中旬から 4月中旬に亘って開かれる音楽祭である「東京・春・音楽祭」。これは声楽や室内楽、器楽を中心に、東京の上野地区で様々なコンサートが開かれる催しで、その内容は若干通好みかもしれないが、大変充実した内容になっている。普段の生活で、どうしてもオーケストラ・コンサートが中心になっている私の場合、毎年この音楽祭のプログラムを眺めながら、「あぁ、これも行ってみたいなぁ」と思う演奏会が目白押しであるが、なかなか時間の制約もあって、思うに任せない。そんな中、「これだけは」と思ってこのところ数年に亘って足を運んでいるのは、この音楽祭のハイライトとも言える、ワーグナーのオペラの演奏会形式上演である。このブログでも、一昨年の「ジークフリート」、昨年の「神々の黄昏」を採り上げた。昨年で「指環」4部作を終了し、今年演奏されたのは、「ローエングリン」だ。実はこの「ローエングリン」、もともと 2011年に演奏されるはずであったが、東日本大震災の発生によって、その年はキャンセルとなったのであった。そのときに予定されていた指揮者はアンドリス・ネルソンスであったが、彼自身のコメントによると、地震だけが来日中止の原因ではなく、健康問題もあったとのことであるが、その穴埋めというべきか否か、急遽ズービン・メータが単身来日して、NHK 交響楽団を指揮して「第九」を演奏したのであった。正直、あの頃のことを思い出すと、いろいろとつらい気持ちになるのだが、ともあれ、7年後の今年、無事「ローエングリン」が演奏される運びとなった。指揮は、ネルソンスにはさすがにネームヴァリューは及ばないものの、1959年生まれのドイツ人指揮者、ウルフ・シルマーが担当することとなった。1994年のウィーン国立歌劇場の来日公演で「こうもり」を指揮して日本に初登場した彼は、その後も新国立劇場で何度もオペラを指揮しているし、この東京・春・音楽祭でも、ワーグナー・シリーズの第 1弾となった 2010年の「パルシファル」で指揮を採ったこともある。際立って個性的なタイプではないかもしれないが、安定した職人性を持つ信頼できる指揮者である。現在はライプツィヒ歌劇場の総監督というポストにある。
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そして今回の話題はなんといっても、主役を歌うテノールのクラウス・フロリアン・フォークトであろう。
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彼は現代最高のワーグナー・テノールとみなされており、このブログでも既に、2016年 6月の新国立劇場での同じ「ローエングリン」と、2017年 9月のバイエルン国立歌劇場来日公演での「タンホイザー」を採り上げた。今回会場を満たした多くの筋金入りのワーグナーファンの多くのお目当ては、やはり彼の歌唱であったのだろう。その証拠がある。いよいよ開演間近となったときに場内アナウンスで、「本日出演致しますクラウス・フロリアン・フォークトは、前回の上演 (注 : 私が聴いた 4/8 (日) の公演に先立つ 4/5 (木) の公演のこと) 後、体調を崩し、発熱致しました」とのこと。そこで、会場の東京文化会館の客席のあちこちからは、「え¨~~~っ!!!!」という悲鳴が上がったのである。これは何の誇張でもなく、まさに「え」に濁点のつくような驚愕の声が、会場内に渦を巻いたのだ。だが、アナウンスが続いて、「その後症状は回復に向かっており、本日は予定通り出演致します」とくると、場内はやんやの拍手と、安堵の爆笑に包まれた。私は、歌手の体調不良はよくあることなので、特に驚くこともなかったが、この日を楽しみにしてきた熱心なファンの中には、フォークトが万全でないと聞いて、衝撃を受けた人も多かったのであろう。

この「ローエングリン」、ワーグナーの主要 10作の中の 3作目であり、未だ、楽劇ではなく歌劇と呼ばれる比較的初期の作品であるがゆえに、上演時間も、30分の休憩を 2回挟んで、たったの (?) 4時間半。手頃な長さと言うのはさすがにはばかられるものの (笑)、ワーグナーとしてはまあまあ短い方である。そう言えば、ほんの 1ヶ月少し前に、準・メルクルの指揮のもと、日本人キャストが歌う東京二期会の同じ作品の舞台上演を見たばかりである。どんなヨーロッパの大都市でも、このように近いタイミングでこのオペラの全曲が、しかも全く違うキャストによって演奏されることは、いかにこの「短い」作品であっても、そうそうあることではないだろう。ワーグナーが大好きなことにかけては、東京は、ほかのどの街よりも上ではないかと思われる。開演前や休憩時間の聴衆の皆さんの様子を見ても、バイロイトの常連ですという感じの方々が多く、生涯でたったの一度しかバイロイトに行ったことのない半可通の私などは、実に肩身の狭い思いをしたものであった。

ともあれ、ここでの上演を楽しむのに、バイロイト歴など関係ない。ただそこで鳴っている音に耳を澄まし、作品世界に浸ろうではないか。今回もオーケストラは NHK 交響楽団 (通称「N 響」)、コンサートマスターは、ウィーン・フィルの顔であったライナー・キュッヒルであった。去年までの「指環」でもそうであったが、N 響の分厚い弦の響きの中でも、彼のヴァイオリンだけは特別な艶やかさをもって鳴り響くのは、実に不思議である。特にこの曲の場合、静かに始まる冒頭においてからが、コンサートマスターはひとり他の奏者と違った、長く伸びる音を出すのだが、もうその部分から早速、キュッヒルの魔法のような音が、このメルヘンオペラの中に聴衆を誘うのである。
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上記の通り、指揮者ウルフ・シルマーは、ウィーン国立歌劇場をはじめとしてオペラ経験の豊富な人であるがゆえに、作品の大きな流れを過たずに表現することに長けている。音楽の曲折は、細部に至るまで、彼の明快な指揮のもとで十全に表されたと思う。演奏会形式で、ステージ上にオケを見ながら演奏を耳にすると、特にワーグナーの場合は、いかにオケの表現力が大切であるかが改めてよく分かるし、音楽の夢幻性とドラマ性を、舞台上演よりもさらに生々しく感じることができる。例えば第 2幕の最後で「疑惑の動機」が鳴り響くとき、そこには第 3幕での破局が予告されるなどということは、このオペラを知っている人なら当たり前の知識であるが、音楽そのものと向き合うことになる演奏会形式であればこそ、その切実感は大変なものだ。そして、最上階である 5階の、会場全体を見下ろせる席で鑑賞していた私は、このオペラで何度も出て来る別動隊によるファンファーレ (3階・4階の左右客席に配置) を聴くたびに、会場である東京文化会館全体が鳴り響いているように感じられた。そのことにより、このオペラは、舞台はアントワープとされ、ブラバント公とかドイツ (東フランク王国) のハインリヒ王とか、実在の名前が出て来るにもかかわらず、どこか夢の中の出来事であるかような雰囲気を感じることとなった。そして、この物語はもしかするとすべて、若い女性エルザの妄想ではないのかとすら思われてきた。もちろん、この種の解釈はありきたりで、前衛的な読み替え演出の可能性を常にワーグナー作品に与える要素になっていると思うが、正直、私にとってはそれはあまり重要ではない。このような壮麗な音楽が、リヒャルト・ワーグナーというひとりの人間の頭の中で鳴り響き、それが譜面に残されて、作曲から 150年以上経った今でも、ドイツから遠く離れたこの極東の地で、これだけの人々を感動させるのだから、人間とはすごいものだ、と感嘆したのである。もちろん、それには歌手たちの熱演が大きく貢献した。期待のフォークトは、体調不良の中、全曲を立派に歌い終えて、さすがに第一人者の貫禄充分。冒頭はちょっと慎重な歌い方かとも聞こえ、最後の「グラール語り」ではほんの僅か、声に汚れがあったようにも思えたが、しかし、概してその声は美しく、立派な歌唱であった (但し私自身の好みは、以前も書いたが、もう少し重い声なのだが)。また、バス・バリトン陣も大変充実。テルラムントのエギルス・シルンス、ハインリヒのアイン・アンガー、さらに、王の伝令の甲斐栄次郎、それぞれに素晴らしい出来であった。オルトルートのペトラ・ラングはバイロイト歴の長い歌手だが、ここでは憎たらしい敵役にふさわしい激烈な歌唱。ただエルザのレジーネ・ハングラーだけは、私には少し単調な歌唱に聴こえた。

このような歌手とオケの熱演によって、今年の「東京・春・音楽祭」のメインコンサートも、例年に劣らず大変充実した演奏となり、日本の熱狂的ワグネリアンたちも大いに満足したことだろう。ワーグナーの主要 10作品のうち、これで 8作品がこの音楽祭で演奏された。残るは「さまよえるオランダ人」と「トリスタンとイゾルデ」であるが、これらはそれぞれ、2019年、2020年に演奏され、「トリスタン」の指揮は、昨年まで「指環」を指揮したマレク・ヤノフスキというから、楽しみではないか。だが、それだけではない。なんとなんとこの音楽祭、来年からはイタリア・オペラの演奏も始まるのである。しかもである。指揮はあのリッカルド・ムーティ!! これは 2019年から 3年に亘ってこの音楽祭期間中に開催されるイタリア・オペラ・アカデミーと連動するもので、ムーティがイタリアのラヴェンナで毎年行っているアカデミーの初の本格的海外展開とのこと。2019年は「リゴレット」、2020年は「マクベス」、2021年は「仮面舞踏会」だそうだ。このようなシーンが、東京文化会館で見られるのだろうか。楽しみなことである。
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来年もまた、この桜色のポスターに注目なのである。
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by yokohama7474 | 2018-04-10 23:21 | 音楽 (Live)