川沿いのラプソディ


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マリア・ジョアン・ピリス ピアノ・リサイタル 2018年 4月12日 サントリーホール

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マリア・ジョアン・ピリス (ピレシュともいう) は、ポルトガル出身の女流ピアニストで、1944年生まれであるから今年 74歳ということになる。もちろん彼女は現代を代表する名ピアニストのひとりであり、日本でも高い人気を誇る。だがそのピリス、最近 (調べてみるとそれは昨年 10月のこと) になって、なんと、2018年限りでの引退を発表したのである!! 人生百年時代に、この年での引退は早すぎるとも思われる。なんと残念なことだろうか。だが私はこのニュースを聞いたとき、何事も引き際が肝心だなぁという思いを抱いたものだ。名演奏家とても不死身ではなく、年を取れば病気にもなるし、技術も衰えてくるもの。もちろん、技術の衰えをカバーする表現力を老齢になってから発揮する人もいるが、いつまで第一線で演奏活動を続けるかを決めるのは、演奏家自身である。もちろん、演奏活動から引退しても、後進の育成を続けるとか、執筆活動をするとかいったかたちで、音楽に関わる人もいる (ピアニストで言えば、これも不世出の名演奏家であったアルフレート・ブレンデルは、77歳で引退したが、87歳の今も現存である)。ピリスが一体いかなる理由で引退し、今後何か活動を継続するのか否か、そのあたりについての情報は充分には見当たらない。だが、上のチラシにもある通り、「衝撃の引退表明 巨匠最後の日本ツアー」ということをマネジメント会社も明確にしていて、それゆえもあろう、東京での 2回の演奏会はともに完売だ。それには、最高クラスのピアニストとしては、チケットの価格設定が良心的であることも関係していよう。
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東京での 2回のリサイタルのあと、弟子のリリット・グレゴリアンというアルメニア人の女流ピアニストとのデュオ・リサイタルも開くのだが、実はこのピリス、今月はまるまる日本に留まるようなのである。まず 4/3 から 4/6 までは岐阜のサマランカホールでワークショップ、そのあと、その岐阜で始まり、高崎、今回の東京、大阪、浜松、また東京と 6回のリサイタルを開き、4/20・21 はヘルベルト・ブロムシュテット指揮 NHK 交響楽団と協奏曲を演奏。その後、4/24・26 は上記の通り、デュオ・コンサートである。つまり彼女は、最後の活動の年に、日本で実に 1ヶ月を過ごしてくれるわけであり、これは、この大ピアニストが日本を好んでくれていなければ実現しないことであろう。

さて、今回のリサイタルは東京での初日。曲目はすべてベートーヴェンのピアノ・ソナタである。
 ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ第 8番ハ短調作品13「悲愴」
 ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ第 17番ニ短調作品31-2「テンペスト」
 ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ第 32番ハ短調作品111

32曲あるベートーヴェンのソナタのうち、初期、中期、後期の短調作品を組み合わせたものである。実は当初の発表では、真ん中の「テンペスト」は予定されておらず、シューベルトの 3つのピアノ曲 (即興曲集) D.946 であった。実際私はこの曲目変更を、当日会場に足を運ぶまで知らなかったのだが、オール・ベートーヴェン・プログラムはむしろ有難いと思ったものだ。新たに曲目とされた「テンペスト」は、シェイクスピア最後の戯曲をタイトルに持っていて、ピリスの最後のツアーにふさわしいとも言えるだろう (もっとも、曲自体に「テンペスト」との直接的な関係性があるわけではない)。ピリスのピアノは常に大変に粒立ちがよく、過剰なセンチメンタリズムがないのが特徴だと私は思っている。彼女にはショパンの録音もいくつかあるが、レパートリーの中心はやはり、バッハからモーツァルト、ベートーヴェン、そしてシューベルト、シューマンといったドイツ系の音楽である。その意味では、ベートーヴェンのソナタ、しかもその中でも選りすぐりの名曲を 3曲聴けることは、本当に貴重な機会なのである。

今回の演奏の印象を短くまとめると、これが最後という感傷とは無縁の、ひたすら音楽そのものの本質に向かって行く真摯なものであった、と言えるのではないだろうか。例えば「悲愴」の有名な第 2楽章を、もっと纏綿と情緒豊かに表現するピアニストはいるだろう。また、32番の冒頭の不気味さを、さらに衝撃的に叩き出すピアニストもいるだろう。だがピリスの音楽には、一貫して流れる強い線があって、音色はきれいだし、強音部でも迫力を欠くこともない (フォルテの箇所では時折、ペダルとともにステージの床を踏みつける音が響くほどだ) が、演出過多ではなく、何よりもあざとさが全くない。集中力は持続してはいるが、そこに過剰な熱が発することはない。ひたすら純粋な音楽が聴かれたものと思う。もちろん、32番のソナタは晩年のベートーヴェン特有の一種特殊な音楽であり、終楽章たる第 2楽章で、音楽はもはや、時代も空間も超えて、遥かな宇宙に踏み出して行っているようにいつも私は思うのだが、今回のピリスの演奏では、その浮遊感や、空虚な喜悦感を経て、ついに人間が生きている時間の尊さまで感じる (抽象的な表現だが・・・) という、ちょっと不思議な経験をした。ここでベートーヴェンは既に形式も品格も超え、生そのものを紙面に書き記したのではないか。それは、感傷的では全くない。劇的でもない。ただただ、人が生きて行くことの不思議が、空気の振動である音というかたちで残された。そんな曲であることを思わせる演奏であったと思う。感動のあまり涙を流すというものではないだろう。だが、これほどベートーヴェンという作曲家の深層に到達した演奏は、そうあるものではないと思う。さて私の経験では、この 32番のソナタのあとでアンコールは難しいのだが、今回ピリスが弾いたのは、同じベートーヴェンの「6つのバガテル」の第 5曲。実はこの曲の作品番号は 126。最後のピアノ・ソナタである第 32番よりも後の作品であるのみならず、これはベートーヴェンの最後のピアノ作品なのである (因みに、第九の作品番号は 125であり、これの 1つ前だ。このあとベートーヴェンの最後の創作は、後期の弦楽四重奏曲の深淵に沈んで行くのである)。ピリスがここで弾いた、やはり無重力空間のようなこのアンコールピースは取りも直さず、ベートーヴェン晩年の閉ざされた世界を聴衆に示すものでありながら、やはり感傷とは無縁のものであった。この偉大なる小柄なピアニストの演奏に対して、満員の聴衆はスタンディング・オヴェイションで応えたが、興味深いことに、感極まったブラヴォーは全く出ていなかった。その拍手は温かく、ピリスの音楽をしっかりと受け止めたというメッセージになっていたと思う。私もそのような聴衆の一員になれたことを、誇りに思う。

終演後にはサイン会があったので参加した。ここでも彼女はもったいぶることなく (?)、サインを求めて並んだ大勢のファンを待たせることなく、すぐに姿を見せたのである。これが最後という湿っぽさのない明るい対応で、ラテン系らしいと言ってよいのか否か分からぬが、気さくな雰囲気で笑顔のサイン会となっていた。
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この偉大なるピアニストの単独リサイタルとしては、もう一日、モーツァルトとシューベルトを曲目としたものが残っている。その演奏会の記事で、彼女の引退を巡るちょっと興味深い発言に触れてみたいと思う。来週までしばしお待ちを。

by yokohama7474 | 2018-04-13 00:58 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by 山口道子 at 2018-06-11 00:06 x
彼女のすべてが、素晴らしく、
生きるちからをくださった。
Commented by yokohama7474 at 2018-06-11 22:31
> 山口道子さん
よく分かります。きっと日本のファンのそのような思いは、ピリス本人に届いたものと思います。
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