川沿いのラプソディ


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マリア・ジョアン・ピリス ピアノ・リサイタル 2018年 4月17日 サントリーホール

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前回のリサイタルを既に採り上げた、現代最高のピアニストのひとりでポルトガル出身のマリア・ジョアン・ピリスの 2回目のリサイタルである。日本でのソロ・リサイタルとしては最後になるであろう今回の曲目は以下の通り。
 モーツァルト : ピアノ・ソナタ第12番ヘ長調K.332
 モーツァルト : ピアノ・ソナタ第13番変ロ長調K.333
 シューベルト : 4つの即興曲D.935

前回のリサイタルはオール・ベートーヴェン・プロであったが、今回は前半にモーツァルトの (中期の、と呼んでよいのだろうか、彼の作品につけられた K (=ケッヘル) 番号では真ん中あたり) ソナタ 2曲、そして後半にシューベルト晩年の作品を置いたもの。前回のベートーヴェン・プロでも、後半に置かれたのは彼の最後のソナタであったので、その意味では、お互いに類似点のあるプログラムであったと言えるであろう。名ピアニストが引退を控えて行うコンサートで、しかもドイツ・オーストリアの作曲家の晩年の作を演奏するとなると、聴く方もそれなりに身構えてしまうもの。だが、前回も書いたことだが、今回もピリスの演奏には感傷はなく、ただ音楽の純粋な美を追求した演奏に、静かな感動を覚えたものである。
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実は、前回のリサイタルを聴いたのは、ステージに向かって右上の RA ブロック。もちろんステージに近いのでよく聴こえたと思ったものの、今回違うブロックで聴いてみると、ピリスのピアノは意外と音量がある。やはり RA だと、ちょうどピアノに蓋がかぶさった状態で聴くことになるせいだろうか。ともあれ今回は前回以上に細かいニュアンスを聴き取ることができて、音楽を堪能することができた。モーツァルトのソナタは、耳には平易に響くものの、本当に美しく喜悦感をもって演奏するのは、それはそれは難しいことだろうと思うのであるが、ピリスの手によって、力みも気負いもなく、だが細心の注意を伴いつつもテンポ感よく流れる音楽は、やはり尋常のものではない。そしてそこには機械的なものは一切なく、ほんのわずかなミスタッチやテンポの乱れですら、耳につくことは全くないどころか、却って音楽における人間性を自然に感じさせる、そんな演奏であったと思う。ピュアなピアノの音は、人の心まで澄んだものにしてくれると思う。本当に、終わってしまうのがもったいなく、いつまでも響き続けて欲しいモーツァルトであった。

後半のシューベルトの「4つの即興曲D.935」は、死の前年、1827年に書かれたもので、文字通り 4つの曲からなる 40分ほどの曲。即興曲とは、シューベルトに何曲かの曲集がある以外は、ショパンにも少しはあるものの、それほどポピュラーな曲の形態ではない。文字通り即興的に自由に作曲されているという意味での命名だろうが、ピアニストが即興で演奏する曲ではない。4曲セットで、まるで 1曲のソナタとみなせるという説もあるようだが、自由に書かれた曲だから、聴く方も自由でよいのではないか。第 3曲が、有名な「ロザムンデ」の間奏曲がテーマとなった変奏曲であることもあり、親しみやすさが随所に聴かれる曲集であるが、そこはやはり晩年のシューベルトのこと。不思議な音響空間が現出する瞬間もあり、自由な感性を持つピアニストでないと、なかなか成功しない曲ではないだろうか。その点ピリスの演奏にはこの上ない自由さがあり、ここでもピュアな音が、説得力を持って響いていた。もっと輝かしい音を聴かせる人や、粒立ちにおいても、さらに繊細なものを持っている人はいるだろう。だが、ピリスという音楽家がそこにいてピアノを弾くだけで、音楽の純粋な美が立ち現れるという点に、彼女の非凡さがある。これを実演で耳にすることができた聴衆は幸せであった。今回もアンコールが演奏されたが、それは、同じシューベルトの「3つのピアノ曲 D.946」の第 2曲変ホ長調。これは、シューベルトの作品番号である D (= ドイチュ) 番号では「4つの即興曲」より少しあと、死の半年前の作品であって、これもまた即興曲を集めたものなのである。実は今回ピリスは、4/12 (水) の演奏会では、「テンペスト」の代わりにこの「3つのピアノ曲 D.946」を弾くと発表されていたが、曲目変更になったもの。当然ピリスのレパートリーには入っているのであろう。コンサート・プログラム本体に続いて同じシューベルトの即興曲が演奏されたわけで、大変に座りのよいアンコールであった。

こうしてピリスの日本でのソロ・リサイタルは終了した。残すは、ブロムシュテット / N 響と共演するベートーヴェンの 4番のコンチェルトと、弟子であるリリット・グレゴリアンとのデュオ・リサイタルのみである。私は幸いなことにコンチェルトを聴くことができるので、是非楽しみにしたい。ところで、これほどの名ピアニストが引退するに際し、何かコメントの発表はないのだろうか。会場では有料プログラムは販売されておらず、薄く小さな配布プログラムのみで、そこにはインタビューの類は掲載されていない。今年 1月の「音楽の友」誌で彼女の引退について特集が載っていたようだが、それは読んでおらず、ネットで情報を取ろうとしても無駄であった。そこで英語で探してみると、ひとつだけ、極めて簡略だが興味深いピリスの発言が見つかった。これは今年の 4月 4日付だから、かなり最近の、Rhinegold Publishing という、英国の音楽関連出版社のサイトに出ているものだが、もともとは Platea というスペイン語の雑誌に掲載されたインタビューのようである。"Platea Magazine" で検索すると、その雑誌のサイトが見つかり、ピリスのインタビューも読むことができる。・・・但しスペイン語が分かればだが。
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ここでは、上記 Rhinegold Publising のサイトにおける英語での一部引用から、私が勝手に訳してご紹介しよう。衝撃的発言である。

QUOTE
つまるところ、ピアノ自体が、私が引退する主な原因です。私はこれまで、決してピアノ ("him" と表現) とよい関係を築けたためしがありません。いや、もちろん、引退には複数の要因があります。自分自身のためにもっと時間が必要だし、コンサート活動に追われることのない人生も欲しい。でもやはり、ピアノという楽器自体が、決して私になじもうとはしてくれなかったことが、最大の理由なのです。
UNQUOTE

これは一体どういうことだろう。世界が称賛するピアニストが、ピアノになじむ (原文では "adapt") ことができなかったとは・・・。私が上で記した感動は、一体なんだったのか (笑)。多分、全文を読んでみるともう少しピリスの意図が分かるのではないかと思うのだが。いつかピリスの引退を巡る発言がもう少し日本にも紹介されることを祈って、ここは一旦〆ることとしましょう。

by yokohama7474 | 2018-04-18 01:22 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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