ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 NHK 交響楽団 2018年 4月26日 サントリーホール

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90歳の巨匠、ヘルベルト・ブロムシュテットと NHK 交響楽団 (通称「N 響」) との顔合わせによる定期公演の 3演目め。今月の定期公演のテーマであるベートーヴェンの作品による演奏会で、曲目は以下の通り。
 ベートーヴェン : 交響曲第 8番ヘ長調作品93
 ベートーヴェン : 交響曲第 7番イ長調作品92

ここで思い出してみたいのは、前回のこのコンビによる演奏会の曲目は、ピアノのマリア・ジョアン・ピリスを迎えて、同じベートーヴェンのピアノ協奏曲第 4番作品58と、交響曲第 4番作品60であった。その演奏会の記事に書いた通り、この 2曲は作品番号が 2つしか違わず、しかも 1807 年の同じ演奏会で初演されている。そして今回の 2曲も、連続した作品番号から分かる通り、ほぼ同時期に書かれたものであり、初演は 1年違い (7番が 1813年、8番が 1814年。そう言えば前者は、戦争交響曲「ウェリントンの勝利」と同じ演奏会で初演されたことは有名で、ということはつまり、ナポレオン率いるフランス軍が英国軍に敗れた直後の頃である)。今回の演奏会で、番号の若い 7番が後に来ている理由は、ひとえにコンサートのトリを飾る盛り上がりは、なんと言っても 7番の方が 8番よりも上であるからだろう。
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音楽ファンはもちろんこの 2曲を熟知しているのであるが、西洋音楽史上抜群の人気曲である 7番に比べて 8番は多少地味な印象があることは事実であるものの、だがその 8番も、実は偉大なる交響曲なのであるということもまた事実なのである。序奏なしにいきなり流れ出す勢いのよい旋律は極めて印象的だし、曲想の鮮やかな変化はワクワクするようなものであり、時にはポコポコというとぼけた味わいがあるかと思うと、盛り上がってくると滝のように音が次々と押し寄せてくる。第 2楽章は当時発明されたばかりのメトロノームへの皮肉のようであり、牧歌的なトリオを持つ緩やかな舞曲である第 3楽章も、そして、仕掛けとユーモアあふれる第 4楽章 (私は随分以前に学生オケでこの曲を聴いたとき、終結部でティンパニが忙しく叩いた挙句、バチがヒューンと飛んで行ったのを見たことがあり、まさにこの曲のユーモアを体現した演奏と聴いたものだ。笑) も、楽しい。本当の意味での緩徐楽章がなく、リズムが重要な意味を持つという意味では、この 8番は 7番と共通点があり、それゆえこの 2曲を続けて聴くことには意味があると思うのである。

さて、今回の演奏を表現してみると、90歳という年齢が信じられないような活力溢れる演奏と言ってもよいかもしれないが、私としてはそれよりも、巨匠指揮者が、その実年齢はともかく、長い時間をかけて追求して来たベートーヴェンとの対峙方法に、N 響が素晴らしい反応を示した演奏であったと表現したい。編成は予想通りコントラバス 6本で、木管楽器もスコアの指定通り。そして、いつものようにヴァイオリンの左右対抗配置を取り、指揮棒なし、椅子を使わずに立ったままでの、暗譜による指揮であった。今回の 8番と 7番の演奏には共通点があり、それは、いずれも第 1楽章の (と、7番では終楽章も) 反復を励行していたことと、第 1楽章と第 2楽章を続けて演奏していたことだ。このことによって、この 2曲の共通点と相違点が浮き彫りになっていたような気がする。驚くべきはそのテンポで、実にきびきびとしたもの。特に 8番はかなり速めのテンポであり、老齢の指揮者のリズムやテンポが硬直することはむしろ当然であることを思うと、驚異的なことであると言ってよいだろう。8番はここで、古典的なフォームを保ちながらも、ベートーヴェンの音楽の持つ人間くささを明らかにしていたとするなら、7番の方は、よくあるバリバリと弾き飛ばす演奏ではなかったがゆえに、音楽の起伏がよく見える演奏になっていたと考えたい。あるいは、8番の音楽にユーモラスさとともに凶暴さもあることを感じる一方で、7番にはリズムだけでは表しきれない音楽の劇性を認識した、と申し上げようか。そこには、N 響の高い技量が活かされていたことを忘れてはならない。象徴的であったのは 7番の終楽章で、もちろんここではヴァイオリンの対抗配置は著しい効果を上げていたのだが、コンサートマスターを務めた篠崎史紀以下の弦楽器奏者たちは、熱狂に浮かれて音楽にのめり込むというよりは、極めてプロフェッショナルに、またクールに、お互いによく聴きあいながら、音を捌くという印象であった。それによって、この楽章がただリズミカルに熱狂するだけの音楽ではなく、低弦のオスティナートが練り上がって行くことで、音そのもののドラマが生まれるのだということを再認識することになった。ブロムシュテットの取っているスタイルは、昨今の古楽器演奏の成果を反映していることは確実で、例えば速いテンポなどはその表れだろうが、大事なことは、その音楽が説得力をもって聴衆に感動を与えるか否かである。今回の音楽は間違いなく感動的であった。東京でこのようなヨーロッパ音楽の神髄を聴くことができるとは、我々はなんと恵まれていることだろうか。

このブロムシュテットは、最近もライプツィヒ・ゲヴァントハウス管とベートーヴェン全集を録音しているが、私などは若い頃、名盤とされていたシュターツカペレ・ドレスデンとの全集 (1975 - 1980年録音だから、未だ東ドイツ時代である) を聴いていたものだ。ふと思い立ってその CD を引っ張り出してきて、7番と 8番を少し聴いてみると、それは今回の演奏とは全く違うスタイルの演奏で、決して重々しすぎることはないが、やはり旧来のドイツ的な音楽という表現で呼びたくなるもの。少なくとも 8番のテンポは今回の演奏よりも遅いし、7番の第 1楽章提示部の反復は省略している。それゆえ今回の演奏は、この名指揮者のベートーヴェン探訪の成果であると思うのであるが、だが音楽の面白いところは、かといってこの古い全集の価値が減じたかと言えば決してそうではなく、これはこれでやはり、優れた演奏なのである。この 5枚組の CD、3,000円ほどで手に入る。なんと有難いことだろう。
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さて、今回のブロムシュテットと N 響の一連の演奏は、今回と同じプログラムによる 4/29 (日) のオーチャードホール定期で終了であるが、ふと思い出したことがある。そう言えば、N 響とバンベルク交響楽団の共同企画で、ブロムシュテットのベートーヴェンの交響曲ツィクルスが進行中という情報が、以前あったはずだ。記事に書いた記憶があったので、今回調べてみた。2016年11月 4日の記事 (バンベルク響との「田園」その他のプログラム) から、一部抜粋しよう。

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因みにプログラムによると、バンベルク響とN響の共同で東京においてベートーヴェンの交響曲ツィクルスが進行中とあり、なに、そんな話聞いていないなと思いながら、近年(2010年以降)のブロムシュテットの東京でのベートーヴェン演奏を、ちょっと調べてみた。尚、N響に関しては定期演奏会だけしか調べていないので、それ以外のコンサートで演奏されている場合はここから抜けていることになる。
 2010年 : 3番(N響)
 2011年 : なし(N響への登壇はあり)
 2012年 : 3番、7番(バンベルク響) (N響への登壇はなし)
 2013年 : なし(N響への登壇はあり)
 2014年 : なし(N響への登壇はあり)
 2015年 : 1番、2番、3番(N響)
 2016年 : 5番、6番(バンベルク響)、9番(N響、12月の予定)
ツィクルスの始まりがいつであるのか分からないが、仮に前回のバンベルク響の来日公演の2012年とすると、残るは4番と8番だけとなる。3番「英雄」だけは、既に3回演奏されているのだが。
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なるほど、今回ブロムシュテットと N 響は、4番も 8番も演奏したので、これでツィクルス完了である。誠にご苦労様でした。そのブロムシュテット、今年はまた 10月に、ということはわずか半年後だが、N 響の指揮台に帰ってくる予定である。10月のプログラムにはブルックナー 9番やマーラー「巨人」というヘヴィーな作品も入っていて期待されるが、実はベートーヴェンも、6番「田園」が含まれている。あ、ちょっと待て。上のリストをよく見てみよう。この中で N 響ではなくバンベルク響が演奏していたのは、5・6・7番である。今回彼らは 7番を演奏し、10月に 6番を演奏すると、あとは 5番さえ演奏すれば、N 響単独で、ブロムシュテットとのベートーヴェン交響曲の全曲演奏が達成されることになるのである。・・・と書きながら、実は私は知っている。ブロムシュテットと N 響、既に度かベートーヴェン 5番を演奏していることを。一度は、先にご紹介した、ピリスとの共演によるモーツァルトのピアノ協奏曲第 17番が演奏された 1992年11月。その後も、手元ですぐ分かるところでは、1996年 9月に演奏している。ついでに言うならば、今回演奏された 7番や 8番も、過去に演奏歴がある。だが、上記に見た通り、彼は近年ベートーヴェン演奏のスタイルを変えてきているわけで、そのような長年の探求の末に辿り着いたスタイルでの全曲演奏には、やはり大きな意味があると思う次第。この巨匠が、これからもまだまだ東京で素晴らしい音楽を聴かせてくれることを、願ってやまない。
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by yokohama7474 | 2018-04-27 00:30 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

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