川沿いのラプソディ


川沿いの住まいから、音楽、美術、映画その他文化一般を語りつくします。
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メモ帳

ルドン --- 秘密の花園 三菱一号館美術館

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オディロン・ルドン (1840 - 1916) は世紀末の雰囲気漂う作風のフランスの画家で、象徴主義に分類されることが多い。だが、この「〇〇主義」という奴は曲者で、なんとなく芸術家の持ち味を整理してくれる便利な分類である一方で、その芸術家の多様な個性を単純化してしまう弊害がつきまとう。よく知っていると思っている画家でも、作品を見れば見るほどに、その多様性に打たれることが多い。現在、東京・丸の内の三菱一号館美術館で開かれているこの展覧会も、この既知の画家の奥行を実感できるという意味で、見逃せない内容なのである。まず最初に一枚の大作の写真をご覧に入れよう。キャンバスにパステルで描かれた、縦 248cm、横 163cm の大作で、題名は「グラン・ブーケ」、つまり巨大な花束という意味である。
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これはルドンの作品の中でも恐らく最大級の大きさを誇るものであろうし、1901年というその制作年にも関わらず、その瑞々しい色彩は未だ充分に保たれている点も驚きだ。実はこの作品を所蔵するのが、今回の展覧会の会場である三菱一号館美術館なのである。これはもともとブルゴーニュ地方の小村にあるドムシー男爵という人の館の食堂に設置された壁画であるが、今回の展覧会では、現在ではオルセー美術館が所蔵する同じ食堂のほかの壁画の数々と並んで、展示されている。そして、国内外から集められた様々なルドンの作品によって、この画家の特異な資質に迫ろうという試みが、この展覧会なのである。とはいえ、この画家になじみのない人が、ゼロから何かイメージを持つというよりは、既にこの画家について一定のイメージのある人が、そのイメージを辿り、最後にこの「グラン・ブーケ」に辿り着いて感動するというパターンが想定されやすい内容かと思う。つまり、決してルドンの画業全体に迫る展覧会ではなく、初期のモノクロのイメージを経て、この極彩色に至る、その過程を楽しむ展覧会だと思う。

これは1875年頃の「木々の習作」。紙に木炭で描いたもの。ただ、立ち枯れの木を描いているだけであるが、何やら不気味な感じがすることこそ、ルドンの作品たるゆえんである。
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かと思うと、ルドンは決して初期の頃はモノクロの絵ばかりを描いていたわけではない。これは、制作年不詳ながら、明るい色彩で風景を描いた作品で、「風景」という題名で展示されている。だがもちろんここにも、人の気配すらない風景に不気味さを感じることができる。ルドンは、印象派のように、実際に目に見えるものを再現したのではない。彼の心の目に映る世界をそのままかたちとしたのである。
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これも少し傾向の近い作品で、「パイルルバードの小道」(制作年不詳)。ここには鳥という生命体が描かれてはいるものの、これが無人の景色であることを却って強調する存在となっている。手前の木に茂る花々は輪郭を失っており、このあたりにもルドンらしさがほの見える。
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ルドンは何人かの教師について絵を学んでいるが、ボルドー生まれの彼は、パリに出て勉強しても納得がいかなかったのか、また故郷に戻っている。ボルドー出身で、放浪の版画家と言われたルドルフ・ブレスダン (1822 - 1885) には、1865年頃に師事したらしい。このブレスダンという画家、私もどこかで名前を聞いたことがあるという程度であるが (多分、ルドンについてのどこかの文章でその名に触れたのかも)、この「善きサマリア人」(1861年) を見ると、その執拗な細密描写に、異様な迫力を感じる。ルドンの作風とは随分と異なってはいるものの、夜のイメージや人間の深層心理に働きかける感性などには、このブレスダンからの影響があるということにもなろう。
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そのブレスダンの肖像と言われる作品を、ルドンは残している。1886年、ということはブレスダンの死の翌年だが、「夜」という版画集の「老年に」という作品である。もやっと浮き上がった孤独な老人の横顔に、世界の闇を見た版画家の透徹した視線を想像できる。
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ルドンのモノクロ版画は、画家の前半生の創作活動の重要な部分を担っていることは事実だろう。一見すると不気味で閉鎖的で、偏執狂的にすら思われるその一群のモノクロ版画はしかし、なじむほどにその人間性とユーモアを訴えかけてくるように思う。その点が、例えばフェシリアン・ロップスとかアルフレート・クビーンの、退廃性極まる作品とは異なる点である。これは「夢の中で」という連作の中の「賭博師」(1879年作)。不気味に佇む木々の横を、大きなサイコロを頭の上に担いだ男が大股に歩いて行く。まさに夢の中のワンシーンのようなシュールさであるが、だが、人はこれを見て絶望的な気分になるとは思われない。
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もう少しルドンのモノクロ版画を見てみたい。これは、「ゴヤ頌」という版画集から「沼の花、悲しげな人間の顔」(1885年作)。これも現実離れした、一度見たら忘れない強烈なヴィジョンではあるが、題名の通り悲哀を感じさせるもので、そこには人間性を見ることができる。
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これは「夢想 (わが友アルマン・クラヴォーの思い出に)」というシリーズから「かげった翼の下で、黒い存在が激しく噛みついていた・・・」(1891年作)。この連作を捧げられたアルマン・クラヴォーは植物学者で、当時まだ珍しかった顕微鏡を使って微生物の研究をしていた。ルドンの描く情景には、まさに微生物を思わせるものもあるが、それはこのクラヴォーの影響によるもの。上でも書いた通り、ルドンの興味は、実際に人間の目に見えている風景ではなく、見えないけれども存在する世界であって、この特異な画家にとってそのような不可視の世界こそ、目の前の世界よりも興味を惹くものであったことだろう。
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そのような感性は、この作品にも如実に表れている。「陪審員」というシリーズから、そのものズバリ、「目に見えぬ世界は存在しないのか?」という作品 (1887年作)。それにしてもこの作品、顕微鏡下の世界に啓示を受けているにせよ、今どきの言葉で言うと「キモカワイイ」ことで、何か人の心に残るものがあるのである。
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ルドンが色彩に目覚めたのは 1890年頃、50歳に至ってからであると言われている。色彩を使った作品にもこの画家の感性がよく表れていて素晴らしい。これは「キャリバンの眠り」(1885 - 90年作)。キャリバンとは言うまでもなく、シェイクスピアの戯曲「テンペスト」に出て来る異形の存在であるが、どこか仏教彫刻のようにも見えるキャリバンの周りには、既にモノクロ時代に現れていた立ち枯れの木や、光を放ったり羽根が生えていたりする浮遊する顔たちがあり、森の中のようにも見えるし、海底のようにも見える。
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ルドンにしては非常に異色な作品も展示されている。それはこの「ドムシー男爵夫人の肖像」(1900年作)。彼がこんなにまともに人間の顔を描いた例が、ほかにあるだろうか。これは遥か後年のバルチュスすら思わせるような白昼夢的な印象の作品で、興味尽きないのであるが、ここで描かれているドムシー男爵夫人とは、冒頭の方で述べた、本展のメインとなっている壁画群をルドンに発注した人物である。男爵からの壁画の依頼は 1900年頃であったようだから、依頼主の妻の肖像も同時に依頼されたということであろうか。
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さて、展覧会ではオルセー美術館所蔵の、大小様々な壁画群が展示されている。これらは大変自由な美しい絵であるが、いわゆる一般的な意味での写実性を欠いている点、まさにルドンの個性を強く刻印したものだ。植物がメインだが、2点の作品には人物も描かれていて、その服装を含めて神秘的な雰囲気である。
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ここで展覧会は、「グラン・ブーケ」の展示によってクライマックスを迎えるが、そのあとにもまだ作品が並んでいる。この夢幻的で美しい作品は、今回数々のコレクション作品をこの展覧会にも出展している岐阜県美術館のルドン・コレクションを代表する「瞳を閉じて」(1900年以降作)。同じ題材でもう少しモノトーンに近い作品をオルゼー美術館が所蔵していて、その作品に触発されて、武満徹がピアノ曲「閉じた眼」(2作あり) を作曲したことはよく知られている。そう言えば、武満が随分前に NHK の「日曜美術館」でルドンについて語っている回があった。
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これも同じく岐阜県美術館の所蔵になる「オルフェウスの死」(1906 - 10年頃作)。もちろんギリシャ神話だが、既に物言わぬオルフェウスの首が、死という現実を離れて甘美な幻想に溶けて行っている。
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展覧会はこのあと、「グラン・ブーケ」との関連という意味でも興味深い、花を描いた一連の作品に移る。これは「日本風の花瓶」(1908年作)。その名の通り、日本の舞が描かれた花瓶に花が生けられている。これもまるで微生物のような花々であるが、その色彩感覚には天才的なものがあるではないか。
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これは「大きな花瓶」(1912年頃)。既に晩年に至った頃の作品であるが、やはりその夢幻的な雰囲気と、素晴らしい色彩感覚に魅せられる。
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上述の通り、ルドンに全くイメージのない人は、この展覧会が、彼の全画業を懇切丁寧に解き明かしてくれるわけではない点に、戸惑いを覚えるかもしれない。だが、この画家の持ち味は充分に味わえる内容であると思う。また、日本に存在する西洋絵画の至宝のひとつである「グラン・ブーケ」が、ルドンの作品の中でも指折りの傑作であることも理解できて、東京の文化度を再認識できる機会にもなるだろう。期日は今月 20日までなので、未だご覧になっていない方には、足を運ぶ価値はあるとお薦めしておこう。

by yokohama7474 | 2018-05-02 23:56 | 美術・旅行 | Comments(0)
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