川沿いのラプソディ


川沿いの住まいから、音楽、美術、映画その他文化一般を語りつくします。
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メモ帳

ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男 (ジョー・ライト監督 / 原題 : Darkest Hour)

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これは私がロンドンに駐在していたときのことだから、もう今から 10年くらい前になる。確か日本のニュースに、英国の小学生たちに訊いてみた結果として、面白い話が載っていた。それは、ほとんどの生徒がシャーロック・ホームズを実在の人物と信じている一方で、やはりほとんどの生徒が、ウィンストン・チャーチルを架空の人物だと思っていた、という話である。この話を、当時の部下の英国人 (私より年上で、当時既に 60近かった) にケラケラ笑いながら伝えると、彼は笑いには反応せず、遠い目をして、嘆きなのか驚きなのか、何らかの実感を込めて、「Oh・・・ウィンストン・チャーチルはもちろん実在したよ・・・」と小さな声で呟いていたものだ。このことは一体、何を意味するのであろうか。子供たちにしてみれば、ベイカー街に行けばその住居とやら (もちろん、19世紀の家をもっともらしく手直しした架空の住居) を見ることのできるホームズは、精悍な外観を持つ実在の英雄であり、昔英国がドイツとひどい戦争をしたとき、その悪の権化ドイツをやっつけたチャーチルとやら言う首相は、偉大だと言われる割には太った頑固そうな親父であり、その住居跡はロンドンでは見ることができないがゆえ、小説かマンガの主人公だと思っている、ということだろうか。それに対して、私の部下のような大人になると、もちろん戦争を実際に行っていた頃と近い時代に生まれているゆえに、英国が、そしてヨーロッパ全体が、ナチス・ドイツによっていかに危機的な状況に瀕することになったかを皮膚感覚で知っているので、チャーチルが実在しないなどという馬鹿馬鹿しい思いに囚われている若い層のことを、嘆かわしく思ったのであろうか。これは実在したチャーチルの写真。
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以上は私の個人的な思い出の中で、英国人にとってチャーチルがいかなる人であるにつき、大変重要なヒントを与えられた経験である。そして、ナチス・ドイツを巡る物語は、戦争終結後 70年以上を経た今でも、虚実ないまぜとなって、様々な映画を生み出している。このブログでも過去にこの題材を扱った映画を、随分と記事にしてきたものだ。だが、この映画は一味違う。ここにはヒトラーその人を演じる役者は出て来ないし、彼を支持するドイツ人や、追い詰められたフランス人も、狂信的なナチの将校も、いや、いかなる前線の兵士の姿も (ストーリー上必要な特定の場所の描写を除き)描かれていない。ここで描かれているのは、戦争初期、1940年 5月の 20日間ほどの間の英国の様子だけである。ヨーロッパがドイツに蹂躙されるか否かという危機的状況における、チャーチルとその家族やスタッフ、また政敵や王室などの人々の追い込まれた心理と、難局が最後に打破されることが描かれているのである。従って私の疑問はやはり、この邦題に行く。チャーチルの名前のあとに、「ヒトラーから世界を救った男」とは、少し映画の内容と乖離が大きすぎないか。ここではチャーチルは未だヒトラーを打ち破ってはいないし、さらに言えばこの映画は、チャーチルの伝記映画ですらない。原題の "Darkest Hour" は「最も暗い時間」。空が最も暗いのは、言うまでもなく夜明け前である。なのでこの原題は ("the" がついていないことには、きっと何か意味があるのかもしれないが)、最も苦しい時を乗り越えることで、その後の光明が見えるようになったことが示唆されているのである。なぜ邦題は、こんな説明的かつイマジネーションのないものになってしまったのか、全く理解に苦しむ。それは本当に腹立たしいことだ。これが本作において、主演俳優ゲイリー・オールドマンが演じるチャーチル。
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さて、邦題への不満をぶちまけたところで、私はせいせいする。なぜなら、私がこの映画を見て感じた唯一の不満は、邦題だけであったからだ (笑)。一言、これはいろいろな意味で、一見の価値のある映画である。舞台の設定は上記の通り、1940年の 5月。昨年「ダンケルク」というクリストファー・ノーラン監督の映画が公開されたが、あの映画が、現場であるダンケルクでのリアルな戦争のありさまを描いていたのに対し、この映画はちょうどその裏側を描いており、ダンケルクに残された若い兵士たちをいかにして救出するのか、いや、そもそも救出できるのか、という点を巡る英国内の状況に焦点が当たっている。そしてもちろん、この戦争初期の重要局面で首相を拝命したウィンストン・チャーチルが、一体何を考え、どのような悩みをいかに乗り越えたのか、という経緯が、実に要領を得た手法で過不足なく再現されている。そう、ここで「再現」という言葉を使いたくなるのは、もちろん、その役者と、彼に対してなされたメイクが素晴らしいからだ。日本で特に話題になったのは、日本人の辻一弘のメイクがアカデミー賞を受賞したこと。それはそれで大変素晴らしいことだが、加えて、アカデミー主演男優賞を受賞したのがゲイリー・オールドマンであることが、やはり素晴らしい。
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映画好きは皆、この俳優が過去 30年ほどの間、数々の名演技でスクリーンを飾ってきたことを知っているわけであるが、それでも近年は、昔のような思い切った個性的な役柄は減っていたように思われる。そこへきてこの、本人の顔すら分からないような強烈なメイクで、しかも彼でなくてはできないような名演技を披露してくれたことは、本当に嬉しいことである。そうだ。メイクは映画にとって重要ではあるが、手間暇かけてこれだけの凝った「変身」をさせるなら、もともと太っている俳優でこの役ができそうな人を探せばよさそうなもの。だが、この映画を見ればすぐに判る。ここでは、ほかの誰でもない、ゲイリー・オールドマンがチャーチルを演じる必要があったのだ。ちょっと外見を似せるということではなく、チャーチルその人の人間性や、それこそ実在感のようなもの。それこそがこの映画でオールドマンが見せたくれたことなのだと思う。それでこそ、凝ったメイクの意味もあろうと言うものだし、この映画を見れば、英国の小学生諸君も、もうチャーチルが架空の人物だとは思わないことだろう (笑)。もちろん、それ以外の俳優も皆味のある演技であるが、私としてはやはりこの人、チャーチルの秘書役を演じるリリー・ジェームズに拍手を送りたい。
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ケネス・ブラナー監督の「シンデレラ」が素晴らしかったが、それ以前に、日本でも放送された英国のテレビドラマ「ダウントン・アビー」にも出演していたようだ。プログラムには彼女の出演作品として言及されていないが、このブログでは、彼女が主演した文芸大作 (?)「高邁と偏見とゾンビ」をご紹介した。また、今劇場で予告編がかかっている「マンマ・ミーア」の続編にも出演している。未だ 29歳。今後さらなる活躍が見込まれよう。なお、この作品の監督ジョー・ライトの過去の代表作は、キーラ・ナイトレイ主演の「プライドと偏見」である。もちろんこの作品は、「高邁と偏見」という邦題でも知られる、ジェーン・オースティンの名作の映画化である。そして、上記の「高邁と偏見とゾンビ」はそのパロディの映画化なのであるが、リリー・ジェームズは、自分もこの「プライドと偏見」に出てみたかったというほどジョー・ライトの作品が好きなのだそうである。それは果たせなかったものの、「とゾンビ」がついた方の作品では見事主演を果たしたわけで、ご同慶の至りである (笑)。これが本作の監督ジョー・ライト。1972年ロンドン生まれである。
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映画の中で扱われた題材に戻ると、ここでチャーチルは、極めて人間的な様々な面を観客に見せながら、最後には庶民の声を耳にして、自らを鼓舞することで難局を乗り切る決意を表明する。そのあたりの細かい経緯はさすがにフィクションであろうが、ダンケルクに英国兵たちが追い込まれた際に、ドイツ側からも和平交渉を示唆してきたという点は、私も知らなかったが、どうやら史実らしい。実はチャーチルは 1953年にノーベル文学賞 (!) を受賞していて、受賞作は「第二次世界大戦」という大部の著作であるらしい。だが、この著作の中には、この 1940年時点でのドイツとの和平交渉の可能性については、一切触れられておらず、記事の流れに奇妙な空白があるらしい。そしてそのあたりの実際の経緯は、1970年代になって、当時の閣議資料の公開によって、初めて明らかになったということだ。確かに、「絶対悪」であるナチス・ドイツに打ち勝った連合国を主導したチャーチルとしては、その途中で和平を模索したという事実は、あまり恰好のよい話ではなかっただろう。だが、事態はそれだけ危機的で、チャーチル自身も大いに揺れていたということなのであろう。そして何より、この映画の最後に出て来るチャーチルの演説にも、「新たな世界からの協力」が言及されていたと記憶するが、もちろん、米国の参戦なくしては、ヨーロッパはそのままドイツに蹂躙されてしまっていたかもしれないのである。よく知られている通り、チャーチルの母は米国人。当時、彼自身一体どこまで米国の参戦を確信できていたのか分からないが、自分の出自から来る希望なり、なんらかの秘策が、その胸のうちにあったのかもしれない。と、まぁ、映画を通じて歴史そのものに思いを馳せるのも、この映画が本当によくできているからだ。こんな映画はそうそうないと思う。
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さて、おしまいにもうひとつ。このチャーチルに関して、もしかするとその態度が粗野に見えることもあることから、逞しい庶民の生まれだと思っている人がいるかもしれない。実はそうではなく、彼は名門貴族の出身で、その生家は、なんと世界遺産 (!) に認定されているブレナム宮殿である。よく映画のロケでも使われていて、このブログでも過去に 2~3回、そのことを指摘したと記憶するが、そこに行くと、この人がいかに立派な家系の出身であるのか、よく分かるのである。英国の子供たちは、ロンドンからそれほど遠くないこの場所に遠足に行ったりはしないのだろうか。一度ここに行ってみれば、チャーチルの実在については明確に理解できるというものだ。日本からの旅行者も、是非訪ねて欲しい場所なのである。そして、窮地にあってもユーモアを忘れなかったこの偉大なる人物の、完璧でないがゆえに尊い行動から、大いに学びたいものだと思う。
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by yokohama7474 | 2018-05-08 00:24 | 映画 | Comments(0)
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