パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団 (ヴァイオリン : クリスティアン・テツラフ) 2018年 5月12日 NHK ホール

e0345320_01221477.jpg
ますます過熱する (と、世間一般で広く認識されているわけでは必ずしもないようだが・・・笑) 東京の音楽界の主役のひとりであるパーヴォ・ヤルヴィが、2月に続いてもう NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の指揮台に帰ってきた。今回も大変意欲的な 3プログラムが組まれていて本当に楽しみである。実際、このヤルヴィが首席指揮者になってからの N 響は、レパートリーにも幅と奥行きが出ているし、昨今のオケのモチヴェーションの高さには圧倒されるものがある。今回のような曲目であれば、それは士気も上がろうというもの。
 ベートーヴェン : ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61 (ヴァイオリン : クリスティアン・テツラフ)
 シベリウス : 交響詩「4つの伝説曲」作品22

この日はコンサートのハシゴであったのだが、最初に楽しんだミシェル・プラッソン指揮新日本フィルの演奏会については、既に記事を書いた。この演奏会は、そのプラッソンと新日本フィルの演奏会とはまた異なった趣向ではあれ、やはり音楽好きならどうしても聴いておきたいような内容であったのである。何がそんなにすごいかと言うと、まず、現代を代表するヴァイオリニストのひとり、1966年ドイツ生まれのクリスティアン・テツラフの弾くベートーヴェン。そして、決して秘曲というわけではないものの、なかなか実演で耳にする機会のないシベリウスの劇的な連作交響詩。この組み合わせは、本当に音楽の奥深さを教えてくれるようなものだと思うのである。まず、ソリストのテツラフである。
e0345320_01490221.jpg
おっと、これはウクレレ弾きですか (笑)。もともと彼の外見は、若干優等生的というか、ハリー・ポッター的なメガネ君という印象があって、それは正直、彼の持つ鋭くも豊かな音にはあまり似つかわしくないとも思われるものであったのだが、眼鏡をやめ、髭を生やし、髪もポニーテールにすることで、大きなイメージチェンジを図ったと見える。今回のステージでも、その締まった体付きもあって、遠目には若手奏者かと見紛うばかりに若々しい。もともと彼のヴァイオリンは、切り詰めた表現力によって聴衆の耳にストレートに入ってくるもので、ベートーヴェンの長大なコンチェルトを聴くには、過剰な情緒がない方がよいと常々思っている私としては、既に 50を超えたこの名ヴァイオリニストの現在を聴けることに、大変期待感を抱いたのである。実際に今回の演奏は、非常に抑制のきいた知的なもので、細い線がピンと張り詰めた緊張感をもってどこまでも伸びて行くような印象。滔々と歌うヴァイオリンではなく、聴く人によっては好みの問題もあるかもしれないが、そこに込められた表現力の揺るぎなさをこそ聴き取りたい。ヤルヴィもいつものように非常に明確な指揮ぶりで、オケが急速に盛り上がる箇所ではぐっと下から持ち上げるような仕草を見せ、実際にその仕草と音がリンクしているのは圧巻であった。極めてプロフェッショナルなソロであり、また指揮であったと言えるであろう。ところで今回のカデンツァ (3楽章それぞれにおける) は、ベートーヴェン自身がこの曲をピアノ協奏曲に編曲した版における作曲者自身によるカデンツァを、テツラフがヴァイオリン用に編曲したもので、第 1楽章ではティンパニの伴奏がつく。これには記憶があって、2016年10月16日の記事で採り上げた、ジョナサン・ノット指揮東京響をバックに、イザベル・ファウストが演奏したカデンツァと同じであろう (そちらの編曲はクレメンティによるとの情報もあったが)。この方法はそれなりのポピュラリティを獲得しつつあるということだろう。そして、アンコールとして、ほとんど何気なくと言ってよいほど気軽な感じで演奏され始めたのは、おなじみのバッハの無伴奏パルティータ 3番の中の「ガヴォット」。気負いのないすっきりとした演奏が、テツラフらしかった。

後半に演奏されたシベリウスの「4つの伝説曲」は、4曲を通して演奏すると 45分を超える規模であり、いわばひとつの交響曲のようにコンサートのメイン曲目になるべきもの。かなり劇的な曲想を持つので、コンサートのメイン曲目になりうることは間違いないが、とはいえ、ブラームスやチャイコフスキーの交響曲ほどには気の利いた音楽とも言えないので、実演ではそれほど耳にすることがないのであろう。これは作曲者シベリウスが故国フィンランドの民族叙事詩「カレワラ」を題材に、英雄レンミンカイネンの冒険を音で描いたもの。特に第 2曲の「トゥオネラの白鳥」は単独でしばしば演奏され、そのコールアングレの響きが大変抒情的である。ヤルヴィはエストニア出身で、フィンランドとは近い文化圏に育った人であるゆえに、このような曲への思い入れもさぞやと思われる。実際に今回の演奏は、そのような期待に充分応えてくれるもので、ヤルヴィはまさに N 響の高い技量をうまくリードしており、大変陰影に富んだ名演を聴くことができた。音楽が熱く盛り上がるところでも各楽器の表現を聴き取ることができ、混濁は一切ないし、何よりも、どの奏者にも迷いがないのがよい。この自発性は曲のあちこちで効果を上げていて、第 4曲「レンミンカイネンの帰郷」の開始部分の不気味な音など、ちょっと聴いたことがないようなものであった。やはりこれを聴いていると、ヤルヴィと N 響の関係がより一層深まってきているのを感じる。指揮者の意図を十二分に汲み取ることで、走り過ぎず、停滞することもなく、充実した音響を発散できる N 響、さすがである。ひとつ面白いシーンがあったのは第 1曲「レンミンカイネンと乙女たち」の後半の盛り上がり部分で、いつものように大きく円を描く指揮ぶりでオケの集中力を高めていたヤルヴィが、多分指揮棒を譜面台にぶつけたのであろう、指揮棒を取り落としてしまった。どうするか見ていると、しばらくは指揮棒なしで、いよいよ盛り上がってくるオケをリードしながら、ふと気づくとその手にはまた指揮棒が戻っていた。ヴィオラ奏者が指揮棒を床から拾っているようではあったが、それを演奏中に指揮台に戻すのは無理だから、予備の指揮棒が譜面台に用意されていたということだろう。プロだから当然、このような不測の事態にも冷静に対処して、破綻なく演奏を続けることができるわけだが、このような瞬間に、ステージで起こっていることは、緊張感溢れる「事件」なのだと思い知る。
e0345320_10281664.jpg
思えばパーヴォの名前は、シベリウスの権威であった偉大なるフィンランド人指揮者パーヴォ・ベルグルンドに因んでつけられたのであった。それゆえに、ヤルヴィにとってはシベリウスはやはり思い入れのあるレパートリーなのであろう。9月から始まる新シーズンには、やはり「カレワラ」に因んだシベリウスの大作、クレルヴォ交響曲を採り上げることになっている。これも今から楽しみなのであるが、まずは今月、残る 2つのプログラムに期待である。既にして私の頭の中には、このコンビが繰り広げるそれぞれの曲の演奏のイメージができているが、これはどのファンも同じであろう。そのような個性ある指揮者とオケのコンビが、ますますその絆を深めて行ってくれることを願ってやまない。

by yokohama7474 | 2018-05-13 10:33 | 音楽 (Live) | Comments(2)  

Commented by usomototsuta at 2018-05-15 10:13 x
こんにちは。今回も楽しく拝読しました。テツラフにはご兄弟がありましたかね?私の記憶違いかもしれません。カデンツァについてのお話面白いです。
 「トゥオネラ」のコーラングレは池田さんでしたか?気品溢れて好きなんですよ。以前ブロムシュテットと同曲をやったときソロを務めてました。
 ベルクルントの名を知ったときヤルヴィのことを連想しましたが、やはりそういう縁が有ったんですね。ベルクルントの方を後で知りましたので。
Commented by yokohama7474 at 2018-05-16 02:00
>usomototsutaさん
コメントありがとうございます。テツラフの妹ターニャ・テツラフはチェリストで、よく兄妹で共演しています。今回のコールアングレのソロが池田昭子さんだったか否か、うっかり確認し忘れたので、また放送の際にご確認下さい。ベルグルンドは、私も実演に接することはなかったですが、3度のシベリウス全集を中心に、素晴らしい録音が残っています。左手に指揮棒を持つことでも知られていました。と書いていたら、ベルグルンドのシベリウスを聴きたくなってきてしまいました(笑)。

<< ペンタゴン・ペーパーズ 最高機... ミシェル・プラッソン指揮 新日... >>