川沿いのラプソディ


川沿いの住まいから、音楽、美術、映画その他文化一般を語りつくします。
by Crop Stock
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
> 吉村さん 音楽の楽..
by yokohama7474 at 22:03
> マッキーさん 貴重..
by yokohama7474 at 22:01
今晩は、イワン雷帝聴きに..
by 吉村 at 18:43
あなたがザンデルリンクと..
by マッキー at 07:11
> katoさん コメ..
by yokohama7474 at 22:28
昨日、NHKで演奏を聞い..
by kato at 09:06
> カギコメさん いつ..
by yokohama7474 at 23:11
> Dear M. L...
by yokohama7474 at 23:08
yokohama747-..
by M. L. Liu at 13:02
> 吉村さん ご賛同あ..
by yokohama7474 at 23:33
メモ帳

ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書 (スティーヴン・スピルバーグ監督 / 原題 : The Post)

e0345320_10435310.jpg
スピルバーグの新作が 2本、並行して公開中であるとは、なんと素晴らしいことか。もちろんこの作品と、それから「レディ・プレイヤー 1」である。いかにもスピルバーグらしく、ひとつは硬派な社会派、もうひとつは近未来をテーマにしたファンタジー物である。もっとも、私は後者は未だ見ていないし、ここで採り上げるこの作品も、既に上映劇場は大幅に縮小されてしまっている。シネコンの場合は、どうしても多くの観客が見込まれる作品 (いきおい、その多くは家族向けになる) に優先順位があるので、ある程度は致し方ないとは思いながら、このような映画にもまだまだ動員要素があると思うと、現在この作品を見ることのできる劇場が限られてしまっていることには、やはり残念な思いを禁じ得ない。そこでこのブログでは、せめてこの映画の持つ多大なる価値についての心からなる賛辞を捧げたいと思う。

まず、その題名である。ペンタゴンとは、もちろん米国国防省のこと。ペンタゴン・ペーパーズとは、その国防省が隠匿していた最高機密文書のことを指すのであろう。それは予告編でも明らかであった。だが、原題は "The Post" 。むむ、なんだこれは。どんなポストなんだ???
e0345320_11202475.jpg

もちろんそう思った 2秒後には気づいた。これは、ワシントン・ポスト紙のことである。ワシントン・ポストと言えば、もちろん米国の首都ワシントンで発行されているメジャーな新聞であるが、もしかするとクラシック音楽愛好家で初期にセミ・クラシックのような音楽を聴いておられた方は、あのマーチ王ジョン・フィリップ・スーザの代表作のひとつである同名作品を思い浮かべるかもしれない。だがそれは全く正しいことである。なぜならばそのマーチは、1889年に、このワシントン・ポスト紙からの依頼によって作曲されたものであるからだ。より正確に言うと、ワシントン・ポスト紙のオーナーが依頼したのである。そう、ここでこのマーチとこの映画の間のつながりが見えてきた。というのも、この映画の主人公は、ワシントン・ポスト紙のオーナーであるからだ。劇中でメリル・ストリープ演じるところのキャサリン・グラハム (1917 - 2001)。なるほど、メリル・ストリープが演じるのにふさわしい、意志の強そうな人である。
e0345320_23151227.jpg
この映画の舞台は 1971年。ニクソン政権下において米国がヴェトナム戦争の泥沼にはまっていた頃である。とある経緯で流出したペンタゴンの最高機密文書 (ヴェトナム戦争の真実に関するもの) の内容が、ニューヨーク・タイムズ紙に掲載される。それに対してワシントン・ポストも必死になって取材活動を展開し、ついに同様の情報に辿り着く。その機密文書に記されている衝撃的な情報を暴露すれば、ワシントン・ポスト紙が (まさにニューヨーク・タイムズがそうされたように) 政府の圧力を受けるかもしれない。また、つきあいのある政治家にマイナスの影響を与えてしまうかもしれない。そのような厳しいジレンマの中、オーナーであるキャサリンが果敢な決断を下すことになる、というストーリー。ハリウッドでは過去にも米国のスキャンダラスな恥部が何度も映画で描かれてきていて、それは日本ではちょっと考えにくいことなのだが、この分野にはかなり見ごたえのある作品が多い。だが、この映画はほかならぬスティーヴン・スピルバーグによる作品である。さすがに類似作品の中でも群を抜く出来だと思う。考えてみれば、社会派作品もこれまでに多く手掛けている彼としても、1970年代の米国の実話となると、これまでになかったのではないか (「ミュンヘン」は 1972年が舞台だが、国外の話である)。実のところ彼はインタビューで、実際にこの事件を体験した人々に話を聞くことができ、それはまるで天からの贈り物のようだったと語っている。それはそうかもしれないが、私が思うに、ここでスピルバーグが成し遂げたことは、実際にいかなる事件が起きたかを忠実に再現するというよりは、ジャーナリズムの姿勢はいかにあるべきかという社会的テーマに基づき、ルポルタージュでもノンフィクション小説でもなく、創作された映画として、強いメッセージを発することであったと思う。それを感じる例として私は、セリフを挙げたいと思う。英語は日本語とは異なり、意見を戦わせるには適した言語であるが、ここでポスト紙の熱血編集主幹として多くのセリフを喋るトム・ハンクスと、それに対して同意したり問い詰めたり、あるいは悩みを打ち明けるメリル・ストリープとは、独特のリズムで言葉の応酬を行っており、言葉同士が錯綜することがしばしば起こっても、いずれのセリフも明確に聞き取れるのである。もしこれが凡庸な監督と凡庸な役者たちだったら、とにかく議論のシーンは迫力を出すために、お互いに喚き散らして、ただ混沌とした状況だけを描くだろう。ここで飛び交う言葉の数々は、細部まで周到に計算されており、描かれている事態の深刻さも物語れば、登場人物たちの葛藤も容赦なく抉り出す。これは実に見事であり、映画という表現形態でなければできないことだ。
e0345320_23555515.jpg
それから、描かれていることが、歴史的に見れば比較的最近のこととはいえ、既に 45年以上も前のことであり、例えば現在のインターネット社会では成り立たない設定も多々ある。メールもない、携帯もない、もちろん SNS などあるわけもない、そんな時代に真実のために格闘した人々の姿は、だが、決して古臭い感じはしないのである。つまりここで描かれている人々の姿は、時代を超えて壮絶なるリアリティがあり、それこそが人間の、あるいは社会の真実であるということだろう。そしてスピルバーグ自身の言葉によれば、ここで描かれていることは、「今、この時代にも同じことが起きている」のである。
e0345320_00273847.jpg
ヴェトナム戦争について、今の時代に我々日本人がどうのこうのと言うことに、いかほどの意味があるのか分からない。だが、やはり真実を知ることは、誰にとっても必要であると思う。映画は別に政府批判のための道具ではないし、いかに内容が深刻でも、絶望感だけの映画であれば、誰も見たいと思わない。そうであるからこそ、スピルバーグのような、純粋な娯楽と社会性のあるものとを織り交ぜて世の中に発信できる人こそが、必要なのだと思う。この映画は、まだまだ上映終了することなく、多くの人の目に触れて欲しいものだと切に思うのである。

ところで、物語の最後には、ウォーターゲート事件の発覚が少し描かれている。もちろんこのスキャンダルでニクソンは、1974年に辞任に追い込まれたのであるが、その調査において中心的な役割を果たしたのは、実はワシントン・ポストの記者たちであった。そしてその先頭に立っていたのは、本作でトム・ハンクスが演じているベン・ブラッドリーなのである。彼は 2014年に 93歳で没したが、死の 1年ほど前に、「報道・言論の自由」に対する貢献を称えられ、大統領自由勲章なるものを授賞した。5年前の写真だが、何か遠い昔のように思えるのはなぜか・・・(笑)。
e0345320_00471247.jpg
このような実在の人たちの貢献は我々も知っておきたいものである。一方で、繰り返しだが、この映画の価値は、やはり映画として素晴らしい水準の出来であるという点を除いてはありえないと思う。スーザの「ワシントン・ポスト」マーチを口ずさみながら、素晴らしい映画との出会いを喜びたいと思う。

by yokohama7474 | 2018-05-14 00:53 | 映画 | Comments(0)
<< 佐渡裕指揮 ウィーン・トーンキ... パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK... >>


最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧