アレクサンドル・ラザレフ指揮 日本フィル (チェロ : 辻本玲) 2018年 5月18日 サントリーホール

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これは、いくつかの点で大変に意義深い演奏会であった。それは、日本の音楽界にとってでもあり、またこのブログを書いている私自身の思いという点でもそうなのであった。まず、これは明らかに日本音楽界にとって意義深いことであるが、日本フィルハーモニー交響楽団 (通称「日フィル」) の第 700回東京定期演奏会であること。ここでわざわざ「東京」と銘打っているのは、このオケは現在横浜でも定期公演を行っているからで、もともと本拠地は東京であるから、700回目の定期演奏会と言い切ってしまってもよいと思う。このオケの歴史は既に 60年以上。今回のコンサート会場で配布されていた楽団による資料によると、第 1回定期は 1957年 4月、創立者である渡邊暁雄の指揮で、会場は日比谷公会堂であった。その後このオケは、よく知られたスポンサーシップ打ち切りと、楽団分裂という激動の歴史を経ながらも、積極的な活動を展開してきた。楽団経営などいかなる楽団でも簡単なわけはなく、聴衆集めに加えて企業や個人のスポンサー探しも必須のアクションアイテムになるわけだが、ともあれ、今日までのメンバーやスタッフの皆さんの努力は大変なものだったと思う。700回定期、おめでとうございます。それから、日本の音楽界にとってのこの演奏会のもうひとつの意義は、非常にメジャーな作曲家の大作が、今回日本初演されるということ。これもまた、大変なことなのである。

ここで一旦話題を替え、ではこのブログにとっての意義は何かというと、これまで記事で採り上げたくて果たせなかった指揮者の演奏会を、やっと取り上げられるという点である。その指揮者の名前は、アレクサンドル・ラザレフ。1945年生まれのロシア人で、現在 72歳。このように、素手でオケに活気を与えるという特殊な能力の持ち主である。
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私が彼の指揮に初めて接したのは、1989年のボリショイ・オペラ (当時彼はその音楽監督であった) の来日公演における「ボリス・ゴドゥノフ」。その後 N 響に客演して以来、日本のオケを指揮するようになったが、その情熱的な指揮ぶりから、当時「ロシアのカルロス・クライバー」という異名が取り沙汰されていたのをよく覚えている。この日フィルとは、2008年から 8年間首席指揮者を務め、現在は桂冠指揮者兼芸術顧問という、非常に近い関係にある。私も過去、何度かこのラザレフと日フィルとのコンビを楽しんだことがある。だが、このブログで彼の演奏を採り上げたことがないということは、過去 3年間は、私は彼の演奏を聴いていないということだ。実際、何度かチャンスはあったのだが、所用が入ったり別のコンサートを優先したりして、彼のコンサートに足を運ぶ機会がなかったのである。ということで、日フィルとは、開き直って (?) ロシア音楽のみを執拗に採り上げている彼が今回演奏したのは、以下のような曲目。2曲とも、やはりロシア生まれの作曲家の作品である。
 プロコフィエフ : 交響的協奏曲ホ短調作品125 (チェロ : 辻本玲)
 ストラヴィンスキー : ペルセフォーヌ (日本初演)

まず最初のプロコフィエフだが、1952年に初演されていて、実際には作曲者 2曲目のチェロ協奏曲なのであるが、チェロ協奏曲第 1番の改作であり、またオケの比重が重いということで、このタイトルになっている。あまり知名度の高い曲ではないかもしれないが、私は以前から大好きで、この作曲家のブルータルな面が、戦後に至っても (いやそれどころか、実は初演は作曲者の死の 1年前だ) 未だ残っていたということを確認できて、興味深い。これはそれほど強烈な曲であり、決して親しみやすくはないが、全編に横溢する生命力に、誰しもが圧倒されるだろう。もちろんというべきか否か、これは 20世紀後半のチェロの巨人、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチのために書かれており、彼が初演した曲 (ちなみに初演時の指揮者はなんと、あの巨匠ピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテルで、これがリヒテル生涯で唯一の指揮経験だという)。尚、ロストロポーヴィチは後年、小澤征爾指揮ロンドン響とこの曲を録音している。ご興味おありの方のために、ジャケット写真を掲げておこう。
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さてここで、私個人にとって意義深いことであり、また同時に日本の音楽界にとっても意味があると思う事柄について、述べたいと思う。それは、今回独奏チェロを務めた辻本玲の演奏である。1982年生まれで、現在この日フィルの首席チェロ奏者を務めている辻本。
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あるオケの首席チェロ奏者が協奏曲のソリストとして登場することはあるが、大抵の場合その曲目はハイドンとかサン=サーンスとかであり、さらに高度なブラームスの二重協奏曲、あるいはドヴォルザークを弾けば、大したものである。ところがである。このプロコフィエフの交響的狂騒曲、いや協奏曲ほど難易度の高い曲となると、これは完全に、ソロで活動するチェリストの範疇であろう。こんな高度に入り組んだ曲を、オケのトップ奏者が弾くこと自体、異例なことである。そして、今回の演奏は素晴らしいものであった。私はこれまでも日フィルの演奏会で彼の演奏するソロ部分を聴いて、これはただならぬチェリストだと思ってはいたのだが、今回のソロは、完全に脱帽である。完璧なテクニックだけでなく、曲の本質を鋭くとらえて、同僚たちに果敢に挑んで行くその姿勢に、鳥肌立つものすら感じた。コンサートのプログラムに紹介されている、10年ほど前に五嶋みどりが彼を評して言ったという言葉が面白い。それは、「彼の演奏は、その音色が自然体でのびのびしており、音楽の大切な要素である LOVE が伝わってきます」というもの。この "LOVE" の発音まで聞こえてきそうな、五嶋みどり流の優れた表現であると思います (笑)。今回の演奏で、複雑怪奇な曲がティンパニの一撃で終了したとき、客席から拍手が起こる前に、「ポン!!」と音が聞こえた。それはなんだったかというと、指揮者ラザレフが、思わず指揮台で手を打った音であったのだ!! これが演奏の興奮をそのまま表しているだろう。そして、アンコールに応えて演奏されたのは、その興奮を抑えるかのような「鳥の歌」。もちろん、20世紀前半を代表するチェリスト、パブロ・カザルスが編曲したカタルーニャ民謡だ。これはまたプロコフィエフからは一転した抒情的な演奏で、奇しくも20世紀を代表する 2人のチェリストに因む作品を演奏した辻本は、チェロという楽器の特性を最大限聴かせてくれたわけである。もちろん、音楽への、あるいは世界への LOVE がないと、こんな演奏は出来ないだろう。今後の活躍を是非期待したいものである。

そうして後半は、ストラヴィンスキーの 1934年の作品、「ペルセフォーヌ」である。なんと今回が日本初演!! こんなメジャーな作曲家の 50分を超える大作が、これまで日本で演奏されていなかったとは驚きだ。でも確かにこの作品は、録音もほとんどないような気がする。作曲者の自作自演盤は私も持っていて、アナログ時代に LP で聴いたことがあるが、それ以外にどのくらい録音があるだろうか。この作曲家に積極的だった指揮者、例えばピエール・モントゥーとかエルネスト・アンセルメ、あるいはピエール・ブーレーズとか、確か随分以前にこの作曲家の全作品を録音すると言っていたリッカルド・シャイーなども、多分この作品は録音していないだろう。ちょっと調べてみて分かったのは、現在手に入るこの曲の録音は、マイケル・ティルソン・トーマス (あ、この CD は私も持っていましたよ)、映像版のテオドール・クルレンティス指揮のもの、そしてドイツ語版のディーン・ディクソンによるものくらいである。なるほど、世界的に見ても歴史的に見ても、演奏頻度の少ない作品なのである。以前もご紹介した自作自演盤のジャケットはこんな感じ。
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この作品は「メロドラマ」と称されていて、ギリシャ神話に基づく物語 (3部構成) を、ひとりの独唱者 (テノール)、ひとりの語り手 (女性)、混成合唱に児童合唱という大編成で、フランス語によって描いて行くもの。もともとは名ダンサー、イダ・ルビンシュテインの委嘱によってバレエ上演のために作曲されたものであり、その台本は、なんとあのアンドレ・ジイドである。なぜにこんな面白そうな作品がほとんど演奏されないのか。その理由は、聴いてみて分かったような気がする。これだけの編成の割には、音が薄い場面がほとんどで、しかもその音響にはあまり刺激がない (ちょうど詩篇交響曲 (1930年) のあとに書かれているので、鳴っている音には共通点がある)。ただ今回の演奏は、「猛将」と称されるラザレフが、かなり丁寧にオケをリードすることで、曲本来の持ち味は充分出ていたとは思うし、オケも、慣れない曲を相手に、献身的な演奏を展開していたと思う。面白かったのは、700回定期記念ということか、このオケの 2人のソロ・コンサート・マスター、つまり、木野雅之と扇谷泰朋が正副コンマスとして揃い踏みで、前半のプロコフィエフでは扇谷が、後半のストラヴィンスキーでは木野が、それぞれメインを務めていた。それもあってか、鳴っている音のクオリティ全般には、素晴らしいものがあったと思う。また、晋友会合唱団、それから、最後に少しだけ登場する児童合唱の東京少年少女合唱隊も、見事な出来。テノールのポール・グローヴスは実績のある人であり、器用な歌唱ではあったが、欲を言えばもっと声量があればよいのにと、少し惜しい気がした。主役ペルセフォーヌを語りで演じたのは、女優でありソプラノ歌手であるドルニオク綾乃。
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大変舞台映えする容姿であり、フランス語の発音もきれいであったが、ここでも欲を言うと、もっと通る声であればよかったと思う。PAを使っての語りであったが、私の席が悪かったこともあるのか、オケや合唱を突き抜けて聴こえる語りというイメージとは、少し違っていたように思う。

そんなわけで、珍しい曲の日本初演が無事に終了した。一部保留付という評価になってしまったが、それでもやはり、全体として高い水準の演奏ではあったと思う。また、作品の弱点もそのまま聞き取ることで、ストラヴィンスキーという変幻自在 (という言葉も、実は正しくないようにも思うが) の作曲家の姿が、ますます多層的になったとも思うのである。このような意欲的な取り組みは本当に素晴らしいと思うし、今後も同様の機会に恵まれればよいなと思っている。東京の音楽界の、さらなる多様化のためにも。

by yokohama7474 | 2018-05-19 01:08 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

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