川沿いのラプソディ


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パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団 (ピアノ : アレクサンドル・トラーゼ) 2018年 5月19日 NHK ホール

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快走を続けるパーヴォ・ヤルヴィと NHK 交響楽団 (通称「N 響」) のコンビによる今月の定期の 2つめのプログラム。今回も興味尽きない内容である。こんな曲目であった。
 トルミス : 序曲第 2番
 ショスタコーヴィチ : ピアノ協奏曲第 2番ヘ長調作品102 (ピアノ : アレクサンドル・トラーゼ)
 ブルックナー : 交響曲第 1番ハ短調

なるほど、ヤルヴィの祖国であるエストニアの音楽と、やはり彼がその中にいた旧ソ連の音楽、そして彼が N 響とシリーズで採り上げつつあるブルックナーである。世界的に見ても、N 響ほど多様な音楽を高い頻度で演奏しているオケは稀であろうし、そのすべて (ただ、先日ヤルヴィの演奏でも 1曲例外があって、きっと何か理由があるのだろうと思っているが) が放送される。これはオケとして恵まれているとも言えるが、その多忙さと緊張感は、かなりのものだろうと思う。そんなオケのシェフとして、これまでのところ全く息切れの様子もないヤルヴィは、やはりさすが世界各地で引く手あまたの指揮者であると思い知るのである。
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まず最初の曲は、エストニアのヴェリヨ・トルミス (1930 - 2017) の 1959年の作品、序曲第 2番である。この作曲家は私もほとんどなじみがないが、バルト三国からは素晴らしい作曲家が沢山出ていて、トルミスの名前もそのひとりとしての知識くらは持ち合わせている。この生没年を見て分かる通り、昨年 86歳で亡くなっている。これはエストニアの 2大作曲家のツー・ショットで、右側がトルミス。左側はもっと有名だろう。もちろん、アルヴォ・ペルト (1935年生まれ) である。
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さてこのトルミス、主として無伴奏合唱曲で有名らしいので、バルト三国の作曲家らしくヒーリング効果のある曲を書いているものと思いきや、今回演奏された序曲第 2番は、かなり激烈な音響を含む迫力のある曲であった。演奏時間 10分ほどであるが、小太鼓がけたたましく鳴り渡り、弦楽器が激しくうねる冒頭部分のあと、瞑想的な中間部を挟んで、また冒頭のテーマが戻ってくる。いわゆる現代音楽らしい韜晦さは皆無であり、疾走とたゆたいの交錯が、ヤルヴィと N 響のコンビにはよく合っている。未知の曲と出会う喜びを心底感じることとなった。面白かったのは小太鼓で、打楽器奏者は、最初の部分で使っていた太鼓を途中で取り外し、別のものと交換していた。確かに、2種類の小太鼓は明らかに音が違っていて、最初の方のものは少し重めに響き、後半のものは軽く乾いた音で響いていた。それがまた曲調とよく合っているように聴こえたものだ。またその傍ら、同じ打楽器奏者がプロヴァンス太鼓のようなものも時折叩いていたのである。この作曲家、かなり音響にこだわりを持っていたのであろう。大変面白かった。

そして 2曲目は、ショスタコーヴィチの 1957年の作品、ということは最初のトルミスの作品と 2年しか違わないのだが、息子マキシム・ショスタコーヴィチの 19歳の誕生日に、そのマキシムの独奏によって初演された、ピアノ協奏曲第 2番。以前もこのブログで採り上げた通り、スピルバーグの「ブリッジ・オブ・スパイ」でも、時代を示すために効果的に使われていた。この曲は陽気さとメランコリーがないまぜになっているのだが、息子に対する作曲者の愛情をそこに聴き取ってもよいと思う。さて、19歳のために書かれたそんな曲を今回弾いたのは、65歳のピアニスト、アレクサンドル・トラーゼ。このような好々爺のような風体だ。
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舞台に登場する前に、袖の方から、どうやら彼がヤルヴィに話しかける声が聞こえてきて、陽気なオジサンだなと思ったのだが、通常よりもかなり速いテンポで始まったこの曲のピアノの入りは、こちらは通常よりも音量の小さい繊細なもの。と思うと曲調に合わせてみるみる力強くなって行き、なんとも楽しそうな疾走を始め、楽章後半ではまるでジャズのような自在さを発散していた。そして第 2楽章は遅めのテンポに始まり、ピアノは纏綿と感傷的な音を紡ぎ出す。ホルンだけが長い音で伴奏する箇所でも、ホルン奏者の呼吸にはお構いなしに (笑) 心行くまでしっとりとした情緒を表出していた。そしてタタターン、タタターンという信号音から雪崩れ込んだ終楽章は、ピアノがテンポを作り出すのだが、これまたおもちゃ箱をひっくり返したような快速調。好々爺かと思いきや、19歳の青年も真っ青な、活力溢れる演奏となった。この只者ならぬピアニストは、ジョージア (もとの名前はグルジア) のトビリシに生まれた人で、モスクワで教育を受け、のちに米国に移った。ゲルギエフ / マリインスキー劇場管とプロコフィエフのピアノ協奏曲全集を録音しているほか、N 響にも既に何度か登場している。なるほど、ここにもロシアのピアニズムの継承者がいるわけだ。そして彼は、演奏終了後、ヤルヴィとともにステージと袖を往復する間も、盛んに何かを話しかけている。ヤルヴィがピアノの前で椅子を指し、アンコールを促すと、「全くコイツは」というふざけた顔でヤルヴィ (指揮台に座ってピアノのアンコールを待っていた) を指さし、楽しそうな表情で何やら客席に語りかけた。この広い NHK ホールでマイクなしで喋べる声を明確に聞き取るのは難しかったが、最初に、「アリガトウ、サンキュー、グレートオーケストラ、NHK」と言い、そしてヤルヴィに向かって、「アリガトウ、サンキュー、マイフレンド」と語りかけた。そして英語で、「彼とは長いつきあいでしてね。いつからだと思います? 1960年代から ("since 60's") ですよ」と言ったと聞いた。もしこれが正しければ、トラーゼが少年、ヤルヴィが幼児の頃からということになる。そういうことなら、きっとトラーゼは若くして、パーヴォの父ネーメ・ヤルヴィとなんらかの縁があったということだろうか。話はまだ続いて、「ショスタコーヴィチは 8分の 7拍子をよく使いますね。この曲でもね (と言って、第 1楽章の行進曲風の主題を口ずさむ)。それに対してプロコフィエフも回答を出しています。第 7番のソナタです」と (多分) 言って、弾き出したのは予想通り、「戦争ソナタ」の終楽章だ。この狂乱の楽章を、以前ユジャ・ワンもアンコールで弾いていたが、今回のトラーゼの演奏は、若干意外なことに、ユジャ・ワンと比較するとかなりきっちりとしたもの。繰り返されるリズムはかなり整理されていて、悪魔性は感じない。だが音楽の熱量自体は非常に高いという点に、彼の非凡さを感じた。実はこのトラーゼ、今回日本で初めてリサイタルを開くらしく、5/22 (火) の武蔵野文化会館、5/23 (水) のトッパンホール、それぞれでこのプロコフィエフの 7番のソナタを弾く。スケジュールの面で私にはちょっと聴きに行けないが、きっと面白い内容になるだろう。これがトッパンホールでのリサイタルのチラシ。
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さて、今回のメインは、ヤルヴィと N 響が、2番、5番に続いて採り上げるブルックナーで、第 1番である。リンツ稿と呼ばれる初版のノヴァーク校訂版である。この曲は後年の彼の大作交響曲の数々とは異なり、45分程度と手頃な長さなのであるが、そこに表れている個性は紛れもないブルックナーのものであって、心に残るメロディに溢れているというわけではないにせよ、かなり充実感を覚える内容だ。ただ、私はもともとヤルヴィとブルックナーの相性には若干の疑問を抱いていて、今回の演奏も、ヤルヴィらしい推進力に富んだ洗練されたものであった一方、初期のブルックナーの粗削りな魅力というものとは、やはり少し距離があったような気がしている。テンポは速めで、N 響の弦楽器は冒頭からリズムに乗ってよい流れを作り出していたとは思うものの、こんなに整理された響きでない方が、むしろこの曲らしいのではないかと思ったものだ。だが、今思い返してみて、第 1楽章で聴かれたチェロのソロやヴィオラだけの合奏などは、この曲の特異な部分をよく表現していたと思うし、第 2楽章アダージョの抒情、第 3楽章スケルツォの爆発力、そして決然たる主題で始まる終楽章の高揚感など、聴かせどころはかなり見事に鳴っていたなぁと感じている。このあたりが音楽の難しくも面白いところで、この演奏を最高のブルックナーと思う人がいてもおかしくない一方で、私のように、むしろ洗練されすぎではないかという感想を持つ人もいるのもまた理由のあることだと思うのである。だからこそ音楽には、聴く価値があるのだろう。このコンビの次のブッルクナー演奏は、来年 6月。今度は 3番である。さて、どんな演奏になることだろうか。

by yokohama7474 | 2018-05-19 23:51 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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