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コンラッド著 : 闇の奥 (黒原敏行訳)

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この作品名を見て、「なんだこの本は、知らないな」と思われた方もおられよう。コンラッドという著者名はホテルとは関係ないし、いくら見透かしても闇の奥なんて見えないよという考えもありだろう。だが、よろずごった煮文化ブログの「川沿いのラプソディ」としては、もしかするとパーヴォ・ヤルヴィのストラヴィンスキーがどんな演奏であったかを知りたくてご訪問頂いた方もおられるかもしれないことを承知の上で、今回はあえてこのネタで行きたいと思う。まずは作者であるジョゼフ・コンラッドの紹介から。
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彼はいつ頃の人かというと、1857年生まれ、1924年没。英国の作家であるが、ポーランド系の家系の生まれである。父親が独立運動で捕らえられ、シベリアで強制労働させられていた (えっ、帝政時代からシベリアの強制労働はあったわけですな・・・) 関係で、当時のロシア帝国で生まれている。幼くして両親と死別し、船乗りになることを夢見て 16歳のときにポーランドを脱出、フランス商船の船員となる。そうして船乗りとなった彼は、当時世界最強の海洋国家であった英国で勤務を始め、1884年に英国に帰化した。従って、彼にとって英語は、ロシア語、ポーランド語、フランス語のあとに学んだ 4つ目の言語であったわけだが、その英語で数々の小説を執筆したとは興味深い。改めて彼の生きた時代を概観すると、まさにヨーロッパにおける帝国主義の拡大と、その膨張の悲劇的な結果であった第一次世界大戦を経て、両大戦間までということになる。例えば作曲家マーラーと比べると、3年早く生まれ、13年長生きしたと言えば、音楽好きの方にはイメージを持ちやすいだろうか。但し、マーラーはドストエフスキーなどのロシア文学には強い関心があったようだが、ロシア語を解したコンラッドは、どうやらロシア文学にはあまり興味を持っていなかったようだ。

この作品、「闇の奥」が書かれたのは 1899年。切り裂きジャックが世紀末ロンドンを震撼させたのが 1888年。その前年に「緋色の研究」で登場したコナン・ドイルのシャーロック・ホームズはその後爆発的人気を博し、「シャーロック・ホームズ最後の事件」で作者ドイルがホームズを滝壺に落としたのが 1893年。「闇の奥」が書かれた 1899年には、南アで第二次ボーア戦争が勃発している。まさに帝国主義のひずみが現れ、偉大なる大英帝国に異変が起こっていた頃だろう。だが面白いのは、この小説の舞台となっているのは、その大英帝国の植民地ではない。私がそのことを知ったのは、昨年 10月にベルギーを旅行したとき。ご興味おありの方は、今年 1月 2日の「ベルギー旅行 その 1 ブリュージュ (1)」をご覧頂きたい。そこで述べた通り、この「闇の奥」の舞台はベルギー領のコンゴなのである。1830年になって漸く国として成立したベルギーは、帝国植民地主義の流れに遅れを取るまいと、1885年にコンゴをベルギー王レオポルト 2世の私有地として列強各国に認めさせたが、象牙やゴムの収穫が充分でないと原住民の手足を切断するという極めて非人道的な支配で悪名高かったのである。これがそのレオポルト 2世が、原住民の犠牲の上で私腹を肥やしていると風刺したカリカチュア。ここで原住民は、本当に両手先を欠く姿で描かれているが、ネット検索すると、大変にショッキングな当時の本物の写真も目にすることができる。
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英国の作家コンラッドがそのような題材を取り上げたこの作品では、コンゴという地名は出てくるものの、ベルギーという「宗主国」の具体名は出て来ない。マーロウという語り部が、フランスの貿易会社の職員としてコンゴに赴くというのが物語の設定である。そしてそのうちに、コンゴ川の奥地に住むというクルツという西洋人の噂を聞き、川を遡ってそのクルツなる人物に会いに行くのである。ん? 川を遡ってクルツに会いに行く? どこかで聞いたことはないだろうか。そう、これである。
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フランシス・フォード・コッポラの 1979年の作品、「地獄の黙示録」。原題は "Apocalypse Now" で、この Apocalypse という言葉が、ヨハネの黙示録を意味している。私はこの映画を中学生のときに封切で見て、その後公開された特別完全版も劇場で見た。当時から毀誉褒貶甚だしい作品であったが、私にとっては、人間の狂気を仮借なく描いた恐ろしいほどの傑作映画であり続けている。そして、ヴェトナム戦争を題材にしたこの映画の原作が、ジョゼフ・コンラッドの「闇の奥」であることも早くから知っていて、今回、長年の念願叶って、その原作を読むことができたというわけだ。なぜにこの「闇の奥」について知っていたかというと、その原題、"Heart of Darkness" をそのまま題名にしたドキュメンタリー映画を、やはり劇場で見ていたからだ。1992年に日本公開された、この映画である。
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そう、邦題は「ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録」。もし「地獄の黙示録」が好きで、このドキュメンタリー映画を見たことのない方がおられれば、それは人生の由々しき問題であると申し上げよう。ここには、過酷な映画作りの極限が描かれている。上のチラシにある通り、コッポラが「もう死のうか」と、小道具のピストルを額に当てるシーンは、冗談になっておらず、血が凍り付きそうになったのを覚えている。

さて、このように、「地獄の黙示録」からの連想を続けて行くと、まだまだ果てしないのであるが (例えば、コッポラが撮影現場で読んでいたのが三島由紀夫の「豊饒の海」であったと聞いて、黙っているわけにはいかないのであるが)、この小説に話を戻そう。船乗りが仲間に語って聞かせるという設定のこの話は、もちろん「地獄の黙示録」と全く同じではなく、語り手であるマーロウの目的は、クルツ (映画では英語の発音で、カーツ) の暗殺ではない。だが、自らを「文明人」と任ずる人たちが、未開の地の川を遡って行くという設定は同じ。途中で原住民の襲撃に遭うとか、クルツが最後に死んでしまうのも同じ (但し、死に方は大いに異なり、その違いは本質的)。これは小説であるがゆえに、風景の描写や、何より心情の描写には大変手が込んでいて、その点はじっくり読み込む必要があるし、その甲斐もあるだろう。実際、19世紀の小説とはこんなに丁寧に書かれているものなのかと、驚くほどだ。原住民に対する視線が差別的なものであることは、時代性に鑑みて致し方ないだろう。だが、原住民たちが過酷な目に遭っていることも大変な生々しさで描かれているので、そこには非人道的な行為を冷静に見ている視点があるし、支配する側に幾分批判的になっているようにすら感じられるのである。物語の展開が遅いので、正直なところ読むのには忍耐を要したが、今そのあたりの感覚を思い出してみると、この作品の全体を通して、この時代の空気と、未知のものを恐れる人間の本能的恐怖が、よく描かれていたなぁと思うのである。時には、19世紀という激動の時代に思いを馳せながら、様々に想像力を働かせてこのような小説を読むのも、悪くない。

さて、最後にもう 1点。映画「地獄の黙示録」の中で、マーロン・ブランド演じるカーツ大佐が、"The horor! The horor!!" と口にする大詰めの場面がある。これは大変に印象に残るセリフだが、実は原作にも同じセリフがあるのである。今回私が読んだ翻訳では、「恐ろしい! 恐ろしい!」となっていたが、過去の訳では、「地獄だ! 地獄だ!」となっていたらしい。なるほどこれは面白い。つまり、いつも映画の邦題に難癖つけている私などは (笑)、なぜに "Apocalypse Now" が「地獄の黙示録」なんだよと思っていたのだが、このような事情があったのである。失礼致しました。
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ついでにもう 1点。今私の手元には、以前古本屋で購入した、ハントン・ダウンズという人が書いた「コッポラ『アポカリプス・ナウ』の内幕」という本がある。
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この本は 1979年12月に翻訳が出版されていて、そのあとがきを見ると、「この『地獄の黙示録』は、1980年の 2月に日本公開が予定されている」とあって、公開前の出版であったことが分かる。従って、書物の題名は「アポカリプス・ナウ」という原題のカタカナ表記になっている。ただ、上の写真の通り、帯には公開された際の邦題「地獄の黙示録」と書いてあるので、出版過程で邦題が決まったが、本の題名の変更には間に合わなかったということだろうか。この本をパラパラ見ていると、日本でよくあるような、作り手にオベンチャラを言うようなトーンは一切なく、冷徹なルポルタージュである。これを読むと、またあの映画の底知れなさに震撼してしまうこと請け合いだ。コンラッドの原作に、それを翻案したコッポラの映画、原作の題名を引用したドキュメンタリー映画、そして内幕を描いた書物と、多面的に人間の心の闇の奥に迫ることができることは、実に意義深い。BMG の「ワルキューレの騎行」は、もちろんこの人、ゲオルク・ショルティの指揮なのである。
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by yokohama7474 | 2018-05-25 01:01 | 書物