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パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団 2018年 5月24日 サントリーホール

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NHK 交響楽団 (通称「N 響」) とその首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィによる今月の定期演奏会の 3プログラム目。今回はまたはっきり方向性の分かるもので、オール・ストラヴィンスキー・プログラム。以下の 3曲である。
 バレエ音楽「ミューズの神を率いるアポロ」
 バレエ音楽「カルタ遊び」
 3楽章の交響曲

イーゴリ・ストラヴィンスキー (1882 - 1971) はもちろん、ロシアで生まれ、パリで活躍し、米国に渡った作曲家である。彼の代表作はなんと言っても 3大バレエ。つまり、「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」である。これらはすべて 1910年代、作曲者 20代後半から 30代前半にかけて作曲されたもの。この 3作の内容はそれぞれに全く違っているのに、いずれもが、まさに誰が聴いても素晴らしいと唸るような傑作なのである。芸術家には創造のピークがどこかにあり、それがキャリアの初期に来る人もあれば晩年にある人もある。世間一般では、ストラヴィンスキーは前者のパターンの典型のように思われている。これは若き日のストラヴィンスキー。
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さて、ヤルヴィと N 響が今回取り組んだストラヴィンスキーの作品は、興味深いことに、1920年代、1930年代、1940年代の曲で、作曲された順番に演奏された。だがこれらは一般的にはすべて、新古典主義と呼ばれるスタイルで書かれたもの。この作曲家はその 88年の生涯の中で、この後もスタイルを変えて行くので、これはある時期のこの作曲家の指向を表すプログラムである。興味深いことに、先日アレクサンドル・ラザレフ指揮の日本フィルによって日本初演された「ペルセフォーヌ」もこの時期の作品。期せずして 5月の東京は、ストラヴィンスキーの新古典主義作品を集中して聴く月となった。そして今回のヤルヴィと N 響の演奏会、演奏内容自体は実に安定したもので、このコンビの音楽づくりに慣れている聴衆にとっては、想像通りの演奏であったと言ってもよいだろう。だが、ひとつユニークであったのは、通常はヴァイオリンを左右対抗配置にするヤルヴィが、今回はその配置を取らなかったこと。指揮者のすぐ右手はチェロ。コントラバスはいつもの左手奥ではなく右手奥である。また、最初の「ミューズの神を率いるアポロ」は指揮棒を使わずに素手での指揮であり、2曲目の「カルタ遊び」では、コントラバス 6本に対し、チェロも (通常なら 8本になるところ) 6本であり、音響上の何らかの意図が感じられた。似たようなスタイルで書かれているとはいえ、弦楽合奏のみの「ミューズの神を率いるアポロ」、かなり派手な色彩でユーモラスな要素のある「カルタ遊び」、そして戦争の惨禍を暗示する 3楽章の交響曲と、3曲それぞれの持ち味は、実はかなり違っている (そう、初期の 3大バレエの持ち味がそれぞれ違っているように)。ヤルヴィはきめ細かい音響設計で、これらの曲に対峙したと評価できると思う。N 響の高い技量を指揮者がうまくドライブし、大変に鮮やかな演奏になっていた。

そうなると、曲の出来をどのように聴くかという点にも焦点が当たってくる。果たして、世間一般が思っているように、ストラヴィンスキーは若き日に創造の頂点を極め、その後の作曲人生ではついにそれを凌ぐ創作を果たさなかったのだろうか。この答えはなかなかに難しい。私はこの作曲家の作品には常々興味を持っていて、晩年の作品までそれなりに聴く機会をこれまでに持ってきているが、冷静に考えて、初期の 3大バレエの奇跡的なクオリティには、やはり終生届かなかったような気がしている。だがそれは、これらの曲がつまらないということではない。特に「カルタ遊び」(1937年初演) は、その洒脱な感覚が、いかにも両大戦間の雰囲気満点だ。3回のポーカーゲームを題材にしたバレエであることは知っていたものの、ストーリー詳細はこれまであまり知らず、解説を読んで、なるほど、ジョーカーに一度負けて、最後に勝つ話かと理解した。それから、3楽章の交響曲 (1946年初演) は、戦争中に書かれた曲なので、第 1楽章や第 3楽章には悲劇的な要素があり、第 2楽章は、決して耽溺するタイプの音楽ではないものの、静謐なものである。これは私も以前からかなり好きな曲だ。そして、「ミューズの神を率いるアポロ」(1928年初演) だが、実は私はこの曲はもうひとつ好きになれない。もちろんストラヴィンスキーの曲だから、リヒャルト・シュトラウスの弦楽合奏のような耽美性を期待するのは無理な話だが、もっと印象に残るメロディがあればなぁ、といつも思う。ただ、その 30分間の音の起伏に身を委ねるのは、決して不快な経験ではない。それゆえ、3大バレエを忘れてこれらの作品に接することは、やはり素晴らしい音楽的な体験なのである。

さて、ちょっと面白い写真を見つけた。あのレナード・バーンスタインとストラヴィンスキーのツーショットである。
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これは 1946年、ニューヨーク・フィルのコンサートの楽屋で撮られたものらしい。実は、ストラヴィンスキーの 3楽章の交響曲は、まさにこの年、作曲者自身の指揮によってニューヨーク・フィルが世界初演しているので、この写真はその前後のものかと思われる。だが、どうやらバーンスタインはこれから舞台に出ようとしている、あるいは舞台を終えて着替えているところのように見えるので、この日は 3楽章の交響曲の初演の日ではなく、バーンスタイン指揮によるコンサートで、その楽屋をストラヴィンスキーが訪ねたのだろう。だが、クラシックファンなら誰でも知っている通り、バーンスタインが一躍世界のひのき舞台に飛び出たのは、戦時中の 1943年、ブルーノ・ワルターがキャンセルしたニューヨーク・フィルの演奏会に急遽代役として登場したときである。つまり、この写真はそのわずか 3年後、衝撃のデビューの相手である、そして後年自身が音楽監督になる、ニューヨーク・フィルを指揮する機会に撮られたということになる。当時まだ 28歳のはずだが、大作曲家を前に、実に落ち着いているではないか。

もうひとつ、今回知ったネタを。これもやはり 3楽章の交響曲にまつわる話だが、奇妙な情緒を持つ第 2楽章は、ある映画のために書かれた音楽を転用しているという。それはこんな映画で、DVD は今でも中古なら簡単に手に入る。
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これは 1943年 (ちょうどバーンスタインのデビューの年!!) の作品「聖処女」で、ヘンリー・キングという人が監督。主演女優はジェニファー・ジョーンズという人である。そしてこの作品、その主演女優や音楽が、その年のアカデミー賞を受賞したという。えっ、ということは、ストラヴィンスキーはアカデミー作曲賞受賞者なのか??? と思いきや、実は彼の書いた音楽は実際にはこの映画には使用されず、有名な映画音楽作曲家、アルフレッド・ニューマンが音楽を担当したという。事情はよく分からないが、ストラヴィンスキーとしては、さぞや悔しかったことであろう。なお、この映画の原作は、フランツ・ウェルフェル。これも音楽ファンには常識であるが、グスタフ・マーラー未亡人であるアルマが (建築家ワルター・グロピウスと別れたあと) 再婚した小説家である。

こうしてストラヴィンスキーを巡る連想はあちこちに広がるわけだが、実はヤルヴィと N 響は、また来シーズン、来年 2月に、やはりサントリーホールでの定期で、オール・ストラヴィンスキー・プログラムを組んでいる。「花火」等の小品を 4曲続けたあと、メインが「春の祭典」である。これも是非聴いてみたいものだ。

by yokohama7474 | 2018-05-26 00:16 | 音楽 (Live)