ダニエーレ・ルスティオーニ指揮 東京都交響楽団 (ヴァイオリン : フランチェスカ・デゴ) 2018年 6月 4日 サントリーホール

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サントリーホールにおいて開催中の、フランツ・ウェルザー=メストとクリーヴランド管弦楽団によるベートーヴェン・ツィクルスの合間を縫って、東京都交響楽団 (通称「都響」) の定期演奏会が開かれた。上の写真にある通り、先月の下野竜也指揮の演奏会とまとめてひとつのチラシに入っているこの演奏会の宣伝コピーは、「あふれる歌心が伝える "イタリア"」。これはいかなる意味なのか。まずは演奏者である。指揮のダニエーレ・ルスティオーニとヴァイオリンのフランチェスカ・デゴは二人ともイタリア人であり、ついでに言えば夫婦なのである。これについては、2016年 6月26日の東京交響楽団の演奏会でこの二人が共演した際の記事 (2016年 6月28日付) に書いておいたので、ご興味ある向きはご一読を。またルスティオーニについては、同世代のやはりイタリアの指揮者、東京フィル首席指揮者のアンドレア・バッティストーニが指揮するヴェルディのレクイエムの演奏会終了後に客席にその姿を見つけ、ご当人の迷惑を顧みずに私が単独突撃インタビューしたことも、記事に書いたことがある (2017年 2月19日付)。お、そう言えばちょうど先週もこのバッティストーニの演奏会に出掛けたばかり。ということは、この 2人の仲のよいイタリア人指揮者たちは、今回もまた同時期に東京に滞在したことになる。今回のコンサートの客席にバッティストーニの姿を探したが、残念ながら見つけられなかった。

さて今回の指揮者ルスティオーニは、1983年生まれなので、今年 35歳の若手である。日本では既にこの都響や東響以外に、九州交響楽団や大阪フィルも指揮しているらしい。そして、国際的にはなんと言っても、昨年 9月から、大野和士の後任として、名門リヨン歌劇場の音楽監督に就任していることが注目される。彼は今回、その大野が音楽監督を務める都響に二度目の登場なのである。
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この演奏会がイタリアに因むというのは、演奏者だけでなく、曲目にも理由がある。こんな具合だ。
 モーツァルト : 歌劇「フィガロの結婚」序曲K.492
 ヴォルフ=フェラーリ : ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品26 (ヴァイオリン : フランチェスカ・デゴ)
 リヒャルト・シュトラウス : 交響的幻想曲「イタリアより」作品16

ふーむなるほど。最初と最後は、ドイツ語圏の作曲家によるイタリア語のオペラと、イタリアをテーマにした曲。真ん中はイタリアの作曲家だ。だが、解説によるとヴォルフ=フェラーリはイタリア生まれとはいえ、父親はドイツ人で、音楽教育もドイツで受け、後年はミュンヘンで活躍したらしい。なるほどこれらはすべて、ドイツとイタリアのミックスなのである。

では演奏について。最初の「フィガロ」の序曲は、冒頭こそちょっと重いかなと一瞬思ったが、主部に入ると、わっと視野が広がるような感じで、いかにもこれからオペラが始まるというワクワク感を感じさせる演奏となった。さすが若手のホープである。

2曲目、エルマンノ・ヴォルフ=フェラーリ (1876 - 1948) のヴァイオリン協奏曲は、私も今回初めて聴く曲。そもそもこの作曲家の作品は、歌劇「マドンナの宝石」の間奏曲が、いわゆるクラシック音楽の入門名曲集のようなアルバムによく入っているくらいで、それ以外は聴く機会がほとんどない。オペラが作曲活動の中心であったようだが、初期と後期には器楽曲も作曲し、また、オペラもイタリアよりもドイツで人気が出たということもあり、上述の通りミュンヘンに居を構えたということだ。
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この人は、プッチーニよりも 1世代下で、マスカーニ、レオンカヴァッロ、ジョルダーノよりもやはり年下。「シラノ・ド・ベルジュラック」のオペラを書いたアルファーノと同世代 (W=フェラーリが 1歳上) である。ということは、既にイタリアオペラが全盛期を過ぎてからのオペラ作曲家だと言えるだろう。因みに、イタリアでオペラの伝統を脱して器楽分野の再興を唱えたレスピーギは、この W=フェラーリよりもわずか 3歳下である。そんな彼のヴァイオリン協奏曲は、1943年に書かれ、1944年 1月にミュンヘンで初演されている。これはなんという時代か。敗色濃いドイツで初演されたわけなのであるが、この曲はひたすら甘美で、そのような時代背景は全く感じさせない。解説によると、米国人だがナチス体制下のドイツに留まったギラ・ブスタボ (1916 - 2002、解説には英語風に「バスタボ」とあるが、調べてみると一般的な呼び方は「ブスタボ」とドイツ語風に呼ぶようだ) という女性ヴァイオリニストのために書かれている。W=フェラーリは 40歳下の彼女に深い愛情を抱いていたと言われているらしい。これがそのブスタボさん。後年躁うつ病を患ったらしいが、1971年にミュンヘンでルドルフ・ケンペ (もちろん当時のミュンヘン・フィルの音楽監督だ) の指揮で、この W=フェラーリの協奏曲を再演したそうだ。その録音もあるらしいので、いつか聴いてみたい。
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上記の通りこの曲は、大変に甘美な曲で、初めて聴いてもその曲の美しさは充分に理解できるタイプの曲である。その意味では、本来もっと演奏されてもよいかもしれない。ここでソロを弾いたデゴは、以前東響で聴いたショスタコーヴィチよりも、こちらの方に適性があるだろう。曲想が次々と変わって行く様子を、実に深い感情を込めて演奏していたと思うし、夫君であるルスティオーニも、まあそれはよく練った音で伴奏していた。曲自体にどこまで感動したかは別としても、このような若い音楽家たちによる演奏は、それだけで聴いていて気持ちのよいものであり、チャイコフスキーとかシベリウスのポピュラーなコンチェルトでなくてむしろよかった、とも思った次第。これがフランチェスカ・デゴ。
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実は今回の会場で知ったことには、彼女はルスティオーニ指揮のバーミンガム市響とともに、この W=フェラーリのコンチェルトを既に録音している。ここでのカップリングはパガニーニの 1番のコンチェルトであるが、パガニーニと言えば、今回のコンチェルト演奏後、夫君がオケの打楽器の席に腰かけて聴き入る中、彼女が弾いたアンコールは、パガニーニの 24のカプリースの第 13曲。以前、東響との演奏会でもアンコールに弾いた曲であり、情念すら思わせる表現力豊かな演奏だった。
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そして後半、そのデゴも客席で聴衆に加わり、ステージで演奏されたメインの R・シュトラウスの「イタリアより」は、大変な聴き物になった。この曲は、あの有名な「フニクリ・フニクラ」が終楽章のテーマとして使われていることで知られるが、演奏頻度は決して多くない。私の場合は、たまたまリッカルド・ムーティが一時期あちこちで演奏していた (ベルリン・フィルと録音もしている・・・「ツァラトゥストラ」も「英雄の生涯」もムーティが指揮したとは聞いたことがないので、なぜにこのマイナーな曲を愛好していたのかは謎。単にナポリつながり?) のを学生時代に FM でエアチェックして、それを聴くことでこの曲に親しんだ。録音ではほかには、上にも名前の出たルドルフ・ケンペとシュターツカペレ・ドレスデンの名演にも親しんだが、生演奏で聴いた記憶はあまりない。サヴァリッシュと N 響くらいだろうか。今回は久しぶりに耳にしたのであるが、作曲当時 22歳という驚くべき若さであった天才作曲家の才気煥ぶりと、曲自体の限界を同時に感じさせる演奏であった。何より、ルスティオーニの集中ぶりがすごい。都響は東京でもトップを争う密度の高い音を出すオケであるが、そこに若き俊英が息を吹き込むことで、キラキラと輝くような音がそこここで鳴っていた。もちろん、曲の限界という意味では、色彩感や曲のストレートな表現は後年の傑作交響詩群には及ばないが、それでも、これだけのクオリティのサウンドで聴かせてくれれば、新たな発見があろうというもの。実に素晴らしい演奏であった。終演後のルスティオーニも上機嫌で、都響の熱演を大いに称えていた。このルスティオーニと都響は、相性がよいと思う。前回と今回の登壇は、単発のプログラムを 1回ずつだったと思うが、次回は是非腰を落ち着けて、複数のプログラムを指揮して欲しいものだと思う。マーラー、いかがですかね。

ところでこの演奏会、コンサートマスターとして予定されていた矢部達哉が急病となり、急遽出演したのは、神奈川フィルのソロ・コンマス、﨑谷直人 (さきや なおと)。急な代役で、こんなマニアックな曲目 (シュトラウスではソロも披露) を果たすのは大変なこと。ご本人の Twitter によると、なんと 5/30 (水) のオファーであったとのこと。たったの 5日前!! しかもその 3日前、5/27 (土) の3時間半に及ぶ井上道義指揮神奈川フィルのバースタイン作品による大演奏会でも、彼はコンサートマスターの大役を果たしていたはず。これは大変なことである。ルスティオーニも終演後、彼に深い敬意を表していた。
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東京 (と、横浜) で展開するプロの音楽の世界。我々聴衆もそれを心して聴く必要があるし、オケ同士の切磋琢磨によって、また東京の音楽界が次の次元に入って行ってくれることを願ってやまない。

by yokohama7474 | 2018-06-05 00:38 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

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